パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

ぱちんこ回想記 第11玉 なんでも経験してみたいお年頃

こんにちは。珍しく午前9時30分にキーボードを打ってます。抗がん剤の影響か寝れなくなり、何日か前52時間も起きてました。さすがに眠くて、眠くて2時間くらいで起きてしまうという地獄…。担当医に話したら眠剤を頂きよく寝れるようになりました。肉体的にも精神的も多少参っているのでしょう。

同級生の親にはまだ通報されておらず、冷や冷やの2~3日。よい子でいたのですが、どしてもぱちんこを打ちたくて、打ちたくてたまらない。

また電車に乗って、駅3つの町までプチ遠征か? 考えれば、それしか安全策がない。学校の教師達が住んでいる住所は、大体把握していたのだ。たとえ私がぱちんこしているのを現行犯で抑えようとしても、まさかこの町まで来てぱちんこしないだろう!という所でしか打てない。

ぱちんこを打つためには、ホールを見つけては打って、また開拓して見つけては打って。極力同じにホールにハマらず、足取りが掴めないように転々と歩くのが見つからないようにする最大の努力だと考えた。まるで殺人事件を起こして逃亡中の指名手配犯のようなウロチョロする作戦である。

「くそー! 18歳未満ってのは、何故こんなに自由がないんだ!」

好きなぱちんこも、人の目を気にするあまり地元じゃ打てないイライラと、堂々と打ちたいため、1日でも早く大人になりたくてイライラが募る。

生まれて初めて、人の目がもの凄くストレスになった時期でもあった。そんなイライラしていた夕方に、駅に遊びに行ったら車持ちの先輩がいた。何人かで話していたら、暇だったのでドライブに行く事になった。

何処に行く訳ではないが、町内をブラブラするだけのドライブ。町内と言っても大分小さな町なので、少し走れば端から端まですぐである。

車の中で流れていた音楽は初めて聴いたBOOWYの「NO NEW YORK」だった。1度聴いてすぐにBOOWYの虜になった。


「この曲いいですね!テープ貸してください」

まだCDデッキという物が当たり前に付いておらず、カセットテープを聴くのが当たり前だった頃。
私は先輩からBOOWYのテープを借りた。

ここで運転手の先輩が車を停車して車を降りて立ちションへ。何となく運転席を見てみるとMTの運転に興味を持ち始めた。やがて先輩が車に戻ってきて先輩に頼んでみた。

「先輩、車の運転の仕方を教えてください!」

すると答えは「イエス!」

早速私は運転席に。先輩は助手席に。
初めて運転した車はダイハツのミラという事になった。


人が来ない農道とはいえ、初めての車の運転というものは緊張した。まず、クラッチを踏まないといけない意味が分からないため、何度もエンストして笑われる。

踏んだら踏んだで、アクセルとの繋ぎが分からないためにエンストする。笑われながら30分くらいだろうか?意外とこのあたりから普通に走っては減速して農道をグルグルと徘徊出来るようになった。直線で80キロ出してみたりとスリルを味わうと、ぱちんこ程ではないがハマるものがあった。


そして、調子こいて農道をウロウロして楽しんでいた時に事は起こった。前から軽トラックがやって来た。初めての対向車である。そんなに広い道路でもなかったため、ビビって左側に停車して対向車を何となく見ていたら、対向車の運転手が、またもや同級生の親父だった。(ホールであった人とは違う)すれ違いざまにあちらも気づいており「え?」な顔をしていた。

「まずいな。なぜこんなに誰かに見られるんだろう」

ビビった私は先輩と運転を代わった。

しかし先輩は「そんなビビらなくても大丈夫だ。よくある事だ。誰も言いやしねーよ」

ならいいんだが。先輩とのドライブを終えてまた駅に着いてはたむろしていた連中と
話したりして、時間だけが過ぎて行く。時間も時間だしそろそろ帰る事にした。

恐る恐る家に入ると両親は普通。まだ分かっていない。

て事は学校にも連絡はいっていないという事になるだろう。帰宅してからは、ずっと考えた。なぜこんなに人に見られるのか?自分は生まれて来た時からもの凄く運の悪い人生なんだろうか?

いや、もの凄く運が悪ければぱちんこしていても当たらないで終わるはずだ。こんな事ばかり永遠と考えていた。

自宅の電話が鳴る度に冷や冷やする。こんな毎日が嫌だな。ならぱちんこも一切やめようか? いや、ぱちんこはやめたくない。なんとなくだが、ぱちんこを始めてから自分が悪い事をするようになったのも分かっていた。

そしてこの先、大人の皆さんに言われる事は「ぱちんこをしたからお前はこうなった」と言われるんですが、大人になってからよく考えてみると、ほんとそうだよなと思う。

でもこの歳で、ぱちんこをしたからこそ面白いぱちんこを知ることが出来て、今現在レトロぱちんこやパチスロを扱う仕事をしているんだな~とも思う。まだまだやらかした程でもない車の無免許運転のお話ですが、この先のお話の中で語るやらかしで両親や親戚には大分迷惑をかけた。

この歳になっても親孝行すらできてない46歳。親孝行する為に頑張ってる矢先に癌になる(笑)どこまでもツイていない人間である。

いや、因果応報かもしれない。

そして長いようで短い夏休みが終わり、2学期の学生生活は毎日人の目を気にするように
生きるという面倒な生活になる。それは外だけではなくて学校でも…。

つづく



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出ている店はどう可視化すべきか

北関東のあるホールに、高齢の常連客から「玉積みを復活してほしい」要望が寄せられた。理由は実に明快で、「この店が本当に出しているのかどうかが分からないから」というものだった。

昭和の時代、出ている台を見極める方法として、各台に置かれた灰皿まで観察した。同じ銘柄のタバコの吸い殻が山のように溜まっていれば、「この台は出ている。だから客が粘っている」と判断する。一種のアナログデータ分析だが、当時はそれが十分に機能していた。

店長はその高齢客に対し、「ナンバーランプのデータを見れば、回転数も大当たり回数も分かります」と説明した。しかし、高齢者にとって、スランプグラフの読み方を覚えるのが面倒なのだ。玉積みなら、知識も説明も要らない。視界に飛び込んでくる情報だけで、「今日は出ている」「この店は渋い」が直感的に分かる。高齢者が求めているのは、利便性ではなく“分かりやすさ”だった。

しかし、業界全体の流れは真逆に進んでいる。各台計数機が当たり前になり、スマート遊技機では玉やメダルそのものが外に出てこない。完全スマート化が実現すれば、玉積みは完全に過去の遺物となる。そもそも、玉を積む“モノ”自体が存在しないのだ。

加えて現実的な問題もある。玉積みに戻せば、箱交換のために従業員を増やさなければならない。人手不足が深刻な中で、そこにコストを割く余裕はない。さらに、玉積みを求める高齢客が、あと何年ホールに通ってくれるかも分からない。一部の声を業態全体で受け止めるのは、あまりにもリスクが大きい。

そこで店長が導き出した一つの答えが、「ペイ率の公表」だった。ホールコンのデータを、加工せずに公開する。特別な設備投資もいらず、技術的なハードルも高くない。これが実現すれば、「どの店が出しているのか」は一目瞭然になる。

もちろん、出玉に自信のあるホールは賛同するだろう。しかし、そうでないホールは真実の数字など見せたくないし、公表もしたくないはずだ。アナログの原点に立ち返れば玉積みだが、それは時代の流れに逆行する選択でもある。

では、ここでの最適解は、「玉積みの視覚的分かりやすさ」と「スマート化の効率性」を両立させることだ。
玉積みか、スマート化か、という二者択一に答えはない。

高齢客が求めている本質は「玉を積みたい」ことではなく、この店は出しているのかどうかを一瞬で判断できる指標である。若い世代が当たり前に使えるデータランプやアプリは、彼らにとっては高いハードルだ。つまり問題は設備ではなく「情報の翻訳」にある。

玉積みは過去の文化だが、「出ている感」を演出する思想は今も必要だ。だから設備機器メーカーからそれに類する商品は販売されている。

スマート化を止めず、しかし客を置き去りにしない――その“中道”にこそ、ホールが生き残る道がある。



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パチンコ版ファストパス。“並び順”を売れるのか

初めて東京ディズニーランドを訪れたホール関係者は、そこで一つの仕組みに強い衝撃を受けた。いわゆる“ファストパス”的な優先入場システムである。

人気アトラクションの待ち時間を短縮するために、あらかじめ時間指定の優先枠を取得する。最近では「時間をお金で買う」という考え方がすっかり定着している。

それを見た瞬間、ホール関係者の頭にあるアイデアが浮かんだ。

「これ、パチンコでも応用できるのではないか?」

例えば、朝の入場整理券だ。

若い番号ほど有利なのは周知の事実である。ならば、その“有利さ”を有料化できないか――という発想だ。

1番から10番までは1000円。
11番以降は900円。
20番以降は800円……。

価格に段差をつければ、「少しでも有利な番号を取りたい」という心理は確実に働く。この程度の金額なら、軍団は喜んで払うはずだ。そう踏んだ。

現場レベルでは妙にリアルなアイデアだった。
早速、店長へ相談が上がり、その話は社長の耳にも届く。

しかし、当然ながら問題はそこからである。

整理券を有料化すれば、「遊技機とは別の形で金銭を徴収して射幸心を煽っている」と見なされかねない。警察が簡単に認めるはずがない。

そこで考えたのが“大義名分”だった。

有料整理券で得た収益を、例えば子ども食堂の運営費など社会貢献活動へ回す。単なる利益目的ではなく、地域還元の仕組みにすることで、行政的な理解を得られないか――という理屈である。

企画書をまとめ、実際に所轄へ相談に行った。

もちろん、警察側もこんな前例のない相談は初めてだ。所轄レベルで即答できる案件ではなく、話は県警本部まで上がったという。しかし、それから1カ月以上経っても返答はない。

要するに、“前例がないから触れたくない”のである。

もっとも、現実的に考えれば、警察がこの手の企画を認める可能性は極めて低い。
しかし、この話が示しているのは、「アイデアの是非」ではなく、「業界の閉塞感」の方だ。

他業界では、“時間を買う”“優先権を売る”という発想がビジネスとして成立している。一方でパチンコ業界は、風営法という枠組みによって、できることが極端に制限される。

もちろん、その規制が業界を社会的に成立させている面もある。
しかし同時に、新しいサービス設計や顧客体験の工夫を阻んでいるのも事実だ。

結局、パチンコ業界は「何をやるか」以前に、
“何をやってはいけないか”から考えなければならない業界なのである。



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白黒でも売れるのか?カルビーに学ぶ“引き算”の発想

5月11日、食品大手のカルビーが興味深い発表を行った。主力商品の「ポテトチップス」のパッケージを、従来のカラー印刷から白黒2色印刷へ順次切り替えるというのだ。


理由は、中東情勢の影響による原油価格の高騰と、それに伴うナフサ由来インクの調達不安。品質維持と安定供給を優先するための決断だった。

普通に考えれば、これは“マイナス改変”に映る。スーパーやコンビニの棚に並んだ時、鮮やかなカラー包装の商品に比べ、白黒パッケージはどうしても地味に見えるからだ。

しかし、このニュースにシンクタンク関係者は別の視点を示す。

「もし白黒になっても売り上げが落ちなければ、これは革命的なコストダウンになる」

確かにその通りだ。

最初は“珍しさ”で話題になり売れるだろう。SNSでも「逆に目立つ」「レトロで面白い」と拡散されるだろう。しかし本当に重要なのは、その先だ。

白黒でも消費者が買い続けるなら、客は実はパッケージではなく、中身を買っていたことになる。

つまり、ポテトチップスにとって本質は色鮮やかな包装ではなく、「味」だったということだ。

ここに、今のパチンコ業界が見失っているものがある。

現在のパチンコ機は、年々巨大化する液晶、役物、可動ギミック、LED演出の競争に陥っている。台枠は派手になり、価格も高騰し続けた。

しかし、ホールもユーザーも、本当にそこまで求めているのだろうか。

巨大な役物が動くたびに、客は感動しているのか。メーカーは「進化」と呼ぶが、現場からすれば「価格を吊り上げるための装飾」にしか見えないケースも少なくない。

結果として、1台50万円以上の機械代がホール経営を圧迫し、そのしわ寄せは最終的に客へ向かう。

遊びにくい。回らない。負け額が大きい。その悪循環の中で、遊技人口だけが減り続けている。

だからこそ、カルビーの「白黒化」は示唆に富む。

本当に必要なのは、豪華な包装なのか。それとも、中身そのものなのか。

パチンコで言えば、求められているのは「巨大ギミック」ではなく、「もう一回打ちたい」と思わせるゲーム性のはずだ。

例えば、昔の羽根モノや権利物が今でも語られるのは、役物の豪華さではなく、玉の動きに味があったからである。

シンプルでも面白い。

その原点に立ち返れるメーカーが現れるかどうか。

白黒パッケージでも売れるポテトチップスのように、シンプル筐体でも稼働するパチンコを作れるメーカーこそ、これからの時代に必要とされているのかも知れない。



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価格なき市場に米投資家が注目するパチンコの不思議な強さ

アメリカの投資家が、日本のパチンコ業界を真剣に研究しているという。理由は単純だ。かつて30兆円産業と呼ばれた巨大市場が、現在では規模を半減させながらも、なお16兆円前後を維持し、しかもメーカーの大型倒産がほとんど起きていない。この「縮小しているのに崩れない」産業構造が、彼らには不思議でならないのだという。

もしこの仕組みを解き明かし、他のビジネスに応用できれば、大きな利益を生み出せるのではないか――そんな発想が背景にある。

彼らがまず着目したのは、パチンコには「時間当たりの定価」が存在しない、という点だった。つまり、価格が見えないビジネスだということである。小売店であれば、商品には必ず値札があり、どの店が安く、どの店が高いかは一目瞭然だ。消費者は価格を比較し、合理的な判断を下す。

飲食店も同様で、店構えを見れば高級店か大衆店かはおおよそ分かる。日本では町中華のような大衆店は当たり外れが少ないが、アメリカでは事情が違い、価格帯よりも「実際に美味しいかどうか」が最大の評価軸になる。つまり、飲食ビジネスでは価格や雰囲気以上に、味という明確な価値基準が存在する。

ところがパチンコには、「値段も味」もない。いくら使えば、どれだけ楽しめるのか。どれだけ勝ちが返ってくるのか。事前に比較する物差しはスタート回数ぐらい。飲食店で言えば「味見ができないまま入店する」ようなものであり、極めて不確実なビジネスだと言える。

それにもかかわらず、パチンコ産業は16兆円という市場規模を保ち続けている。米投資家が興味を示したのは、まさにこの点だ。不確実性が高く、合理性だけでは説明できないにもかかわらず、なぜ人はカネを使い続けるのか。その神髄を理解できれば、他の業界にも応用できる普遍的な「勝ち方」が見えてくるのではないか、というわけだ。

しかし、ビジネスモデルを分析するよりも、答えはもっと単純なところにある。研究すべきはビジネスの仕組みではなく、ユーザー心理だ。食費は切り詰め、服にも金をかけない。それでも台間サンドには、1000円札を惜しげもなく投入していく。合理性とは無縁に見える行動だが、そこには「勝つかもしれない」「当たるかもしれない」という期待がある。

パチンコ産業は、その期待に支えられてきた。価格が見えないからこそ、比較も後悔も先送りされる。理屈ではなく感情が先に立つ。この人間心理を巧みに包み込み、長年成立させてきた点こそが、アメリカの投資家を惹きつけてやまない理由なのだろう。



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