パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

ベラジオが介護事業で「リハビリデイサービス」を開設

「私たちは情熱を持って驚きと感動を提供し、すべての人々と共に幸せになります」――。これはベラジオコーポレーションの経営理念である。事業活動を通じて人々に驚きと感動を届けることを掲げる同社が、新たな分野への挑戦を始めた。

4月1日、神戸市長田区で介護保険が利用できるリハビリ特化型デイサービ「BONVITA」の運営をスタートさせる。パチンコホールを中心に事業を展開してきた同社にとって、介護分野への進出は新規事業となる。3月11日はケアマネージャーを招いての内覧会が行われた。リハビリ機能訓練の内容に高い関心が寄せられた。


日本は世界でも類を見ないスピードで高齢化が進んでおり、社会保障費の増大が大きな課題となっている。そこで注目されているのが、単に高齢者を預かるだけではなく、身体機能の維持・改善を目的としたリハビリ特化型のデイサービスだ。健康寿命を延ばすことができれば、本人の生活の質が向上するだけでなく、医療費や介護費の抑制にもつながると期待されている。

従来のデイサービスでは、カラオケや囲碁・将棋、書道、生け花、陶芸、塗り絵などのレクリエーションが中心だった。しかし、世代が変わるにつれ、こうした内容を「いかにも年寄り向け」と感じ、抵抗を示す人も増えているという。

BONVITAが対象とするのは、要介護1または要支援1の利用者だ。このレベルの高齢者は、食事やトイレなどの日常生活は自立しているものの、歩行にやや不安があったり、入浴時に一部介助が必要だったりする段階にある。

そこで同施設では、リハビリマシンを使ったトレーニングを通じて筋力の低下を防ぎ、身体機能の維持・向上を目指す。

オシャレでラウンジのような開放感ある室内には、6種類のリハビリマシンが設置され、有酸素運動に欠かせないエアロバイクも3台備えられている。


利用者は半日滞在型のプログラムでトレーニングを行うが、リハビリ特化型としては珍しく入浴設備も備えている点が特徴だ。介護保険を適用すれば、利用料金は1回およそ600円程度で利用できる。


施設の運営には、生活相談員、機能訓練指導員、看護師、介護職員が配置され、利用者の体調や身体機能に応じたサポートを行う。送迎サービスも用意されており、自宅と施設の往復は専用車両で行われるため、通所の負担も少ない。

さらに、トレーニング後にはバリスタ監修のこだわりのコーヒーが提供される。運動の後にゆったりとくつろげる時間を設けることで、単なるリハビリ施設ではなく、心地よい交流の場としての役割も持たせている。


同社の創業者である林田祥来氏は、「ホール経営から一線を離れ、最後に社会貢献につながることをやりたかった。利用される皆さんには、長い人生をこれまで以上に良いものにしていただきたい」と語る。

パチンコ業界で培ったサービス精神を、今度は地域社会の健康づくりに生かす。




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原油高より深刻な問題は、新台50万円時代が招いた“回収型ビジネス”

イラン戦争が長期化した場合、日本経済にとって最大の影響は原油価格の上昇に伴う物価高だといわれている。エネルギー価格の高騰は物流費や製造コストを押し上げ、さまざまな商品に波及する。

パチンコ業界もその例外ではない。

シンクタンク関係者によれば、パチンコ業界への影響としてまず指摘されるのがプラスチック価格の上昇だ。原油から取り出されるナフサはプラスチックの原材料であり、原油価格が上がれば当然その価格も上昇する。パチンコ筐体には多くのプラスチック部品が使われているため、機械価格がさらに値上がりする可能性がある、という見方だ。

ホール関係者にとって気になるのは、では実際にどの程度値上がりするのか、という点だろう。すでに新台価格は高騰しており、現状でも導入を躊躇するホールは少なくない。もし大幅な値上げとなれば、ホール側は購入台数をさらに絞らざるを得ない。メーカーにとっても販売台数が減るだけに、便乗値上げは決して得策とは言えない。ここが、価格転嫁が比較的容易な食料品などの生活必需品とは大きく異なるところだ。

仮に遊技機1台に占めるプラスチック原材料費が1万~2万円程度だとすれば、原材料価格の上昇分を反映しても値上がり幅は5000円から2万円程度に収まると試算される。つまり、原油高の影響はあるにせよ、それだけで機械価格が大きく跳ね上がるわけではない。

実は、現在のパチンコ台価格を押し上げている本当の要因は別にある。液晶の大型化や可動役物の増加、版権費を含む開発費の高騰、そして何より販売台数の減少である。

市場縮小によって販売台数が減れば、メーカーは開発費を回収するために1台当たりの価格を引き上げざるを得ない。かつて20万円台だったパチンコ台は、今や50万円前後が当たり前になった。

この価格差はホール営業にも大きな影響を与えている。20万円程度の台であれば、1台あたりの回収目標をそれほど高く設定する必要はなく、釘を極端に締めなくても営業は成立していた。ユーザーにとっては「ある程度遊べる」環境が維持されていたわけだ。

ところが現在は事情がまったく異なる。50万円の台を導入すれば、ホールは短期間で投資を回収しなければならない。しかも機械の稼働寿命は長くて半年、短ければ導入からわずか1週間で通路と化すことも珍しくない。回収を急ぐあまり、釘調整は厳しくなり、結果としてユーザーの負担は増える。「遊べない遊技」になってしまったのである。

さらに、この問題を深刻化させたのが等価交換の普及だ。等価交換が主流になると、ホールの釘調整はさらに厳しさを増す。どうしても回収を急ぐ営業になりやすい。

ユーザーは早く負け、遊技時間は短くなる。不満を抱えたまま店を後にする客が増えれば、当然ながら客離れは加速する。こうして業界全体が縮小していく――そんな悪循環が分かっていながら断ち切れない。

今のパチンコ業界で起きているのは、「遊べるパチンコ」から「回収型ビジネス」への構造転換だ。原油価格の上昇よりも深刻なのは、実はこのビジネスモデルから脱却することだ。



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食事難民が生んだホールの外食産業進出_

高稼働を誇る郊外型ホールには、あえて飲食コーナーが設けられていなかった。理由はホールの隣に町中華の名店があり、食事の需要はすべてそこで賄えていたからだ。客は腹が減れば食事休憩を取り、ラーメンやチャーハンをかき込む。それが長年、当たり前の風景だった。

ところが、その当たり前は突然終わりを迎える。店主の高齢化を理由に、町中華が店を畳んでしまったのだ。すると、ホールの客たちは一転して食事難民となった。最寄りのコンビニは徒歩圏外。空腹を我慢するか、遠出するかの二択を迫られ、遊技時間が削られていく。

この状況を放置すれば稼働に響く。ホール側が打ち出した応急処置は、弁当屋からの仕入れ販売だった。業者と契約し、日替わり弁当を用意。電子レンジも設置し、温めて食べられる環境を整えた。

すると、予想をはるかに超える反応が返ってきた。

多い日には1日100食以上。昼どきには弁当を求めて列ができるほどだった。ホールとしてはあくまで「サービス」の位置づけで、利益はほぼゼロ。店から離れない効果はあった。

しかし、数字は人の心に欲を湧かせる。
「これだけ出るなら、自前でやった方が儲かるのではないか」
そんな声が自然と上がり始めた。

そこで次に打ち出されたのが、景品交換による簡易飲食だった。レトルトカレーとパックご飯をセットにし、紙皿とスプーンを添えて75玉・15枚、つまり300円相当で提供。

火を使わず、オペレーションも簡単。売れる日は40食分が捌けた。その分、弁当の販売数は減った。

この成功体験が、オーナーの中に新たな欲を芽生えさせる。

閉店した町中華の店舗がそのまま残っていた。

「いっそ、ちゃんとした店をやればいいのではないか」

居抜きで買い取り、料理人を雇えばすぐにでも再開できる。設備投資も最小限で済む。頭の中では、ホール客だけでなく、一般客も期待できた。

しかし、飲食業は片手間で成功するほど甘くはない。

弁当やレトルトで済んでいた時とは違い、味、衛生、人材、原価管理――課題は一気に増える。

「客の空腹」をチャンスと捉え、弁当から景品へ、そして店舗買収から実店舗運営へと、わずかな期間でシフトチェンジするオーナー。弁当100食が火をつけたこの挑戦が副業の柱になるのか。静かに見守りたい。



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ぱちんこ回想記 第2玉 ちょび髭オヤジ登場「パチンコ大賞」

こんばんは。各あるコラムの中より私のぱちんこ回想記のつづきを見に来てくださって誠に有難うございます。これからもジャンジャンバリバリ、ジャンジャンバリバリ、バリバリバリッとお読みお楽しみくださいませ~有難う御座います。それではつづきです(笑)

衝撃の「ぱちんこ」初打ちから一夜明けた。学校に行くも前日の「汽車ポッポDX」のメロディーが耳から離れないのと「D-51」がなくなっていた事に対するモヤモヤ。ホールには新台入替というのがあって次々と台が新しく入替られて、古い台はなくなっていくなんて事は知らなかった。

どうしても、またぱちんこが打ちたくて、打ちたくて仕方がなかった私は、夜にでも隙あらば、親の目を盗んではホールに行ってぱちんこを打とうと考えた。

ぱちんこを打ってるなんて親父にバレたら気の短い親父の事だ、絶対に顔の形が変わるまでボッコボコにされるであろうから、真剣に作戦を練った。

とにかく実家の店が忙しい時間帯である19時~21時を狙う。まさか私がぱちんこを打っているなんて思ってもいないだろう。あれ? 家の中にいない!となっても散歩してたとか言えば何とか誤魔化せる。

そして19時。私はスーッと家から出て100メートル18秒の足で駅前へ。「平和ホール」の1つしかない玄関前までやって来た。ガラス扉に背中をつけて周囲を確認し誰も見てないのを確認して素早く入店。一目散に「汽車ポッポDX」に向かうが、その1歩手前で気になった1台が、私を呼び止めたような気がした。その機種は…。

1990年に発売された旧要件機。西陣の名機「パチンコ大賞」(ALL13)だった。




役物を見ると中にはドル箱を頭の上で持ったまま立っているちょび髭のオヤジがいる。そしてVゾーン手前には横15縦7粒の赤色の1色ドットがあり、見ていると何やら文字が流れる。

「イラッシャイ イラッシャイ デルヨ デルヨー」

ほんとかよ。

なぜかこの「パチンコ大賞」の設置は汽車ポッポDXの隣に1台だけだった。

よし。今日はこの台を打とう。100円玉を台脇の薄いサンドに入れる。今日は前回儲けた分の1500円までの勝負だ。そう決めていざ実践!

打ち始めながら役物内を見ていると、とても不思議だったのがステージだった。手前にあるVゾーンに入らないと当たらないと思っていた私は奥にもVゾーンがある事に気づいていなかった。当たらないと役物内が少し暗いのだ。


「オヤジのドル箱に玉が入ってそれをオヤジがVゾーンめがけてドサーっとやってくれるやつか」と第1妄想。


昔のぱちんこって初めて打つ時、今の時代のように情報がなかったので、打つ前に役物を見て役物の動き、役物内での玉の動きを妄想する事が当たり前にあったし、妄想が楽しかった。

それは開発者の遊び心が伝わる物だったからだと私は思っている。それと役物が小さかった事もあり、中が狭かった。狭いからこそイレギュラー入賞ではなく、マグレの当たりが起きる確率が高いと錯覚してしまう人間の心理を突いた、考えたサイズなのかと今でも考えさせられる。

打ち始めながら盤面を舐めるように見てみる。とにかく羽根が小さく感じる。そして1チャッカー入賞するとワンテンポ置いて「…チーン!」と短い羽根が開く。

しかし、拾わない。「汽車ポッポDX」が初打ちの私からすれば、開閉時間も短く感じる。これがぱちんこをして初めて難しいと思った瞬間だった。とても当たる気がしないのだ。

そして、私の勘は的中する。まぁ今考えれば店主のおばちゃんの地獄調整では、なかなかチャンスが巡っては来ない。前日勝った1500円はあっという間になくなった。役物内のちょび髭オヤジが、私を小馬鹿にしているようにも感じる。

「続行だ!」と当てるまで諦められない私は千円札を両替しにカウンター前の大きな両替機へ。カウンターにはおばちゃんの姿はない。

着席して玉を両手でサンドから取る。そして打つも1度も1チャッカーにすら入らず100円玉が10枚なくなったのを記憶している。

「昨日あんなに簡単に当たったのに…」

私は涙目になるが、悔しさを押し殺しながら打ち続けた。こんなに簡単に次々と100円がなくなるなんて。そして、また千円札を両替しては打つ。開いても拾わずあっという間に3000円がなくなった…。

役内のオヤジが笑いながら帰れと言ってるようにも感じてきた。全身の力がスーッと抜けて涙がこぼれた。しばらくの間ぱちんこはやめよう。そう思っていたら店主のおばちゃんがやって来た。

「ぱちんこしに来ちゃダメでしょ! 終わり終わり!」

1度も当たらず自棄になっていた私はタイミング良くおばちゃんに「D-51」の事を聞く事に成功したのだ。

「入り口からすぐ右列にあったSLのぱちんこはどこいったの?」

そう聞くとおばちゃんは普通に教えてくれた。古くなったから新しい台と交換した。でもとても人気があった台だった。「D-51」って名前の台だった。

「他の店に行ったらひょっとして『D-51』が設置してる所ってあるの?」と最後の質問に
「小さなお店ならひょっとしたらあるかもね」との回答。この回答が人を疑う事を知らない私の「D-51」探しに火をつけた。

世間は200台設置規模のホールに遊びに行く中、私は「D-51」探しをするために小さなホール、小さなホールと探していろんな機種と出会っていく事になる。

私は大人になってパチンコ店で働き、店長職を経験して後に「夜だけパチンコ店で働いて」現在ではレトロパチンコとレトロパチスロを扱う仕事をしているが、今考えれば12歳で人生が決まっていたのかもしれない。  

つづく


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ウチコ軍団の親玉、転売ビジネスで年収1億5000万円の着地点

週刊誌ライターが取材過程で、思わず唸らされる人物に出会った。かつてパチンコの「ウチコ軍団」を率いていた男が、今や転売ビジネスで年間1億5000万円もの利益を叩き出しているというのだ。

彼は元ウチコ軍団の親玉。最盛期には数十人ほどの打ち子を束ね、ホールを渡り歩いていた。その人材と統率力を、そのまま別の世界に横展開した結果が、現在のビジネスモデルである。

本人は「転売ヤーというより、せどりだ」と言う。確かにやっていることは単純な買い占めとは違う。成功の最大の要因は、仕入れルートを確立できたことだ。通販サイトで返品された商品を一括で引き取るルート、さらには家電量販店が大量仕入れしたものの捌ききれなかった不良在庫を格安で仕入れるルートを押さえた。

通販返品と聞くと中古を想像しがちだが、実際には「ほぼ新品」という商品も少なくない。中でもルンバやダイソンといった人気の掃除機は回転率も利幅も高く、まさに稼ぎ頭だったという。

それらをメルカリなどのフリマアプリに出品するが、名義が一人ではすぐに限界が来る。そこで、かつての仲間である15人を出品要員として組織化した。

価格競争の最大のライバルは中国の通販サイトTEMUだ。安さでは到底かなわない。そこで彼らは、TEMUでは扱えない国内ブランド品や信頼性の高い家電に特化することで差別化を図っている。

ウチコ軍団時代、彼は確定申告など考えたこともなかったという。しかし今は違う。税金もきちんと納め、堂々と「事業」として成立させている。

パチンコ業界で培ったのは、数を動かす力と、ルールの隙間を見抜く嗅覚だった。そのスキルは、場所を転売ビジネスに変えれば「まっとうな商売」にもなる。ウチコ軍団からの転身は、パチンコ業界の時代の変化を如実に映し出している。



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