パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

美容クリニックで成功したLINE活用は、ホールでは応用が効かない

ある美容クリニックが、無料のLINEスタンプを入口に10万人規模の登録ユーザーを獲得した。母数を一気に広げた上で、格安施術の案内をLINEで配信すると、受付電話が鳴りやまない。シンプルだが強力な導線設計である。

この成功例に目をつけたホール企業の社長が、「自店でも応用できないか」と考えるのは自然な流れだ。実際、パチンコ業界でもLINEは広く普及している。しかし現実には、思うような集客効果につながっていない。

なぜか。

理由は明確だ。業態が違うのである。美容クリニックは“価格訴求”が機能する物販・サービス業だが、ホールは“勝ち体験”を売る業態だ。格安商品の告知で動く市場ではない。

では、ホールの顧客がLINEに何を求めているかといえば、「勝てるかどうか」に直結する情報だ。

しかし、ここにジレンマがある。仮に周年記念で全6営業のような強い施策を仕込めば、LINEを使わずとも口コミで一気に拡散する。

逆に、弱い内容をいくら配信しても、既読スルーされるだけだ。つまり、強い中身があるときほどLINEは不要、弱いときほどLINEは効かない、という構造に陥っている。

さらに問題なのは、配信設計の不在である。多くのホールは一斉配信に終始し、顧客の属性や来店履歴に応じた出し分けができていない。結果、誰にも刺さらない“総花的な情報”が量産され、LINE自体の価値を下げてしまっている。

では、どう使うべきか。ポイントは三つある。

まず、常連、ライト層、休眠客でメッセージを分ける。いわゆるセグメント配信だ。例えば休眠客には「再来店のハードルを下げる導線」、常連には「遊技環境や快適性の強化」を訴求する。全員に同じ情報を送る時代は終わっている。

次に「勝ち」以外の価値の可視化だ。設備の改善、スタッフの取り組み、遊びやすいコーナーの紹介などだが、これはあまりパチンコ客には刺さらない。

最後は、頻度とタイミングの最適化ということになる。配信は多ければいいわけではない。来店直前の時間帯や、給料日後など行動に直結するタイミングに絞る。不要な通知はブロックの原因になる。

重要なのはLINEというツールではなく、誰に、何を、いつ届けるかという設計思想である。

美容クリニックの成功は「LINEがすごい」のではない。入口(スタンプ)→母数拡大→刺さるオファー→即時行動という一貫した導線が機能しただけだ。

ホールも同じだ。LINEは拡声器に過ぎない。中身と設計が伴って初めて効果が出る。

結論として、ホールにおけるLINEの有効活用とは、勝てる情報を流す道具ではなく、“来る理由”と“店の良さ”を分かりやすく伝えるために使うことだ。



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エヴァのショベルをパチンコの景品にしたら売れるのか?

ホール店長の目に、ある新聞記事が飛び込んできた。

大阪府堺市の浅香工業が、人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」とコラボしたショベルを販売したところ、これが予想以上に売れたという。

昨年9月の発売で、目標は1000本。ところが、実際には約7800本を販売した。主な購入者は40~50代の農家や園芸愛好家で、実用品でありながらコレクターズアイテムとしての需要もあったという。

ショベルは2種類。丸形は初号機をイメージした紫色、角形は2号機をイメージした赤色。通常サイズとSサイズがあり、柄にもエヴァらしい文字やデザインが施されている。通常サイズの価格は5980円だ。


この記事を読んだホール店長は、すぐに閃いた。

「これ、パチンコの景品にしたら売れるんじゃないか?」

パチンコ業界におけるエヴァの人気は説明するまでもない。歴代シリーズが続き、もはやテッパン版権となっている。

そこで店長が考えたのが、次回エヴァの新台が登場した際、このコラボショベルを景品として並べる作戦だ。

実は、この発想には立地上の特性もあった。

ホールは北関東にあり、周辺には農家が多い。単なるアニメグッズなら「欲しい人しか欲しくない景品」になってしまうが、ショベルなら農作業や園芸で実際に使える。しかもエヴァファンなら、使わずにコレクションすることもできる。

つまり、実用品とコレクターグッズの二刀流である。

店長は第三者に意見を求めた。

「これ、絶対売れるよ」と好感触だった。

そこで、とりあえず10本を注文する予定だという。

特にエヴァのように、パチンコによって版権そのものに愛着を持ったファンが多い作品なら、単なるキャラクターグッズよりも、「実際に使えるエヴァ」の方が面白い。

パチンコ業界は新台の話になると、すぐに「何台売れるか」「何日で回収できるか」という機械中心の発想になりがちだ。

しかし、客がホールに来る理由は台だけではない。

「あの景品が欲しいから行ってみよう」という逆転の発想があってもいい。

エヴァのショベルを10本仕入る店長。

果たして完売するのか。

もし売れれば、次は「エヴァの鍬」「エヴァの鎌」と農具シリーズに発展するかもしれない。

そうなればパチンコ店が、いつの間にかエヴァ農機具専門店になっている可能性もある。なんてね。



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ジャングリアを見て、パチンコ店の「強み」を再認識したホール経営者たち

今や、パチンコ一本打法で経営しているホール企業は少数派である。飲食、不動産、ゲームセンター、介護など異業種に新たな収益の柱を立て、パチンコ依存からの脱却を図る企業が増えている。

そんな中、都内の有力ホール企業のもとに、極秘で進められている新たなレジャー施設への投資話が舞い込んだ。

1社あたりの投資額は10億~20億円。決して小さな金額ではない。それでも将来の事業の柱になる可能性があると、前向きに検討していた。

そこで、この投資話に興味を示していた3人を加えた4人で、沖縄のジャングリアを視察することになった。4人のうち3人はホール経営者。今回は家族も同行する視察旅行だった。

そして現地を見た4人とその家族から出た感想は、見事なまでに一致した。

「二度と行かない」

那覇から現地までの移動時間は1時間半余り。到着してみると木陰が少なく、沖縄の強烈な日差しを避けられる場所も限られている。クーラーが効いた施設もわずかで、肝心のアトラクションについても「うーん、イマイチ」というのが正直な感想だった。

SNSでもジャングリアの危機的状況が話題になっているが、実際に現地へ足を運んでみると、「なるほど、こういうことか」と実感したという。

総事業費は約700億円。筆頭株主にはマーケティング会社の刀が名を連ね、大和証券、オリオンビール、沖縄銀行、JTB、近鉄グループなど、そうそうたる企業が出資している。
それだけの企業が関わっていても、レジャー施設の経営は簡単ではない。

スタッフに聞いたところ、1日の平均来場者は約2000人。雨が降れば数百人まで落ち込むという。つまり、天候に大きく左右される施設である。

視察した4人は「レジャー施設は投資すれば客が来るほど甘くない」という現実を突きつけられた。

結果、4人の結論は「今回の投資話からは降りよう」で全員一致した。

むしろ、ついでに訪れた沖縄美ら海水族館のほうが満足度は高かったという。

もちろん、ジャングリアと新たに計画されているレジャー施設を単純比較することはできない。しかし、今回の視察で「レジャー施設を経営することの難しさ」を身をもって学んだことは間違いない。

「もしジャングリアの近くに大型パチンコ店があったら、パチンコ店のほうがリピーターは多いはず」とパチンコ店の強みを再認識することになった。

パチンコ不況と言われて久しい。しかし、繁盛店は、黙っていても客がやって来る。なぜならパチンコ店は、わざわざ観光地まで出掛けて一日がかりで遊ぶ施設ではなく、生活圏の中に存在するレジャー施設だからである。

異業種進出を考えていたホール経営者たちは、ジャングリアを見て投資から撤退することになった。しかし皮肉なことに、その視察旅行で改めて気付かされたのは、「パチンコ店には、ほかのレジャー施設にはない強さがある」という事実だった。



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パチンコしながらカップヌードルを食べる時代

都内のホールで、パチンコ歴40年以上のAさんが目を疑う光景に遭遇した。

いつものマイホールで甘デジを打っていると、隣に顔見知りのおじいちゃんが座った。

すると、おじいちゃんはリュックから大きな水筒を取り出した。

「ずいぶんデカい水筒だな」と思って見ていると、台間のUSB端子にコードを差し込んだ。そして、何やらスイッチを入れて湯を沸かし始めたのである。

よく見ると、それは水筒ではなかった。水筒型のポータブルケトルだった。


お湯が沸くと、今度はリュックからカップヌードルを取り出した。

Aさんが見守る中、おじいちゃんは何のためらいもなくカップヌードルに湯を注ぎ、食べ始めた。

パチンコ歴40年以上のAさんにとって、こんな光景を見るのは初めてだった。

しかし、隣で美味しそうにカップヌードルをすする姿を見ているうちに、Aさんの心境にも変化が生まれた。

「俺もポータブルケトルが欲しいな……」

何しろ、マイホールには台間にUSBコンセントが完備されている。

スマホを充電するだけではない。電気さえあれば、好きな時にお湯まで沸かせる。

カップヌードルを食べ終わったおじいちゃんは、水筒を持ってトイレへ向かった。

再び湯を沸かす。

今度は紙コップを取り出した。スティックタイプのインスタントコーヒーを入れ、お湯を注ぐ。

ふわっとコーヒーの香りが立ち上る。優雅なコーヒーブレイクである。

しかも、おじいちゃんは甘デジコーナーからジャグラーコーナーへ移動しても、同じようにコーヒーを楽しんでいる。

これにはAさんも感心した。

夏場になると、自動販売機は冷たい飲み物ばかりになる。ホットコーヒーが飲みたくても、選択肢がない。

だったら、自分でお湯を沸かせばいい。その方が安く済む。

パチンコを打ちながら、好きなタイミングで熱いコーヒーを飲む。

Aさんはすっかりその気になり、ポータブルケトルを買うことを決めた。

考えてみれば、これもホールの進化なのかもしれない。昔はコーヒーレディーがホール内を歩き、客にコーヒーを販売していた。

今はUSBから電源を取って、客が自分でコーヒーを作る。お腹がすけば、カップ麺まで自給自足である。

そして、このおじいちゃんの姿を見れば、ポータブルケトルはホールの景品としても意外と需要があるはずだ。

景品カウンターに並べておけば、「これ、USBでお湯が沸かせるの?」と興味を持つ客は少なくないだろう。

出玉は増えなくても、コーヒータイムは充実する。

ホールでの充実した過ごし方は、こういうケースから生まれるのかも知れない。



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ぱちんこ回想記 第26玉 新要件機で初の2台の打ち止めに成功

こんばんは。9月2日の午前1時に書いております。新しい抗がん剤は副作用があまり無いと思っていたら、どうやらそんなに甘くないらしく、とうとう酷い副作用が続いて先週は毎日がグロッキーでした。あらゆる事をしてきた無敵だと思っていた体も、そんなに無敵じゃない事に気づきました。医者の言う事をよく聞いて過ごしたいと思います。


呆気なくパンクしてしまった、「びんびんバラエティー」で勝負を続行する事にした。理由は役物が面白いからである。ただそれだけの理由での続行。いつもの癖で、勝負から楽しむ方向にチェンジしてしまう。

でも1カ月新聞配達を頑張ったのをぱちんこの神様が見てくれていたのか、今でも覚えているがココから打ち止めまで怒涛の当たりラッシュを記録する。

前半2000個までは当たってパンクの繰り返し。どうしてもバンドマンステージ「キリュウ」でパンクする。パンクだけに。このバンドマンのキリュウの名前は、西陣の工場が群馬県桐生市にあった事が由来だとされている。

通常時の演歌歌手の男は西陣太郎、


大当たりしてすぐ出てくる女の子はソフィーア(ソフィアから)。


とにかくキリュウのステージが鬼門だ。


続いたな~と思っても5Rでパンク。これはどうにかならないものか? そんな時に気づいた事があった。

パンクにガッカリしているとまたすぐに当たりが来た。ソフィーアステージを難なくクリアしてキリュウステージへ。向かって右羽根から役物に入って行った玉が難なくV入賞してのだ。

見ていて「これはたまたまか?」と疑問に感じた玉の動きだった。これは常日頃、玉の動きに一喜一憂している自分だからこそ気づいたものではないだろうか? 小さな頃にファミコンで遊んでいて、自分で攻略する楽しみを見つけた時と同じ感覚だと感じた。

「よし!次のバンドマンステージから少し強く打ってみるか」

そう決めては演歌歌手ステージとソフィーアステージを難なくクリアする。そして鬼門のステージに変化すると同時にストロークをブッコミから天釘打ちへ変更してみた。

すると右羽根から拾われた玉は、バンドマンの足元に半貯留されずともVに向かって行く。結局のところ、Vに入り継続はしたが3~4カウントで継続してしまうので、このステージは出玉が少ない。でもパンクするよりはマシだろう。そして完走はしなかったが最高で11Rまで継続させられた。


持ち玉ができると気持ちにも余裕ができ、いろんな事を考えながら打った。どこを狙って打つべきか? こうじゃない、ああじゃない。まだ釘のくの字も知らなかったが、色々考えて打つのが楽しくなってきた。

これまでは、打っている最中は興奮するかしないか、勝つか負けるかにヒヤヒヤする事くらい。どこに打つとか、こうした方がいいのではないか? そう思えたのが初めての事だった。

ぱちんこして初めて成長したんだなぁ、と自分で感じる事ができた。そして持ち玉遊技でまたまた当たりを拾い、右羽根から拾わせる作戦が功を奏したのかは分からないが、8Rあたりまでは平均的に継続した。

そしてもうひとつの思い出が、こんなにパカパカ当たっているのに、店主のおばちゃんが遊技している私をおいて、近所に出かけていた。しばらくいなかった事に後から気づいた私だったが、4000個定量のハズが予定より大分オーバーしたところでおばちゃんが買い物袋を持って帰ってきた。

「あらあら!もう打ち止めで終わりだよ!終わり終わり!」

強制的に遊技を終了させられて出玉を景品カウンター前に運ばれる。ジェットに流すと6000個くらいあったが、目の前に文鎮をボンっと置かれて、1万円札を1枚渡された。

「え?少なくない?」と聞くと「4000個で終わり。居なかったのは悪いけど4000個で終わり。これがルールだから」と言われて、買い物袋からソーセージパンをひとつ渡された。

少し悲しい気分になったが、2台打ち止めにして新聞配達の給料は取り返したのだ。

「これからは給料貰ったら大切に使おう」と家に帰るまでの数100メートルの間、私はそう誓うのであった。

中学1年からホールに出入りして、地元「チャンスホール」でこんな機種達と出逢ってなければ今の自分はないだろうし、この時代の台を扱う仕事もしていなかっただろう。大人になってパチンコ店に入社したり、その後、外部の人間として深夜にパチンコ店の仕事をする事もなかっただろう。

中学2年の話は少し長くなるかもしれませんが、それはもっともっとぱちんこに興味が出る年だった事もあり、それは新聞配達をする事によって偶然見かけた出来事や、たまたまテレビで見たパチンコ番組などで、ぱちんこやパチンコに対する気持ちが強くなったためです。中学の3年間、一番の稼働率だったかと思われます。こんなぱちんこ人生のお話ですが、私のぱちんこ回想記が打ち止めになるまでお付き合いください(笑) 。

つづく


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