ある日、見慣れない客が店長のもとを訪れ、「帰りの交通費を貸してほしい」と切り出したのだ。パチンコに負け、財布の中身が完全に空になったという。ホール勤務が長い店長にとっても、初めて聞く申し出だった。
当然ながら、その場では断った。金銭の貸し借りはトラブルの元であり、一度例外を認めれば際限がなくなる。
監視カメラを確認すると、その客は約3時間半にわたって遊技しており、サンドに現金を投入している様子も映っていた。確かに金は使っている。本人の話では、熱くなりすぎて帰りの交通費にまで手を出し、結果として5万円の負け。この日は銀行のキャッシュカードも持っておらず、引き出す術がなかったという。
ホールに相談する前、彼は店内で勝っていそうな客に声をかけ、身分証を見せて事情を説明し、金を借りようとしたらしい。しかし、見知らぬ他人に金を貸す者などいるはずもなく、すべて断られた。最後に行き着いた先が、ホールだった。
事情は理解できたが、「そんなことでいちいち金を貸していたら身が持たない」。店長はそう判断し、その日は丁重に断って帰した。
ところが翌日、その客は再び店に現れた。真冬の冷たい空気の中、昨夜は公園の軒先で野宿したという。そこから、彼の身の上話が始まった。
年齢は60代。身なりはみすぼらしく、背負っているリュックも使い込まれてところどころ、破れている。
大阪から友人を頼って房総まで来た。人工股関節の手術を控えており、保証金などで20万円が必要だった。その足しにしようと、房総に住む友人に10万円を借りに来たが、断られてしまったという。
空手で大阪に帰るわけにもいかず、過去にパチンコで20万円勝った記憶が頭をよぎり、「一発逆転」に賭けてしまった――それが、この結果だった。
大阪まで帰るには最低でも2万円が必要だという。
5000円程度なら返ってこなくてもいい覚悟で貸せる。しかし2万円となると話は別だ。決して軽い金額ではない。免許証で身元は確認できたが、迷いは消えなかった。
それでも店長は、ひとつの大きな決断を下す。
自分の財布から2万円を取り出し、彼に手渡したのだ。
「手術があるので、返済まで半年待ってほしい」
そう言われたが、店長の胸中には、すでに「半ば返ってこなくてもいい」という思いがあった。
この判断は正しかったのか。
ホールのルール、店長としての立場、そして一人の人間としての良心。その狭間で下した決断だった。
もしあなたが、この店長の立場だったら、どうしただろうか。
2万円は「情」か、「甘さ」か。それとも、人として守るべき一線だったのか? 答えは、簡単には出ない。
※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。