パチンコ日報

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ぱちんこ回想記 第2玉 ちょび髭オヤジ登場「パチンコ大賞」

こんばんは。各あるコラムの中より私のぱちんこ回想記のつづきを見に来てくださって誠に有難うございます。これからもジャンジャンバリバリ、ジャンジャンバリバリ、バリバリバリッとお読みお楽しみくださいませ~有難う御座います。それではつづきです(笑)

衝撃の「ぱちんこ」初打ちから一夜明けた。学校に行くも前日の「汽車ポッポDX」のメロディーが耳から離れないのと「D-51」がなくなっていた事に対するモヤモヤ。ホールには新台入替というのがあって次々と台が新しく入替られて、古い台はなくなっていくなんて事は知らなかった。

どうしても、またぱちんこが打ちたくて、打ちたくて仕方がなかった私は、夜にでも隙あらば、親の目を盗んではホールに行ってぱちんこを打とうと考えた。

ぱちんこを打ってるなんて親父にバレたら気の短い親父の事だ、絶対に顔の形が変わるまでボッコボコにされるであろうから、真剣に作戦を練った。

とにかく実家の店が忙しい時間帯である19時~21時を狙う。まさか私がぱちんこを打っているなんて思ってもいないだろう。あれ? 家の中にいない!となっても散歩してたとか言えば何とか誤魔化せる。

そして19時。私はスーッと家から出て100メートル18秒の足で駅前へ。「平和ホール」の1つしかない玄関前までやって来た。ガラス扉に背中をつけて周囲を確認し誰も見てないのを確認して素早く入店。一目散に「汽車ポッポDX」に向かうが、その1歩手前で気になった1台が、私を呼び止めたような気がした。その機種は…。

1990年に発売された旧要件機。西陣の名機「パチンコ大賞」(ALL13)だった。




役物を見ると中にはドル箱を頭の上で持ったまま立っているちょび髭のオヤジがいる。そしてVゾーン手前には横15縦7粒の赤色の1色ドットがあり、見ていると何やら文字が流れる。

「イラッシャイ イラッシャイ デルヨ デルヨー」

ほんとかよ。

なぜかこの「パチンコ大賞」の設置は汽車ポッポDXの隣に1台だけだった。

よし。今日はこの台を打とう。100円玉を台脇の薄いサンドに入れる。今日は前回儲けた分の1500円までの勝負だ。そう決めていざ実践!

打ち始めながら役物内を見ていると、とても不思議だったのがステージだった。手前にあるVゾーンに入らないと当たらないと思っていた私は奥にもVゾーンがある事に気づいていなかった。当たらないと役物内が少し暗いのだ。


「オヤジのドル箱に玉が入ってそれをオヤジがVゾーンめがけてドサーっとやってくれるやつか」と第1妄想。


昔のぱちんこって初めて打つ時、今の時代のように情報がなかったので、打つ前に役物を見て役物の動き、役物内での玉の動きを妄想する事が当たり前にあったし、妄想が楽しかった。

それは開発者の遊び心が伝わる物だったからだと私は思っている。それと役物が小さかった事もあり、中が狭かった。狭いからこそイレギュラー入賞ではなく、マグレの当たりが起きる確率が高いと錯覚してしまう人間の心理を突いた、考えたサイズなのかと今でも考えさせられる。

打ち始めながら盤面を舐めるように見てみる。とにかく羽根が小さく感じる。そして1チャッカー入賞するとワンテンポ置いて「…チーン!」と短い羽根が開く。

しかし、拾わない。「汽車ポッポDX」が初打ちの私からすれば、開閉時間も短く感じる。これがぱちんこをして初めて難しいと思った瞬間だった。とても当たる気がしないのだ。

そして、私の勘は的中する。まぁ今考えれば店主のおばちゃんの地獄調整では、なかなかチャンスが巡っては来ない。前日勝った1500円はあっという間になくなった。役物内のちょび髭オヤジが、私を小馬鹿にしているようにも感じる。

「続行だ!」と当てるまで諦められない私は千円札を両替しにカウンター前の大きな両替機へ。カウンターにはおばちゃんの姿はない。

着席して玉を両手でサンドから取る。そして打つも1度も1チャッカーにすら入らず100円玉が10枚なくなったのを記憶している。

「昨日あんなに簡単に当たったのに…」

私は涙目になるが、悔しさを押し殺しながら打ち続けた。こんなに簡単に次々と100円がなくなるなんて。そして、また千円札を両替しては打つ。開いても拾わずあっという間に3000円がなくなった…。

役内のオヤジが笑いながら帰れと言ってるようにも感じてきた。全身の力がスーッと抜けて涙がこぼれた。しばらくの間ぱちんこはやめよう。そう思っていたら店主のおばちゃんがやって来た。

「ぱちんこしに来ちゃダメでしょ! 終わり終わり!」

1度も当たらず自棄になっていた私はタイミング良くおばちゃんに「D-51」の事を聞く事に成功したのだ。

「入り口からすぐ右列にあったSLのぱちんこはどこいったの?」

そう聞くとおばちゃんは普通に教えてくれた。古くなったから新しい台と交換した。でもとても人気があった台だった。「D-51」って名前の台だった。

「他の店に行ったらひょっとして『D-51』が設置してる所ってあるの?」と最後の質問に
「小さなお店ならひょっとしたらあるかもね」との回答。この回答が人を疑う事を知らない私の「D-51」探しに火をつけた。

世間は200台設置規模のホールに遊びに行く中、私は「D-51」探しをするために小さなホール、小さなホールと探していろんな機種と出会っていく事になる。

私は大人になってパチンコ店で働き、店長職を経験して後に「夜だけパチンコ店で働いて」現在ではレトロパチンコとレトロパチスロを扱う仕事をしているが、今考えれば12歳で人生が決まっていたのかもしれない。  

つづく


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