パチンコ日報

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韓国パチンコ=メダルチギと日本のパチンコは全く別物


「韓国では国策でパチンコを禁止にしたが何の問題もなかった」

これは世界に誇れるパチンコに胸を張れ!に対するコメントだが、多くの日本人が韓国版パチンコのことを誤解し過ぎている。

日本にあるパチンコが韓国では簡単に禁止されたように思われている。確かに見た目はパチンコだが全くの別物である。



初期のものは盤面の釘は全部引っこ抜くなど改造され、玉ではなくメダルを使う。投入されたメダルはほぼスタートに入るので、スロットマシンに近い。韓国ではメダルチギと呼ばれ2005年ごろに生まれている。

メダルチギが設置されていたのは「成人娯楽室」。日本でいうところの18歳以上でないと入れないゲームセンターである。大当たりすると出てくるのは商品券。これが換金の手段となっていた。

2006年ごろ韓国で社会問題となったのが「パダ・イヤギ」という機種。メダルチギの法定払い戻し上限の200倍を遥かに上回る2万5000倍で射幸心を煽りに煽った。この機械は日本でいうところの保通協に相当する映像物等級審査委員会の許可を取って販売していた。違法機を認可した裏には政府機関内の汚職問題にも発展した。

韓明淑首相は「射幸性の高いゲーム機が全国的に拡大し、庶民の生活と経済に深刻な被害をもたらした。深くお詫びする」と国民に謝罪。

違法賭博機を政府機関が賄賂で認めていた。2006年の法改正で商品券の提供が禁止になり、メダルチギが禁止になった。

メダルチギの寿命は2年ほどだったが、一部は地下に潜った。

1990年代半ばにはプサンやソウルには日本からパチンコを輸入して作ったパチンコ店そのものが存在した。ソウルよりも日本に近いプサンの方が盛んだった。日本の業者が島設備から補給まで一式を請け負ってパチンコ店を作った。

営業許可は「成人娯楽室」。つまりゲームセンターである。ソウルの店では上皿にカバーを付け、直接玉を触れない工夫をしていた(日本でもゲームセンターのパチンコ機は玉を触れない理屈)。

プサンの店では上皿のカバーも外し、玉を自由に触れるようにしていた。何よりも、出玉を直接店内で換金していた。もちろん、違法である。

韓国パチンコの黎明期だった。昔から、韓国では非合法の地下スロットが韓国民にとっては、パチンコの役割を果たしていた。成人娯楽室はそれに対抗してパチンコを普及しようとしていたが、その縄張り抗争に負けて90年代のパチンコは潰されてしまった、というのが真相である。

それから10年ほど経って再び登場したのがメダルチギだった。

日本式のパチンコは反社会勢力に潰され、メダルチギは政府に潰された。



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