パチンコ日報

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極意!最強オバチャンが語るリーダーの心得 第3話

《サブキャラクター/第3話》

登場人物:黒田純一(クロダジュンイチ)、昭和60年9月10日生まれ、山口県下関市出身、血液型B型、独身、趣味はマージャンとパチンコ、Palor Dream総武店のホールリーダー



登場人物:野呂一男(ノロ・カズオ)、昭和31年9月3日生まれ、熊本県八代市出身、血液型O型、関西学院大学大の経済学部経済学科卒、愛美の旦那 二児の父、愛煙家、趣味は読書とテニス、愛車はシルバーのJAGUAR XJ LUXURY、仕事はフリーの文筆家&人材育成コンサルタント



登場人物:山下 通(ヤマシタ・トオル)イタリア料理AMALFIオーナーシェフ 一男の高校三年生の時のクラスメート、友人歴は約40年に近い



近藤 武(コンドウ・タケシ)Palor Dream戸田店のホールリーダー



◆純一は最強オバチャンと夜の街をドライブした



今日も一日、早番で慌ただしくホール内を動き回った。仕事の合間に常連の元気なお年寄り軍団とは冗談を言い合い、いつもよりトイレの掃除に少し時間をかけて便器をピカピカに磨き上げた。



お客さんに少しでも快適に気持よく遊んで貰うために、限られた範囲ではあっても、自分の仕事に責任を持ち、プライドをもって働くように心掛けている。職業に貴賎などない、それがわたしの信条だ。



先週の『社長のWebメッセージ』で社長が引用した言葉が記憶に残っている。それは京都にある日本電産の創業社長永守重信さんの言葉らしいが「人が何と言おうが、この仕事が俺の天命、天職だと惚れ込んでやれば、必ず上手くいく」というものだ。多分、うちの社長が愛読している月刊誌の『致知』の中から持ってきたのだろう。



うちの社長もパチンコ店の経営を天職だと思ってやっているそうで、自分はパチンコという遊技に惚れ込んでこの業界に入った。そして、他人が何と言おうがパチンコ産業は世の中になくてはならない産業だと信じて経営していると言っている。



現実として、換金問題や遊技機の廃棄問題、パチンコ依存症、幼児の車輌放置など、産業が抱える問題は幾つもある。しかし自分の仕事にプライドを持ち、遵法営業をしながら、精一杯お客さまを「もてなす」ことが自分の天命なのだと言っていた。



パチンコ産業は時間消費型産業と言われるが、その実は、やはりギャンブルと言えるだろう。人の欲得が基本にあることは間違いない。



そして、お客さんの利害と経営側の利害は一致しない。お客さんに負けてもらわないと成り立たない。そのことを分かった上で、平たく言えば、どんな遊技環境で、どんな負け方をして貰うのが一番いいのかそれぞれの立場で考え、それぞれが実践して欲しいという社長のメッセージは的を得ているとわたしは思っている。



だから、わたしはそんな社長が好きだし、その思いの一部をホールの中で具現化するのがわたしの使命だと思っている。自分の仕事に責任とプライドを持てない人間をわたしは信用しない。わたしは、「たかがクリーンキーパー、されどクリーンキーパー」だと思っている。



休憩ルームの置時計は夕方5時半になろうとしていた。



わたしはタイムカードを押し、私服に着替えてスタッフの休憩ルームで一服し、雑誌を読みながら車で出る頃合いを見計らっていた。今日は「結婚記念日」、旦那と二人で夜7時から恒例のメモリアルディナーをする約束になっている。



早いもので、もうすぐ25周年の「銀婚」がやってくる。いろんなことがあったが、とにかく、健康で当たり前に夫婦を続けられたことに感謝している。



世の中はこの当たり前がなかなか難しいようで、わたしの周りの十数組のカップルは既に撃沈した。



癌などの病気や不慮の事故は神のみぞ知るところ、人為を越えた話なのでどうしようもない。しかし、実際はお互いの我儘やコミュニケーション不足に原因があるケースが多いようにわたしは感じている。修復可能なわずかな亀裂が、怠慢と時間の蓄積で大きくなり、結果、価値観の相違ということで袂を分かつ夫婦が増えたように思う。



休憩ルームに早番ローテーションで入っていたホールリーダーの黒田純一が入ってきた。



「お疲れさまです、オバチャン」



「お疲れさま、純一くん」



「今日も相変わらず忙しかったですね」



「そうね、でも、ありがたい話しよ。お客さんはうちの店を選んでくれて、わざわざ遊びに来てくれてるんだから・・・」



そう言いながら、わたしは社長の言葉をふと思い出した。



「純一くんは今日は早番だから、もうとっくに帰ったと思ってた」



「いや~っ、明日が休みなんで、今日の夜は戸田店の連中とめし食ってマージャンなんです」



純一はマージャンが好きで、噂ではプロでも食べていけるぐらいの腕前と聞いている。



Palor Dream総武店には純一クラスの打ち手もいなければ、そもそもマージャンができるスタッフが殆どいなかった。



そんなこともあり純一は、時々、Palor Dream戸田店へ遠征してスタッフとマージャンを打っているらしかった。戸田店には純一に匹敵する腕の社員が一人いて、その他に大学生のアルバイトスタッフでマージャン好きが二人いた。



そのメンバーで卓を囲んでいた。戸田店はDreamグループの中では総武店に二番目に近い場所にある店舗だった。車の混み具合にもよるが、朝夕のラッシュ時を除けば、だいたい30分くらいで行ける場所にあった。ただ渋滞に巻き込まれると約1時間を覚悟する必要があった。



「そうだったの。それで、戸田店には車で行くの?」



「いいえ、僕のボロ車、トラブってて、いま知り合いの修理工場に入れてるんで今日は電車で行くつもりです」



「その食事会は、何時から?」



「7時頃、戸田店の近くの“吉牛”に集合って・・・」



「あっ、そう。わたしも同じ時間に戸田だから、じゃ~、私の車に同乗する?電車代うくでしょ」

私は笑いながら言った。



「えっ、オバチャンも今から戸田に行くんですか」



「今日は結婚記念日なんで、戸田にあるイタ飯のお店、AMALFI(アマルフィ)で旦那とメモリアルディナーなのよ」



「あっ、そうですか~。へ~っ、なんかオシャレですね」

純一は少し驚いた顔をして、かすかな憧れを感じているような口ぶりで言った。



「まあ、うちの夫婦の長年続いてる恒例行事なんでね。だから今日の旦那の出張は東京トンボ帰りよ」



「旦那さんも偉いですね」



「うちは、かれこれ25年近く夫婦やってるけど、まだ夫婦間にすきま風は吹いてないからねっ」



「いいですねっ。僕もそんな相手と巡り逢いたいですよ。なかなか旨くいかないですけど、僕の場合・・・」



純一は憂いを含んだ表情を見せた。そして、言葉を続けた。



「僕、オバチャンに相談したいことがあるんで、車に乗せて貰っていいですか。移動中、カウンセリングお願いしたいんで」



「いいわよ。今の時間帯は、絶対に、混んでるから・・・1時間は聞けると思うわ。じっくりと純一くんの話を聞いてあげましょう。お安い御用よ」



わたしはそう言うと、いつものように自分の胸をポ~ンと叩いてみせた。そして、二人で立体駐車場の屋上へ行き、愛車の赤のPolo GTIに乗り込んだ。



「オバチャン、結婚記念日は毎年そのAMALFIって決まってるんですか?」



「ええ、そうよ、この20年ね」



「その理由(わけ)を聞いていいですか?」

純一は少し遠慮がちに言った。



「どうしようかな~っ、ん~、理由、想像して当ててみてよ、純一くん」



「え~っ、そんなのわかんないですよ」



「そう言わずに、少しは想像力を働かせてさ」

わたしはちょっとした意地悪おばさんの気分を味わいながら言った。



「普通に考えれば、料理が美味しいから、店の内装や雰囲気が気にいってるから、特別なワインがあるから、他には、シェフと親しいから、初デートで行った店だから、結婚披露パーティーをした店だから・・・、あたりが理由でありそうなんだけど・・・」



「二つは当たってるね、でも残念ながら、もっと核心の答えがあるんで、半分だけピンポン!だね」



「えっ、半分?じゃ~っ、ほかにどんな理由が・・・?」



「ならば、回答しましょうか」



純一はわたしがどんなことを言い出すのか興味津々の様子だった。



「その答えは、新婚旅行で行ったところとお店の名前が同じだから」



「えっ、AMALFI(アマルフィ)って、もしかして、地名ですか?」



「そうよ、アマルフィは、南イタリアのカンパニア州にあるの。ローマ帝国時代、イタリアで最も早く貿易海洋都市として栄えた古都。アマルフィ海岸の中心地ね。そして、有名な観光地なの。まわりは断崖絶壁の海岸で、建物を上へ上へって建て増して断崖にへばりつくように建物が密集しているのが特徴ね。アマルフィ海岸は、ユネスコの世界遺産に登録されてる綺麗な海岸よ」



「へ~っ、そうなんだ。新婚旅行はイタリアだったんですね」



「いやっ、その言葉のニュアンスは正しくないわね」



「えっ?」

純一は不思議そうな顔をして言った。



「新婚旅行がイタリアっ言ったらローマとかナポリとかいろんなとこに行ったみたいじゃない」



「そうなんでしょ」



「No!それが、違うのよ」



純一の表情の不思議さの度合いが、一層、増したようにみえた。



「違うって・・・?」



「うちの旦那とアマルフィのHotel L’Antico Convitto(ホテル・アンティーコ・コンヴィット)にず~っと1週間泊まってたのよ。そして、ホテルを拠点にそこの住人みたいに普通に生活したの。旦那はパソコン持参で仕事をしてた。ほとんど別荘に来てる感じだよね・・・」



純一はわたしに断ってドアウインドウを少し開けて、タバコに火をつけた。ピース独特の少し甘い香りがほのかに車内に漂った。



「でもそれって、結構、オシャレですよね」

純一がタバコの灰を灰皿に落としながら言った。



「それが、あの頃のうちの旦那の夢だったの。それに付き合わされたのよ。わたしは、旦那の夢を一緒にみて、それからずっと旦那の人生に付き合って来てるのよ」



「なんか、そんな風に言うと、ロマンチックな物語を語ってるって感じですね」



「あら、そ~おっ。かっこよすぎた!?」

わたしは笑いながら言った。



「でも、人間にとって夢って大切ですよね。夢を食べて生きてはいけないけど、夢のない生き方って虚しいですよね」

純一はぼそっと独り言のように言った。





わたしはBGMに山下達郎のアルバム「JOY -TATSURO YAMASHITA LIVE-」をかけていた。ビーチボーイズのカヴァー「GOD ONLY KNOWS」が終わり、「 メリー・ゴー・ラウンド」が流れ出した。



『真夜中の遊園地に 君と二人でそっと忍び込んで行った

錆びついた金網を乗り越え 駆け出すといつも月が昇ってきた

心は粉々に砕かれ 失くしてしまった 

幻のメリー・ゴー・ラウンド 愛さえ

亜麻色の月明の下で 僕達は笑いながら愛しあった

色褪せた水玉のベンチは 滅びゆく時の匂いしみついてた

きっと生まれかわる 今なら 

もう一度だけ動き出せメリー・ゴー・ラウンド

目を覚ませユニコーン』



「この曲は山下達郎のメリー・ゴー・ラウンドでしたよね」



「そうよ」



「なんか、歌詞がキツイですね、今の僕には・・・」



「なんかあったの?」



「ふっ、僕、この前、彼女と分かれちゃったんです」

純一はため息とともに小さく肩を落としながら弱々しく答えた。

「そうなの・・・」



純一は音楽を聴きながら、総武アイランドパークの方へ視線を向けた。その姿は開けてしまったパンドラの箱の片隅をそ~っと覗き込んでいるようだった。



「半年くらい同棲してて、結婚も考えてたんですけど・・・」



「別れた理由(わけ)は・・・?」



「俺が彼女の気持ちを読めなかったから・・・でしょうね」



「気持ちを・・・ねぇ~。まあ、なかなか読めないけどねっ」

少し冷ややかな口ぶりでわたしは言った。



頭の中には「女ごころと秋の空」という文字が浮かんでは消えを繰り返していた。



「それに、会社でやったEQテストの点数も自分の予測よりかなり低かったんですよ、僕は・・・」



「EQって、こころの知能指数って言われてるあのEQのこと」



「ええ、そうです。そのEQです。僕は特に、他者の感情の知覚が駄目みたいで」



「そうなんだ」



「彼女の別れとEQでダブルなんで、最近、仕事でリーダーって役職を貰っているけど人間関係とか対人関係とかに自信がなくなってきてて・・・」



純一が相談したかったのは、この辺のことだとわたしは思った。そして、できるだけ話を聞きながら、具体的なアドバイスをしてみようと考えていた。



「オバチャン、人生いろいろですねっ」



「お千代さんも歌ってるでしょ。人生いろいろ、男も・・・」



「えっ!?それ誰ですか?」



「島倉千代子よ」



「シ・マ・ク・ラ・チヨコ・・・?」



「知らない、天下の美空ひばりと並ぶ昭和歌謡の歌姫よ」



「僕は昭和60年の生まれですから・・・」



「そうか~っ、平成の時代に生きてんだよね」



「美空ひばりなら分かりますけど・・・」



「そうねっ、最近、歌マネ番組で青木隆治がよくやってるし・・・」



「シマクラチヨコは、今度、おふくろに聞いてみます」



「そうして頂戴」



わたしは少し重たくなった空気感を変えるために、わざと、たわいない話題に持っていった。



「人生いろいろだけど、でも、《山よりも大きなイノシシはいない》のよ」

「えっ!?それ、何ですか」



純一はわたしの話に着いてくるのにあたふたしている様子だった。



「純一くんはまだ若いけど、それでも過去に幾つか試練があっただろうし、それを乗り超えて、今があるわけだよね。試練ってそれを恐れる自分、逃げたい自分がいると、自分に与えられたモノよりも、実際のモノがドンドンと大きく見えてくる性質のモノなのよ」



わたしは言葉を続けた。



「《山より大きなイノシンは出ない》言い換えれば 《神はあなたが耐えられないような試練に遭わせる事はしない》ということ。そして試練と共に、それに耐えられるように逃れる道も備えてくれているものよ」



わたしは一拍おいて、わざと語気を強めながら続けた。



「これは、《人に起こる事は必ず自分の力で解決できる事しか起こらない》という教えに基づいた言葉なの。全ての試練、悩みや苦しみは、一気に、綺麗さっぱり魔術のようには解決はしない。だから、ひとつひとつ心を込めて取り組むことが大切なの」



「やっぱ、そうなんでしょうねっ!」純一はふっと一息はいて、自分自身に言い聞かせるように言った。



◆愛美はユングのタイプ論の存在を純一に伝えた



夕方の道路は予想以上に渋滞していた。この調子だとAMALFI(アマルフィ)に着くのは7時を少し回ってからかも知れないとわたしは思った。



「あっ、あそこのセブンイレブンでコーヒーでも買おうか。ついでに旦那にケータイしたいから」



「ええ、いいですよ。僕も戸田店の近藤くん少し遅れるって連絡入れますんで」



「よし、じゃー、車、入れるね」



「はい」



わたしは、旦那の一男にちょっと遅れそうだと連絡を入れた。



オーナーシェフの山下通と一男は高校三年生の時のクラスメートということもあり仲がよかった。高校を卒業し、料理専門学校を出て、山下がイタリア料理のシェフを目指してイタリアへ修行に行っている頃からずっと交流が続いていた。



そして約20年前に山下が独立して今の自分の店を出すときに店のネーミングを相談されて、《AMALFI》を提案したのは一男だった。



「純一くんはカール・グスタフ・ユングっていう、スイスの心理学者の名前聞いたことある?」



「ユングですか?この前の社内のリーダーシップ研修でその名前を聞きました」



「それって月に1回やってる幹部研修ねっ」



「そうです。リーダー以上の役職者が対象の・・・」



「で、ユングの何を勉強したの」



「言葉が結構むずかしかったのでハッキリとは憶えていませんが、無意識とシンクロ何とか・・・っていうことだったと・・・」



「それは、無意識とシンクロニシティじゃない?」



「ああ、そうです。そのシンクロ・シティーです」



「ちがうちがう、シ・ン・ク・ロ・ニ・シ・ティよ」



「その舌噛みそうなヤツです」



純一は面倒くさくなり、正確に言うことをあきらめた様子だった。



「で、研修の内容は」



「ん~、部分的にしか憶えていません。それじゃ駄目なんでしょうが・・・」



「ならば、共時性とか同時協調性とかいう言葉を聞かなかった?」



「ああ~っ、聞きました。そして、因果律では説明できない現象・・・とかいうのは憶えてます」



「その因果律の言葉の意味は分かる?」



「因果律は、因は原因。そして、果は結果。律は法則とかきまりだから、原因と結果の法則てな感じですか?」



「ピンポ~ン!正解。原因があるから結果がある。何らかの結果には必ずそうなった原因がある。そういうことね」



「ああ、良かった。社内研修を受けててなんにも身についてなかったら会社から怒られますからね」



純一は少しほっとしたような表情をみせた。



わたしは、以前読んだ『占いとユング心理学-偶然の一致はなぜ起こるか-』(秋山さと子著)の本の中身を喋ってみようと考えた。



「じゃー、復習みたいなものだけど、人間は、根本的に異なった二つの法則に左右されていると言われているの。一つは今いった、因果律の法則ね。客観的な世界は因果律の世界だと理解してくれればいい。そして、もう一つは主観的な世界ね。ここでは、主観って心の中の“事実”って理解しておいて。主観的な世界では、人は同じような体験をしても個人によってその捉え方は異なる。これは普通に考えてそうだよね。しかも、体験した人にとっては“事実”であったとしても、場合によっては、客観的に説明することができない場合も多いのは理解できるよね。その主観の世界と客観の世界が一致するのがシンクロニシティよ。一般的な表現では“偶然の一致”だね」



「そうそう、そんなことを言ってました、講師が・・・」



「もっと具体的な例を挙げれば、街角に立っているときに、ふと、『赤い車が通りそうだ』と思ったとたんに、実際に目の前に赤い車が通って行くとか、長いこと会っていなかった友人のことを思い出した時に、その友人から電話がかかってくるような現象のことだね」



「ああ、講師もそんな例をあげていました」



「じゃー、次は無意識についてね」



純一はちょっとした前知識を研修を受けて持っていたので、わたしの話に一層興味が湧いてきたのか、真剣な顔をして話を聞きだした。



「続きだけど、たとえば空から見ることができたならば、赤い自動車がこちらに向かっていることは見える。しかし、実際には、わたし達は天からの目を持っているわけじゃないでしょ。だから見えない角から赤い自動車が来ることは知り得るはずがないのよね。ところが無意識のある部分で、そのことがわかっていたとしたら、赤い自動車がくるということが、意識に浮かんでくることがある。そうすると、思ったことと現実が一致するというようなことが起こり得るはずだよね」



「そういうのって、たまにありますよね」

純一が言った。



わたしはここで一息入れて、そして、さらに喋り続けた。



「この超越的な力は神様ということもできるかもしれない。しかし、ユングは、一般に言われるような、自分以外の超越的な存在を神とするのではなく、自分の無意識の中にそうした“超越的な力”があると考えた心理学者だったわけよ」



「そう、そう、そうでした。その無意識に、いろんなタイプの“元型”があるんですよね。賢い老人とかグレートマザーとか・・・」

純一はノリ気味に早口で言った。



「純一くん、断片的にはそこそこ、憶えてるじゃない」



「いや、オバチャンが記憶の前後を言ってくれるんで、何となくおぼろげにある記憶が蘇ってきてるだけです」



純一は誉められて嬉しかったのか、明るく答えた。



わたしは、最後に、このことは正確に言っておきたかったので、ゆっくりと丁寧に喋った。



「シンクロニシティに関して、このことはしっかりと覚えておいて欲しいから言っとくね。もし、《こうしたい、ああしたい》って念じてその結果そうなったとしたら、それはいわゆる超能力とか念力って話になるわね。シンクロニシティの場合には、そこにはまったく自分の意志が介在していないという特徴、条件があるの。つまり、無意識の中の何かが外の現実と呼応して動くからで、意識的なものが動くわけじゃないのよ。そこを誤解しないようにね」



「わかりました。僕は、以前、マーフィーの法則って言葉が流行った時に『マーフィーの黄金律』(しまずこういち著)って本を読んだことがあるんです。それには、“こうなりたい”という具体的な自分の姿を想像して前向きに日々努力することで、自分の人生の目的を達成することができる・・・って書いてあった。そんなのとシンクロニシティは別物ですね」



「そう、シンクロニシティって、いわゆる自己啓発本にある教訓や教え、成功法則とは全く違うたぐいの話だと捉えとくべきね」



「純一くん本題に入ろうか」



「オバチャン、お願いします」



「話を整理すれば、彼女との別れとEQテストの成績のダブルパンチで、人間関係とか対人関係とかに自信がなくなった。だからリーダーって役職も重たく感じてきた・・・ってことだよね。“自信喪失”ってわけね」



「ええ、一言でいえば・・・そうです」

純一は素直に答えた。



「“自己崩壊”まではいってなさそうだけど・・・」



「そこはまだ大丈夫です。マージャンやれますから・・・」

純一は笑いながら言った。



「人間関係や対人関係を良好に保つ為に知ってて役に立つこと。その一つに相手の性質や気質の傾向、感情や行動パターンを自分が分かってるってのはありだよね」



「ありです、ありです。僕はそこが不得意なんですから・・・」



純一はわたしの話にさらにのってきた。そして、助手席からの彼の視線がわたしの方にあらためて向け直されるのをはっきりと感じた。



「そして、その傾向分類に血液型が付いていれば便利だよね」



「そりゃ、便利ですよ。A型とかB型とかでしょ」



「そうよ、ABO型の血液型ね」



「だって血液型だったら気軽に誰にでも聞けるじゃないですか。相手も簡単に教えてくれるし・・・」



目を見開き首をわずかに縦に振り、一人で納得している純一のようすがわたしには少し滑稽に見えて可笑しかった。



「わかった。もうすぐ戸田に着くから、純一くんの休みあけの明後日、ユングのタイプ論と血液型を関連させて整理したレポートを渡すわ。わたしがネットや本でいろいろ調べてまとめたやつをね。わたしネットサーフィンしていろんな情報をパクるの旨いから・・・」



「ありがとうございます。助かります」



「それと、最後にひとつ言っておくね」



「えっ、何ですか・・・?」



「医学や心理学おいて、いわゆる科学的にはABO型の血液型分類と人の性質や気質の関係性はほぼ99%否定されている、という事実」



「ああ、そうなんですか」

純一は余計な推測をすることもなく素直に言った。



「だから、わたしのレポートは、ある意味、科学的ではないってことを了解していて欲しいの。血液型に関しては“血液型占い”の感覚で受け止めて欲しいのよ」



「ユングのタイプ論の分類ごとに当てはまりやすい血液型を書くけど、まずは、それを絶対だと思っちゃ駄目よ。だから、ユングのタイプ論でいう○○○タイプに多い血液型は○型って読んで欲しいの。あくまで傾向であり確率ね。絶対に、反対に定義しちゃ駄目よ。血液型○型の人はユングのいう○○○タイプだ、と読むとその思い込みが逆にマイナスになるから」



「わかりました。そのことは肝に命じます。楽しみにしています」

純一は軽く微笑ながら、両手の拳をぐっと握り、期待感を込めた明るい声で言った。



わたしは戸田店で純一を降ろして、AMALFIに向けて車を走らせた。そして7時15分を少し回る頃にAMALFIの駐車場に着いた。そこには一男の愛車、シルバーのJAGUAR XJの姿は見当たらなかった。一足先に着けたことに安堵していた。



AMALFIの壁に掛けられた時計の針はもうすぐ9時になろうとしていた。今年の結婚記念日のメモリアルディナーもいつものように楽しく終わろうとしていた。シェフの山下は食材、味付け、色味、そして器の形や柄にまで徹底してこだわって、世界に一つだけのオリジナル・スペシャル・ディナーをわたし達の為に出してくれた。



「今日も使わせて貰ったけど、愛美のあのレポートけっこう好評だよ」

一男が言った。



「あら、そおおっ。タイプ論と血液型のやつね。嬉しいわね~」



「いつでも出せるように、USBメモリーでカバンに入れて持ち歩いてるよ」



「わたしのレポート、結構、活躍してるのね」



「してる、してる。ちょいとした話しネタで重宝してる。だから、愛美には感謝してますよ」



「しかしカズオ、愛美さんのそのレポートってそんなに好評なのか?」



「結構ねっ。中身がそこそこ当たってるらしいんだよ。ABO型の血液型と人の性質や気質の関連性は科学的には否定されてるけどね」

一男が言った。



「俺は、世の中の科学万能主義に疑問がある方だからなっ。科学的に解明されてることって、地球レベルで言えばほんの数%なんじゃないのかねぇ~。愛美さん、そう思わないかい?」



「わたしはその意見に賛成派の立場だわ。どちらかと言うと、神秘主義者だし占い大好きだし・・・」



「なあカズオ、お前が持ってる愛美さんのそのレポート、俺にも見せてくれよ。今、データあるんだろ。奥の事務所でプリントアウトしてきてくれよ」シェフの山下は事務所の方を軽く指さしながら一男に言った。



「ああ、いいぜ。でもトオル、愛美から拝読料を請求されるかも知れないぜ」



「トオルくん、これが愛美先生が整理した噂の超人気レポート。どうぞ!」

一男はそう言うと、コピー用紙をシェフの山下に手渡した。





《外向と内向》

外向的性格とか内向的性格とか、よく使われます。明るい人や社交的な人には「外向的」、少し内気な人や暗い感じの人には「内向的」といった具合に。多分、内向とか外向とかを性格心理学に持ち込んだのは『タイプ論』が初めてだと思います。しかし、ユングが言う内向・外向というのは世間で流布しているイメージと少し違います。



《内向》

関心が内に向かい主観的

孤独で外部の世界から身を守る

自分の考えを表現するのが下手

自信が弱い

他人に無干渉

他人がいると仕事ができない

仕事を引き受ける前に責任を感じる

存在感が強い

意外に頑固



《外向》

関心が外に向かい客観的

社交的で自分の殻に閉じこもらない

自己表現が得意

自信が強い

他人に自分と同じ行動を要求しがち

他人といたほうが仕事ができる

責任を第二にしてもチャンスは逃さない

意外に存在感が薄い

周りに流されやすい



これを見ると一般的な内向的と外向的と変わらないように見えますが、決定的な差はリビドー(ユングの場合、人間の活動の原動力。精神的エネルギー。)が自分に向かうか、対象に向かうかで分けています。



明るいとか内気だとか社交的とかはあくまで表面的な結果的な特徴でしかないんです。単に内気に見える人でも、いつも他人の顔色や反応をうかがっていて、周りの人の評判とかを気にしているような人はむしろ外向的なんです。



なぜかというと、リビドーは他人のほうに向かっているから。内向的な人は「内気」がむしろ自然な状態の上、他の人のことはあんまり気にはしていないで、自分の内面のほうに関心が行ってしまうから「内気」な雰囲気になってしまうだけのことなのです。



逆に社交的でよくしゃべる人でもよく観察して見るとあまり人の話を聞いていなかったり、「笑顔のポーカーフェイス」な人がいたりしますが、そんな人は内向的だと思って良いでしょう。ひたすら自分からしゃべったり、笑顔を作ることで逆に他人を自分の内面に寄せ付けないようにしているんですね。



《補償》

次の性格概念に進む前にもうひとつ押さえてほしいことがあります。それは「補償」という働きです。実は、どんな人でも内向と外向の両方を持っているんです。



普段は内向的性格の人は外向的側面が、外向的な人は内向的側面が押さえつけられています。が、何かの拍子で押さえがなくなったりすると、ヘンな形で(しかも突然)表れたりするんです。そうすることで心のバランスを保とうとする作用が「補償」です。



普段は静かな人が酔っ払うと大暴れしたり、いつも明るい人が失恋のショックで何日も引きこもったりとか、という人を見たことがありませんか。



実はこれが補償なんです。補償によって表れるのは普段抑圧している苦手な側面ですから、コントロールできず、本当に外向的あるいは内向的な人に比べると極端で強烈な表れ方をします。





《人間の四つの機能》



ユングは内向・外向からさらに進んで、人間だれしも持っている機能に注目しました。その人間の機能とは「思考」「感情」「感覚」「直観」の四つです。まず、四つの機能それぞれについて説明しましょう。



「思考」は一般的なイメージのとおりだと思ってよいでしょう。物事や自分の考えなどを筋道を立てて考える機能です。



「感情」は感情表現が豊かで、かつ感情のコントロールに関係します。つまり、どうした局面ではどんな感情を使うか……とか。物事の判断の傾向としては好き・嫌いが判断のポイントとなります。



「感覚」は五感を使い、快や不快などを重要な決定要素としています。



「直観」はいわゆる「カン」なのですが、ユングに言わせると、直観とは無意識下での総合的な判断のことで、無意識の領域から突然現れるように見えることから「閃き」のように見えるのだとか。



これらの四つの機能にはそれぞれ対立関係があります。



思考←→感情、感覚←→直観……という対立関係です。ま、平たく言えば、論理的に考えるときには感情的な要素は入り込めないし、感情は論理的に捉えがたい。また、感覚的に細部にこだわろうとすれば(感覚)、総合的な判断(直観)はある程度犠牲にしなければならないし、その逆もまた然り……とでも、理解していただけたらと思います。



さらにユングはこれらの四つの機能が内向的・外向的に表れることで「性格のタイプ分け」を行いました。その中で、特に自分が最も得意とするものを主機能、最も苦手とするものを劣等機能と呼んでいます。



●外向的思考タイプ(AB型に多い)

このタイプの人は頭が良いです。現実社会で勝ち抜ける人ナンバーワンといったところ。いろいろな知識とか情報とかを上手に整理して計画的に活用できる人です。



テストなんかもゲーム感覚でやって、またそれが上手くいく。行動力や実務能力もありますからグイグイ人を引っ張っていきます。実際、政治家をはじめとして官僚や役人、医者や弁護士などの社会的エリートに多いといわれています。



しかし、このタイプの人は内向的感情が劣等機能にあたるため、内面的な心情や理念・信条といったものがとっても弱い! 映画を見たり音楽を聴いたりしても評論家みたいなことは言うのですが、自分の言葉で感想が言えない。というのも、このタイプにとっては「自分がどう思うのか」とかよりも、外界の現象こそが重要で、それについて如何に「合理的に」対処するかを重視するリアリストであるためです。



こうしたことから、外見的には人間くささがなく、冷徹な雰囲気を漂わせることもあります。



ただ、劣等機能の力で逆に、極端な理想主義に走ることもありますが、その場合は独善的で不寛容な言動を取ることも多いです。



また、このタイプの人はマザコンになりやすいことでも知られています。というのも、内向的感情は誠実な愛情を喚起させるのですが、気をつけないとそれが母親へと向かってしまうから※。ただ、それさえ気をつければ、案外、家族や身内とかには優しい人になれる……かもしれません。口に出したりしないからわかりにくいですが。



●内向的思考タイプ(AB型に多い)

このタイプは独特の考え方を持っています。あまり現実的なことには関心が行かず、あくまで自分独自の理論や方法、思想を打ちたてようとします。現実の動きに左右されることなく、抽象的な問題を解明しようとします。



また、自分の信念に関しては絶対的といって良いほどの確信を持っています。一般的なイメージとしては哲学者や数学者をはじめとした研究者とかかな。実際、キルケゴールやカント、ニーチェなんかはこのタイプだったのでは、といわれています。



このタイプの人は頑固で人付き合いもあまり良くないので誤解されがちですが、基本的に誠実で穏やかな人なので信用できる人です。ただし、考え方が抽象的すぎたり、浮世離れした思索にとらわれたり、どうどう巡り的な思考に陥ったりすることも珍しくないので、このタイプに分類された方は少しは現実にも目を向けてくださいまし。 



このタイプの劣等機能は外向的感情になります。知らない人とかには、はっきり言って愛想が悪いのですが、親しい友人とか恋人、あるいは評価してくれた人には非常に親切になります。



が、その愛情がトンチンカンでしつこくて、的外れなことが多い。このタイプの人の優しさは「雌ライオンが人間の子どもにじゃれ付くようなもの」と形容されてもいるのですが、つまり相手の迷惑お構いなしに親愛の情をぶつけたりするんです(それを下手に指摘すると逆ギレする恐れがあるのでご注意ください)。



また、普段静かなのに批判さるとムキになったり、酔っ払うと恥ずかしいことを連発するのもこのタイプに多いようです。



●外向的感情タイプ(O型に多い)

このタイプの人は他人の感情を読み取り、自分の感情をコントロールするのがすごく上手です。楽しいことがあれば一緒に笑ってくれるし、悲しいときには愚痴をよく聞いてくれるし、しまいには思わずもらい泣きしたり。だから、組織とかの潤滑油役やコンパとかの盛り上げ役にピッタリだったりします。他人に対してもごく自然に優しく接するし、初対面の人との会話にも自然に溶け込んでいったりするから人気もあります。



でも、このタイプの人、TPOに応じた自分の感情コントロールが上手すぎて、えてして八方美人とか裏表の激しい人とかという陰口をたたかれたりもします(ついでに言うと、身内には意外にクールだったりする)。



それに何か他人に合わせないと不安になるということから何でもかんでも他の人に合わせようとする傾向も見られます。というのも、自分の内面を考えるための機能である内向的思考が劣等機能だからです。



ふっと、一人になって自分を振り返ると「お前(自分)は駄目なヤツだ」とかという自虐的な思考に囚われてしまう。これから逃げようとして友達に合わせて、遊びに行っているうちはまだいいのですが、それが嵩じてくると一種の被害妄想に進み、攻撃の矛先が自分から他者へ進むこともあります。



また、劣等機能の反動で哲学とかに手を出すことも多いのですが、さっぱりわからずにすぐに飽きたり、付け焼刃の知識で馬鹿にされたり、ある思想や宗教を狂信的に信じ込んだりすることもあります。



何だか悪口ばかり書いたような気がしますが、補助機能を生かし、劣等機能をある程度コントロールすればリーダーとしてピッタリかもしれません。外向的感情タイプの人には親分肌・姉御肌の人も多いという話も聞いたことがあります。



●内向的感情タイプ(O型に多い)

このタイプを一言で言い表せばツンデレです。感情タイプなので豊かで激しい感情を持つと同時にそのコントロールに長けているのですが、それがなかなか表面に出ない。クールを通り越して、感情そのものがないんじゃないかとさえ思ってしまう。でも、心の内側にはパトスが激しく燃え盛っています。



そのため、この機能が強い人は神秘的なイメージやモラリスト的・宗教家的印象を与えるのですが、ある程度の社会性を身に付けていると、穏やかで優しい雰囲気を醸し出します。



そして、その情熱と愛は広く人類的なものに向けられることが多く、看護師や社会福祉活動、ボランティア活動などに向いているのがこのタイプだと言われています。もっとも、人や物に対する好き嫌いが激しいので、嫌いな人に対しては本当にけんもほろろですが。イメージとしては常に穏やかで少しのことでは動じない人やクールなんだけど、さりげなく優しい人、またはふとしたきっかけで情熱の輝きを見せる人……といったところでしょうか。



ただ、このタイプの人を個人的に好きになる(つまり恋愛感情を抱く)と一寸大変です。というのも、近寄ろうとすればするほど冷たく撥ね退けられる(ように感じられる)。



逆にこの人が人を好きになっても親しくなろうとすればするほどひどい態度をとったりする。要するに好きなんだけど心と態度が一致しないのです。



外向的思考の活動性まで表れるとどんな卑劣な手を使っても「敵」を葬り去ろうとしたり、包丁もって「あんたを殺して私も死ぬ~~!!」と追い掛け回してみたり(この例え、ちと古いか。このタイプの方、くれぐれも噂話には気をつけましょう。



●外向的感覚タイプ(A型に多い)

大雑把に言うと、このタイプにとっては今の現実こそが全て、です。合理性は無味乾燥のようだし、直観は論理の飛躍にしか見えない。



五感を使うことに長けていて、そこからいろいろなものを導き出すことを得意とします。色や音などの微妙な違いを見分けたり、一度会っただけの人の特徴もすぐに覚えたりすることも可能です。そして、その感覚を活用して、日々の生活を十分に楽しむこともできます。



従って、ソムリエにデザイナー、芸術家(特にミュージシャンとか)、技術者に職人などといった職業は天職のようなものですが、実は地味な仕事も確実にこなします。



このタイプが気をつけなければならないことは二つ。一つはあまりに外界にとらわれると外向的感覚の人が持っていた独自のモラルとかも消え去り、下品な享楽家や漁色家になる危険性をはらんでいます。



最悪の場合、ドラッグやアルコールなどへの依存症になることもあるといわれています。もう一つは劣等機能である内向的直観との関係です。このタイプの無意識に潜む内向的直観は原始的で不気味な状態のままです。



これをあまり抑圧して暴発させると非現実的なものが急に現実的に見えてしまう。と言っても、分かりづらいと思いますので、具体的な表れの例を挙げると、UFOやオカルト、果てはカルト宗教といった極端に現実離れした世界に旅立って帰ってこなくなるといった人、いません? 



そうした人は抑圧していた内向的直観が爆発したのかも。



もともと、こうした非現実的なものは感覚タイプの人には理解し難い――なぜなら、感覚的世界を超越した世界は、五感によって物事を感じ取るこのタイプにとっては全く不可解な領域でしかない――のですが、あまり外界にとらわれると無意識下の内向的直観がバランスをとるために強烈な力で、非現実的な世界へと引き込もうとするからです。そこまで極端でなくても、なにかのおまじないとかに固執するようになったら危険信号です。



●内向的感覚タイプ(A型に多い)



このタイプも感覚を使うことには長けています。ただ、このタイプの人が見たり感じたりするものは普通の人とは少し違うものだったりします。ユング研究者の間とかでよく例示されるのが、雲が大きな怪物のように見えたり、コップの水から大きな海をイメージしたり、静かな森に行くとから妖精がどこからともなく現れた……とかとか。



一言で言うと、非常にイメージ豊かで空想好きな人です。一目見たものや一寸聞いただけものものからいろいろなイメージを膨らますことのできる、豊かな精神性と芸術性を持った人が多いようです。



そうした訳で芸術家(特に印象派の画家やファンタジー作家)や文字通り晴耕雨読の悠々自適な生活を好む人によく見られますが、私が思うに、結構ごく身近にいるタイプでもあります。



というのも、内向的感覚タイプは自分の中の何気ない日常生活に満足する側面があるので、平穏無事な生活を送れれば、特に冒険的なことをしようともしないので、「大変なときもあるけど、仕事のあと、一杯飲んで、家で寝るまでの間は音楽とかを聴いてゆったりしていれば満足」という人は案外、このタイプだったりするためです。



このタイプの人は一見すると人畜無害でお人好しのように見えることから、いやな仕事を押し付けられたり、野心家の犠牲にさせられることもあります。こうなると、劣等機能の外向的直観が悪さを始める可能性が出てきます。



具体的には、「世の中は汚い。醜い」とか「将来のことは考えたくない」と思うようになり、刹那的な生き方になったり、自分の世界に引きこもって、現実(特に現実的な将来)を直視することを拒否しようとします。



●外向的直観タイプ(B型に多い)

このタイプの人をイメージ的に言えば、「チャレンジャー」です。

このタイプの人にとっては平凡な日常生活は退屈を通り越して苦痛でしかなく、常に新しい可能性を求めて、動き回ることに生きがいを感じる。こう言って良いでしょう。



なにしろカンがよく働くものだから常に新しいアイデアや発想が浮かび、その将来性を探り、周囲にもそれを喧伝してまわります。

このため、ジャーナリストや投機家、実業家や政治家(最近はどうなのかな(笑))などに多いタイプだといわれています。もちろん、ギャンブラーは言うまでもありません。



このタイプの劣等機能は内向的感覚です。前述しましたが、内向的感覚は日常的な生活などから豊かなイメージを膨らますことができるため、平凡な毎日にも満足できるのですが、これが外向的直観タイプには最も苦手で、身体的な幸福なんてさっぱりわからない。



はっきり言えば、食べ物や飲み物は口に入れば何でもいいし、風呂に何日も入らなくても気にならないし、着るもののセンスもなし(ま、服のセンスは直観でもカバーできるけど)。



極端になると自分が疲れているとか体調不良だとかいう自覚すら失い、過労で倒れたり、逆に無意識の内向的感覚が強く働きだして、細かいことが気になって気になって仕方がなくなる。そのため、古典的な解釈では強迫観念や諸々の恐怖症、その他の心気症(心因による体の異常)の原因といわれています。



また、常に新しいものを求めるあまり、アイデアを出すだけ出したら、後は知らん顔(案の実行は完全に他人任せ)とか、非現実的で空想的な提案を出して顰蹙を買ったりすることもあるようです。新しいものや理想を求めるのもいいですが、たまにはゆっくり周囲を見回してみるのも良いものですよ。



●内向的直観タイプ(B型に多い)

このタイプの人もカンが良いのですが、そのカンは外側に向かうのではなく、自分の内側向かうため直観タイプの非現実的な側面が強く現れています。と、いうのも、前にユングの言う「直観」は無意識による総合判断だと言いましたが、内向的直観はその中でも特に「集合無意識※」と呼ばれる領域と強く結びついていると言われていることによります。



要するに、このタイプの人は、普通の人なら心の奥底に眠っているままのイメージがこんこんと湧き出だしているタイプ……といったところです。



そして、このタイプの人がその内的イメージへの直観を発達させるとシャーマン的素質を開花させたり、新しい文化や芸術、思想の先駆者となることもあります。そのため、宗教家や占い師、あとは芸術家(特に詩人に多い)に多いタイプです。



ただ、あまりにも前衛的、あるいはイメージ的でありすぎるため、なかなか世間的には理解されず、よき理解者や宣伝者にめぐり合えないと、または他の心的機能を補助機能として活用できないと単なる奇人変人としか見られなかったりします。そう、生前、ほとんど評価されなかったニーチェみたいに。



だから、埋もれた天才とか、ブラブラしている大人物とか、仙人みたいな人とか、ナントカと天才は紙一重みたいな人とか、一寸……いや、かなり現実から乖離した人もこのタイプには少なくありません。あるいは、天然ボケなんだけど、時々物事の本質について鋭く言い当てる人、といったトコでしょうか(なんだか漫画のキャラに一人はいそうだなぁ)。



このタイプの劣等機能は外向的感覚です。内向・外向を問わず、感覚的なものが苦手なのが直観タイプなのですが、外向的直観が「どう感じるか」が苦手なのに対して、こちらはむしろ感覚を「どう使うか」が苦手です。



具体例としては、いつも見たり聞いたりするものなのにその存在や特徴などに最後まで気付かない……「天然」と呼ばれる人に多いというのもその所以です。また、感覚のズレは時として現実と非現実を曖昧にしてしまうため、なんでもない現象を幽霊やUFOだと思い込んでしまうことも多々あるとか。お化けを見たという人は大抵、このタイプなんだそうです。



シェフの山下は、レポートを部分的に軽く斜め読みをした。10分くらいで読み終え、そして、納得した表情で言った。



「これって、結構、当たってるんじゃないの、科学的かどうかは別問題として・・・」



「そうなんだよ。だいたいそんな反応が返ってくるんだよな」

一男が言った。



「文章の中身はユングのタイプ論だからねっ。そこに血液型をくっつけただけだから」

わたしは答えた。



「さて、愛美そろそろ帰るか」

一男が言った。



「そうね、もうすぐ10時になるし、潮時かな」



「今年の記念日もうちの店に来てくれたことに感謝するよ。ところでお前ら、来年は銀婚だろ。ここで25周年パーティーをパーッとやろうぜ、なあカズオ」



「山下家と野呂家のファミリー全員集合で、完全貸切でなっ」

一男が即答した。



「週末じゃなきゃOK!だぜ」

シェフの山下が笑いながら言った。



こうして今年も結婚記念日の恒例行事が無事に終了した。ワインを軽くしか飲んでいなかったがいつも一男が利用する運転代行を呼んだ。飲酒運転の撲滅は社会生活を営む大人として当然だし、社会の最低限のルールは守るべきだと思っている。



一男とわたしは運転代行の後部座席に座っていた。さっきの渋滞が嘘のように車はスムーズに流れていた。ルームミラーを見ながら運転手が一男に話しかけてきた。



「野呂さん、奥さんと一緒ってめずらしいですね」

運転手が言った。



「たまには女房孝行しないとね」



「ちょくちょくでもいいんだけど・・・」

わたしは笑いながら言った。



「《幸せは忘れた頃にやってくる》ってかっ」



「たまにだから、いいのかもねっ」



一瞬の間があった。そして、一男がぼそっと言葉を飲み込むように言った。



「毎年、スタートラインに戻ってる・・・」



「そう、年に1度、必ず、夫婦の原点に戻ってるわ」



「夫婦やってる間、お互い元気なうちは原点回帰を続けようか・・・」



「そうね、AMALFIでの1週間が二人の原点だものね」



「俺のわがままにお前が付き合ってくれた・・・」



「どうせだったら、あなたが棺桶に入るまで、お付き合いしましょうかね」



「俺の方が先だろうから、そうしてくれればありがたい・・・」



夜の静寂(しじま)の中を、二人を乗せた車は自宅へと向かった。その後方には赤いPolo GTIとシルバーのJAGUAR XJが連なって走っていた。





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極意!最強オバチャンが語るリーダーの心得 第2話



《サブキャラクター/第2話》

登場人物:吉田譲二(ヨシダジョウジ)、平成2年4月15日生まれ、熊本県熊本市出身、血液型B型、独身、愛煙家、趣味はパチンコと音楽、音楽関係の専門学校に通う専学校生、Palor Dream総武店のホールのアルバイトスタッフ



登場人物:高田康平(タカダ・コウヘイ)、バーボンbar「K’s」のマスター

       玉置夏奈(タマキ・ナナ)バーボンbar「K’s」のスタッフ



登場人物:吉永 行俊(ヨシナガ・ユキトシ)元アルバイトリーダー、現在、正社員

       戸田 光一(トダ・コウイチ)アルバイトのホールスタッフ、歴3年

       山根 順次(ヤマネ・ジュンジ)アルバイトのホールスタッフ、歴3年



◆譲二は最強オバチャンに相談した



わたしが勤めるPalor Dream総武店の「新台入替」は今日が初日。いつもの忙しさに輪をかけて、常連さんにくわえ見慣れない顔の若いお客さん達で店内は賑わっていた。



超人気機種の新バージョンが二機種、地域で一番早く導入されることがその理由なのだろう。朝一から多くのお客さんが「朝の特別入場口」の前に長蛇の列を作っていた。



そして開店時間とともに、そのお客さん達が堰を切って店内になだれ込んできた。まずは新台コーナーから埋まり、次に海コーナー、そして京楽のパチンコ台が並ぶ京楽コーナーや甘デジの遊遊コーナーの椅子がどんどんお客さんで埋まっていった。



わたしは今日もいつも通り、いやそれ以上に一日中忙しく動きまわることになるのだろうと思っていた。そして、その予感は的中した。



わたしはホール事務所の横にある食堂で遅めの昼食をとっていた。食堂の時計の針はもうすぐ昼の2時を指そうとしていた。



「吉田、入ります」



食堂の入り口で大きな声をだし、30度のお辞儀をしてホールのアルバイトスタッフの吉田譲二がコンビニ弁当を持って入ってきた。開店から動きっぱなしだったのだろう、その顔は、多少、疲れているように見えた。



「お疲れさまです、オバチャン」



食事をしているわたしの近くまで寄ってきて譲二が言った。



「お疲れさま、ジョージくん」

食事の手を止めて笑顔で返した。



譲二はPalor Dream総武店のホールのアルバイトスタッフとしてはベテランの一人だった。少々思い込みの激しいところは欠点だが、前向きで積極的な責任感の強いタイプの子だった。



「今日の二機種はお客さんを呼べる台って聞いてたんスけど、やっぱ凄いっスね」



「本当ね、想像以上だね。パチンコファンの一人として、わたしだって、今日の二機種は一度は打ちたい台だものね」



「だから、新台狙いの一見(いちげん)さんが、結構、いたっス」



わたしは開店前に外の駐輪場の清掃をやっていたので、朝一で並んでいたお客さん達の顔ぶれを見ていた。



「確かに、いつもの朝一の常連さん達に混ざって普段余り見慣れない人がいたね」



「そおっスね~、若いヤツ、学生風のお客さん多かったっス」

「ジョージくんぐらいの子たち、結構、いたもんね」



「大学生や専門学校生、それとフリーターってなとこっスね」



譲二はミュージシャン志望の専門学校生だった。彼が通う専門学校は医療系、美容系、秘書・経理の事務系などとは違う一風変わった専門学校なのだ。



ミュージシャン、作詞家、作曲家、編曲家、声優、俳優、放送関係の技術者、イベント関係の技術者など音楽業界やエンターテインメント業界のプロ志望の若者が通う専門学校だった。



彼には八歳年上の兄がいてその影響で幼い頃から洋楽に親しんでいたと以前聞いたことがあった。ギターはその兄から教わり、アコースティックからエレキまで一通りやったようだ。



私立高校の芸能コースに進学し、高校二年生の頃からバンドを組んで音楽活動をやっていた。作詞・作曲をこなしヴォーカルもやっていたと聞いている。楽器はギーターを中心に鍵盤楽器まで幅広く器用にこなしているようだった。



譲二は元オフコースのリーダーでヴォーカルの小田和正とスターダストレビューの根本要に憧れている。



そして、それは譲二がよく行くバーボンbar K’s のマスター高田康平の影響が大きいようだ。康平は四十代半ば、長身で、俳優の阿部寛によく似た、いわゆるファッションモデル系のイイ男。そしてバーボンbar K’s は、わたしの行きつけの店でもある。



ただ、お店に行く時間帯が違うこともあり、二人がお店で顔を合わす機会は少なかったが、お互いK’sの常連を自称している。



自分からは口にしないが、マスターの康平は若い頃、東京でプロのスタジオミュージシャンをやっていた。アレンジャー(編曲家)として、音楽業界ではそこそこ名前が通っていたようだ。そして、数こそ少ないが、アレンジャーとしては今でも現役で活動していると聞いている。



時代とともに流行りの楽曲、売れる楽曲は変わってゆく。しかし、アレンジは音に対する特殊な感性とある種の職人技が要求されるらしく、その才能とテクニックさえあれば時代の変化についてゆけるというのが康平の持論だ。



新たな才能が新たな楽曲を世に生み出し続ける。オリジナルの歌詞とメロディーは世相を映しながら、次々と発表される。そして、康平の言葉を借りれば、新たに世にでるサウンドにスパイスを加え、楽曲のオリジナリティーを損なわず、聴く側を心地よく“創作の世界”に入り込ませるにはアレンジャーの存在が欠かせないのだそうだ。



わたしは、このことは音楽産業だけでなく、あらゆる産業で言えると思っている。モノづくりにしてもサービスの提供にしても、多くの体験を経て磨かれた感性と永年の経験に裏づけされた熟練の技は宝だと考えている。



表に出ない、スポットライトが当たることの少ない日陰の技能が、なくてはならない貴重な技能だったりすることも多い。



世の中の全てのモノには表があり裏がある。陰があり陽がある。そして、“縁の下があるから縁の上がある”、これは私の持論だ。



康平の言葉をかりれば、夢を追い続け、時に、時代の女神にKissされて一瞬の脚光を浴びそして消えてゆく“一発屋”もいい。



しかし自分は、地味だけどずっと好きな音楽を続けられる裏方に徹する生き方を選んだのだそうだ。そんな康平はK’sのマスターであり、譲二が通う専門学校の編曲家コースの特任講師でもあった。



どんな職業に就きどんな生き方をするかは自由だし、その選択権は自分にある。



「《われわれは後ろ向きに未来へ入ってゆく》。あたかも行く手に背を向けてボートを漕ぐように。人が見ることのできる景色は過去と現在だけである。・・・云々・・・」



読売新聞の編集手帳で詩人バレリーの言葉として紹介されていた。



人は見えない未来に不安を抱きながら、一瞬一瞬、数限りない選択を繰り返し今を生きているのだと、わたしは思っている。そして、その結果は自己責任の名のもとで全て受け入れるしかないと、自分に言い聞かせている。



「オバチャン、K’sに、今度いつ頃行くっスか?」

譲二がわたしに聞いてきた。



「最近ちょっとご無沙汰なんで、たまにはマスターの顔を見に行こうかって思ってるとこだけど・・・」



「おっ!、そうスか」さっき買ってきたコンビニ弁当を食べながら譲二が言った。



「おれ、オバチャンに聞いてもらいたい話があって・・・」



譲二は微笑みながら話しを続けた。



「この前、カウンターの田中さんに悩みごとを相談したら、その手の話はオバチャンに聞いて貰うのが一番だって言われたんスよ」



「あっそう、由美ちゃんがそう言ってたの・・・」



「なんか、田中さんはオバチャンを母親みたいに思ってるっスね」



「まあね、本当は歳の離れたお姉さんぐらいがいいんだけど・・・」



わたしは二児を出産した四十代後半にしては体型にちょっと自信があった。もともと遺伝的に太らない体質なのだろうが、ママさんバレーをはじめ、結構、身体を動かしていたので若いころの体型をキープしていた。



かっこ良すぎるが、芸能人に例えれば、フジテレビ系の人気刑事ドラマBOSSで特別犯罪対策室を率いる大澤絵里子を演じている天海祐希を想像してもらえばいい。



ついでに言えば、気質や仕草もドラマの中の大澤絵里子にそこそこ似ているように思う。但しそれはあくまで気質や仕草、そして体型までの話。宝塚歌劇団の舞台に立っても耐えられるほどの“顔のつくり”まではない。



「いやーっ、それは無理あるっスよ」



「あら、そうかな?」



「オバチャン、見た目若いけど、やっぱ程度ってモンがあるっスよ」譲二は真面目な顔をして言った。そして、言葉を続けた。



「歳はうちのおふくろとあんまり変わんないスからね~っ。でも、私服の時の雰囲気はテレビコマーシャルに出ている天海祐希のイメージあるっスよ」



「そうでしょ」



「愛車は赤のフォルクスワーゲンPolo GTI」



「えっ本当に、お洒落っスね。2010年モデルの三代目のGTIっスか」



「ほーっ、ジョージくん、車のこと詳しそうね」



「俺、車、好きっスから。それも、特に、ワーゲンファンなんで」



譲二は、一瞬、ニヤッとした。わたしの目をしっかりと見て、“立板に水”という表現がピッタリの講釈を得意げな顔で披露し始めた。



「三代目GTIだったら・・・、スーパーチャージャーとターボチャージャーの2種類の過給機を搭載したツインチャージャー仕様の1.4L TSIエンジン。従来の1.8Lターボエンジンと比べて排気量を落としたにもかかわらず、29PSアップの179PSの最高出力を実現。そして、停車からわずか約6.9秒(ドイツ測定値)で100km/hに到達する優れた加速性能があり、最高速度は225km/hにまで達する・・・ってやつっしょ」



「ほーっ、やるね~っジョージくん。たいした記憶力だね~っ」



「まっ、こんなもんスよ。ところでオバチャン、来週の水曜日にK’sってのは駄目っスか、時間は八時頃ってことで・・・」



「大丈夫だよ。いいよ」



「ありがと~っス。助かります」



「田中さん怖いっスから。アドバイスされたからには言われたことをちゃんと守っとかないと、後でなに言われっか分かんないっスから」



譲二の口ぶりはあながちその話が冗談とも取れない雰囲気を醸し出していた。由美子はお店のアルバイトスタッフから“お局さま”と呼ばれていた。



しかし、親しみを込めどちらかと言えば、面倒見のイイ“姐さん”というニュアンスでそう呼ばれているようにわたしは理解していた。



◆譲二はサーバントリーダーシップを知った



約束の水曜日、夜八時過ぎ譲二とわたしはK’sに居た。



わりと早い時間ということもありお客さんはまばらだ。K’sの営業時間は夜七時から深夜一時までだが、どちらかと言えば、十時過ぎから三時間がピークというお店だ。バーボンbarの名前の通りバーボンがメインだったが、それ以外のお酒がないわけではなかった。



康平の口ぐせは「ヨーロッパよりもアメリカ。スコッチよりもバーボン」だった。わたしはスコッチでもモルトウイスキーは嫌いではなかった。モルトウイスキーはラウドスピリッツ(主張する酒)と評されるが、その中でもピュアモルトが好きで時々飲んでいた。



マスターの康平のアメリカとバーボンに対するこだわりは強かった。それは内装やインテリアからも容易に想像がついた。



バーボンbar K’s は名前のイメージから路地裏か地下にあるバーボンつうが通う隠れ家のようなスタンドbarを想像させるが、大通りに面した商業ビルの1階にあるオープンなガラス張りのお店だ。



どちらかと言うと、老若男女を問わず、一人でも気軽に入れるアメリカンダイニングバー風のお店だ。道路に面した入口の扉側にテーブル席があり、反対の壁側に七人が並んで座れるカウンター席がある。



アーリーアメリカンを感じさせるインテリアと間接照明の柔らかな光が、ナチュラルで牧歌的な空間をつくり出している。K’sはマスターの康平の他には玉置夏奈と二~三人のアルバイトスタッフがいて、平日と週末でシフトを組んで店を回していた。



わたしと譲二はカウンター席の一番端、キッチンから最も離れた席に並んで座っていた。わたしはメイカーズマークのロックを、譲二はショットグラスでワイルドターキー8年ものをストレートで飲んでいた。二人の前にはナッツの盛り合わせとコーンサラダ、そして米国ホーメル食品のランチョンミートSPAMと野菜の炒め物とタコのカルパッチョが並んでいた。



「オバチャン、今日の相談って、俺がアルバイトリーダーになるって話なんスよ」



「ジョージくんが、次のアルバイトリーダーになるの?」



「ええ、でも三月に専門学校を卒業してからの話なんスけどね」



「でも、そんな先の話でもないよね」

わたしは言った。



「俺、アルバイトの中では古い方から三番目なんだけど、次長がやれって言うんスよね~っ。オバチャンも知ってるように、吉永リーダーが正社員に上がったじゃないスか。その後釜で・・・」



譲二は余り浮かない表情で、多少、口ごもりながら話を続けた。



「てっきり古株の戸田さんか山根さんのどっちかがなるって思ってたんスけど、店長が俺を本社に推薦したらしくて・・・。この前、次長から電話あって、あさって本社で一次面接なんスよ」



わたしはこの人事に何の疑問も持たなかった。譲二の日頃の働きぶりを見ていれば、戸田くんや山根くんとのキャリアの差は全く問題ではなかった。確かに、二人の接客スキル、遊技機や設備機器の知識と比べれば、譲二は、多少、見劣りするところがあるのは否めない。



しかし、それをカバーして余りある積極性とちょっと強引さはあるがとにかく前に前に進むバイタリティーがある。店長が譲二を押した理由は、おそらく彼の人間性に対する信頼と信用。そして、仕事に取り組む姿勢だろうことはわたしにも容易に想像できた。



「良かったじゃない、リーダー手当はつくし、時給も上がるし。ジョージくん、学校に通いながら頑張ったご褒美みたいなもんよ」



「そう言って貰えるのは、嬉しいんスけど・・・でも・・・」



譲二はそう言いながら、SPAMと野菜の炒め物に箸を延ばした。



「・・・でも・・・、その続きは?」

わたしは譲二の方に身体と顔をゆっくりと向け直しながら言った。



「リーダーやる自信ないっスよ、俺・・・」

譲二がぼそっと言った。そして、話しを続けた。



「専門学校の仲間とバンド組んでてバンマスっつうか、バンドリーダーやってんスけど、最近どうも上手くいかなくて、音づくりも人間関係もなんかガタガタなんスよ」



「ジョージくんのバンドのメンバーって何人いるの?」



「ヴォーカルの結奈を入れて七人っス」



「七人か・・・」



譲二はショットグラスに残ったワイルドターキーを一口でぐっと飲み干し、そして、チェイサーで軽く口直しをした。



「俺には、人を束ねて引っ張っていくリーダーの力量がないんじゃないかって、最近、思うんス。オバチャンだって、俺にカリスマ性とか全然感じないっしょ。やっぱ、リーダーって器じゃねぇし、最近はリーダーシップの出し方もわかんねぇし・・・。なんか俺、悩みっぱなしっスよ」



わずかな沈黙があった。そして、譲二はタバコに火をつけた。タバコの煙をくゆらせながらふ~っとため息のような深い息をはいた。



「でも、昔の俺は、結構いけてたんスけどね。高校の時のバンドじゃ、俺、頭とってて、そこそこ上手くいってたっスけどね・・・」

譲二はゆっくりと話を続けた。



「あの時は、兄貴が教えてくれたんで、ギターテクニックは超高校級って言われてたし、作詞作曲も全部俺がやってたんス。メインヴォーカルも自分だったからメンバーは俺の言うことを何でも聞いたんス。だから、俺を中心にバンドはよくまとまってたし、俺の一言で何でもすぐに決まってたんス。かっこ良すぎるけど、俺の声は神の声だったし、カリスマ的なリーダーだったと思うんス。だから、バンドも上手くいってて地元のライブハウスじゃイケてるバンドで超有名だったんスよ。女子にも、むっちゃモテてたし・・・」



ジョージの姿は、表現は古いが、過去の栄光を語る往年の名選手のようにわたしの目には映った。



「その話、前に一度、ジョージくんから聞いたことあったよね。その時の写真も見せてくれたし」



「あっそうか。オバチャンには話したことあったっスね、“モテ期”のこと」



「あの写真、かっこ良かったね。ちょっと褒めすぎだけど、若いころの福山雅治って感じかなっ」



「それは言い過ぎっスけどね・・・」



譲二はわたしのその言葉に、ほんの一瞬、まんざらでもないという表情をみせた。しかし、その表情に明るさは余り見られなかった。



わたしは、とにかく譲二の話を聞こうと思った。彼が何を相談したいのか、彼が何を聞いて欲しいのか、彼が何で悩んでいるのか、彼の悩みの根本は何なのか、それを探り出したかった。



その時、マスターの康平がキッチンから出て、わたし達の前へやってきた。



「あれっ、ジョージ、お酒ないじゃないか」



「あ~っ、もう一杯ください」



「ターキーの8年ものでいいのか。強めがよかったら54度のレアブリードも入ったよ」



「レアは高いっしょ」



「お前だったら、8年ものと同じでいいさ」



「そう、スか。ありがとうございます。じゃ、お言葉に甘えてレア貰います」



わたしは以前このレアブリードに関して、康平からこだわり話を聞かされたことがあった。



レアブリードは6、8、12年熟成の原酒をブレンドした、一切の加水を行わない樽出し原酒。アルコール度数は約54度で、蒸留所はこだわりである低い度数での蒸留、樽詰めをしている。1回で生産できる量に限りがあり、ボトル一本一本には樽のナンバーであるバッチナンバーが記載されている高級品だそうだ。



「ジョージお前、ここんとこ、なんか元気ないよな」

康平が言った。



「ええ、ちょっと・・・」



「愛美さんが一緒ってことは、バイトでのお悩みごとか?」



「ええ、そぉ~スね。本当は、会社からいい話もらってるンすけど・・・。まっ、それよっかバンドっスね、もともとの俺の悩みの種は」



「バンドか・・・」



「俺、バンドリーダー辞めようかって思ってるんス。バンドを解散するかどうかは別ですけど・・・」



「そうか、若きリーダーの苦悩ってやつか」



「そお~っスよ、これで結構、悩み多き若者なんスよ」



「まあ、若い時はいろんな壁にぶつかって悩めばいいさ。苦労してナンボよ。若いうちに頭つかわないと本物のバカになるからな」



康平が大声で笑いながら言った。そして、わたしの方にチラッと視線を向けた。



「まっ、せっかくだから、愛美さんにしっかりと話を聞いて貰って、いいアドバイスを貰うんだな。俺と話すより愛美さんのカウンセリング受ける方が100倍ためになるだろうからさ」



康平はショットグラスにレアブリードを注ぎながら、わたしの顔をみて、軽く片目を細めてウインクを思わせる仕草をしながら言った。



その時、アルバイトの玉置夏奈が大きな声で新たなオーダーを入れてきた。



「オーダー通します。マスター、チーズの盛り合わせとSPAMむすび、それとイタリアンサラダ、オールワンでお願いしま~す」



「オッケー、了~解。夏奈、今日もノリいいねっ」

康平が明るく言った。



「あたし、それだけが取り得だから・・・、ねっジョージくん」

夏奈はわたし達の方を見ながらニコッと微笑んで言った。



「話の邪魔しないように、俺はキッチンに消えるわ。苦悩する若者、ジョージくんの為に曲だけはかけとこうか。ここからフェードアウトしても、俺の余韻が残るようになっ」



おどけながらそう言うと、康平は有線放送を切ってBGM用のCDプレイヤーを操作してキッチンへと入って行った。わたしは、康平が何をかけるのか楽しみにしていた。しかし、スピーカーから聞こえてきたBGMは“なぞかけ”と呼ぶには余りにストレートだった。わたしの好きな、山下達郎の曲ではあったのだが・・・。



『路地裏の 子供たちは 知らぬ間に 大人になって

本当の 愛のことを 少しずつ 知り始める

たそがれに ときめいて 雨音を さみしがる

あいまいな 季節さえも たまらなく 今 いとおしい

めぐり逢い 惹かれ合い 「幸せになろうね」って

ささやいて この街の 物語になっていく 不器用な恋の記憶

AND THE LIFE GOES ON

AND THE LIFE GOES ON・・・』



それは、東野圭吾が書いた『新参者』が原作。TBS系ドラマの主題歌で使われていた山下達郎の『街物語』だった。



達郎はドラマの舞台となる日本橋・人形町界隈を歩いてから曲を書き上げたそうで、「変わらぬ風情を保つ下町と、そこに住む人々の物語なので、いっそ飛びっ切りレトロなメロディーとサウンドが似合うのではと思い、この曲を作りました」とコメントしたという記事をわたしは見たことがあった。



「この曲、山下達郎っスね、なんでこの曲がマスターの余韻なんスかね?曲のタイトルっスか?」譲二は何かを思い出そうとする時に、何やらぶつぶつ言い出す癖があったが、その癖が始まった。



「歌詞かっ?」



「路地裏の子供たち・・・?」



「最後のAND THE LIFE GOES ONってのは・・・」



「え~っと、タイトルは・・・?えーっと・・・何だったっけ・・・」



わたしはそんな譲二のつぶやくような声を聞きながら言った。



「この曲の曲名は『街物語』だよ」



「マ・チ・モ・ノ・ガ・タ・リ・・・、なんかマスターの余韻に関係あるっスかね?」

譲二が言った。



「この曲はTBS系のドラマの主題歌なのよ。ジョージくんはテレビで見たことない?、『新参者』ってドラマ」



「ないっス。俺、あんまりテレビドラマは、見ない方っスから・・・」



「じゃ~、分かんないね。あのね、ドラマの主人公の加賀恭一郎を演じてた俳優が阿部寛なのよ」



「なんだ、そこっスか。マスターご自慢の・・・」



「お客さんの若い女子からマスターは阿部寛に似てますねっ、て言われて相変わらず鼻の下伸ばしてんじゃないの」

わたしは言った。



「そぉ~スねっ。やっぱ、それっスかね~」

譲二は苦笑いを浮かべ、なんとも複雑な顔をしながら言った。

「そろそろ本題に入ろうか、ジョージくん」



「そぉですよ、お願いします。オバチャン、アドバイスよろしくでス」



「まず最初に、自分なりのイメージを言ってみてくれる。ジョージくんにとってリーダーってどんな人なのか?、誰を思い浮かべるのか?」



「ん~、理想像でいいスか。好きなのはアップルコンピュータのスティーヴ・ジョブズかな。もう亡くなったっスけど・・・。俺のイメージだと、強い意志とカリスマ性があって、先見性と創造性を持ってて革新や改革を起こすエネルギーがある人。集団の頂点に立ってビジョンを示し、周りを叱咤し、厳しい態度でグイグイ引っ張って行く人。それが俺にとっての理想のリーダー像っスね」



「なるほどね。高校生の時のジョージくんはバンドリーダーとして、そのリーダー像に近かったのかな?」



「言い過ぎっスけど、そこそこ近いもんがあったかも知れないっス」



譲二が何かを思い出そうとしているように、わたしには見えた。



「じゃ~、ジョージくんにとってリーダーシップって何、どんなこと?」



「高校でバンドやつてる時に読んだ本に書いてあったことなんスけど、〈リーダーシップとは、肯定的影響力によって〈自分の想い〉に人を巻き込み、それに参加させる能力〉てあって、それをかっこいいなって思って、今でも、憶えてるっス」



「なるほど、分かった。ジョージくんのリーダー像とリーダーシップってそんな感じなんだね」



わたしは日頃から、何かを相談され相手にアドバイスをする際はできるだけシンプルに核心のみを言うように心がけていた。



「単刀直入に言うね。ジョージくんのその考え方が悩みの原因なのかも知れないね。ほかの言い方をすれば、《自分で自分の壁を作ってる》わたしはそう思う」



「えっ、自分で自分に壁・・・?俺の考えっておかしいっスか。でもリーダーってそんなもんっしょ。そうじゃなきゃリーダーなんて出来ないし・・・」



譲二にとってわたしの言葉が予想外だったのか、狐に摘まれたような不思議そうな表情で言った。



「スティーヴ・ジョブズがいなかったら今のアップル社はないっしょ。iPodもiTunesもないし、iPhoneもiPadもない。アップル社の業績が悪かったのを建て直したのはスティーヴ・ジョブズっスよね。そんなことを出来るのは、スティーヴ・ジョブズがカリスマリーダーだからっしょ」



譲二は自分の考え方のどこがおかしいのか、いったい、何がおかしいのかを全く想像できないでいるようだった。



「スティーヴ・ジョブズはイメージ通りのものがあがってこなかったら技術者を罵倒したって話は有名だけど、そうしなきゃイイものは出来ないと俺は思うっス。その厳しさがあったから誰もできないことが出来た。そんなことをできる人を本当のリーダーって言うべきだし、それをリーダーシップを発揮するって言うんじゃないっスか」



わたしは、譲二の言葉に軽くうなずきながら、黙って耳を傾けていた。譲二に最後まで自分の言葉で自分の考え方を喋らせたかった。まずは、とにかくわたしは相手の考え方を受け入れ、相手の頭の中をしっかりと理解したかった。



譲二はさらに喋り続けた。



「スティーヴ・ジョブズは音楽産業の常識と慣習を根底からひっくり返した、iPodとiTunesで・・・。それはスティーヴ・ジョブズがある種“独裁者”だからできたんだって俺は思ってるっス。カリスマ性を持ってたから出来たんだって思ってるっスよ。そのパワーが回りのいろんな人間を巻き込んで、〈自分の想い〉に参加させたんだって思ってるっス」



譲二は、ここまで、言葉を選びながら自分の考えを喋った。そして、ショットグラスに手を伸ばし、グラスの中のレアブリードを口に含んだ。そしてタバコに火をつけ、すっと煙を吸い込み、深呼吸をしているかのようにふ~っと長く煙をはいた。



わたしは譲二の中の戸惑いを感じていた。譲二の姿が、突然、パラレルワールドのもう一つの世界に迷い込んでしまったSF好きの少年のようにわたしの目には映った。



「なるほど、ジョージくんの話は分かった。そして、それは一つの理想のリーダー像、一つのリーダーシップの発揮の仕方としては現実として正しいとわたしも思う。そしてそれは、どちらかと言うと、日本的というより典型的な西欧的なリーダー像だし、リーダーシップだと思うの」



わたしは言葉を丁寧に選びながら、できるだけ肯定的な表現をつかい話しをすすめたいと思っていた。



「ジョージくんの将来の夢は、好きな音楽の世界で生きることだよね。それは芸術的な世界だし、クリエイティブな世界だよね。そう云う意味ではスティーヴ・ジョブズが憧れのリーダー像になるのは、わたしにも想像できる」



「あ~っ、そお~スか・・・」



譲二はわたしの言いたいことが、余り見えていないようだった。



「まして音楽の世界に足を踏み入れた高校生の頃、バンドと云うチーム、言い方を換えれば“組織”のリーダーとしてスティーヴ・ジョブズ的な存在で旨くやってきたし、そこでそれなりの成功体験も味わったわけだ」



「レベルは全然違うけど、でも、そう言えなくはないっス」

譲二ははにかむように、軽く微笑を浮かべながら言った。



「でも、専門学校の仲間と組んでるバンドではそうなってない。それはなぜか・・・、あくまでわたしの推測だけど、ジョージくんと他のメンバーとの演奏テクニックや音楽的な知識、そしてヤル気やハングリーさに殆ど差がないからだと思うの」



「オバチャン、そこを突かれると辛いんだけど・・・、正直、それは当たってるっス。音楽に本気で情熱を傾けてる奴らが、みんなプロを目指して集まってきてるから想像以上にそれぞれのレベルは高いっス」



譲二はわたしの言葉を素直に受け止めてくれているようだった。



「抜きん出た能力やカリスマ性、既存の改革・革新、独裁者・・・、ジョージくんの場合、相手との間に絶対的な優位差がないとリーダーにはなれない、なっちゃいけないっていう先入観があるのよ。多分、過去の成功体験が無意識にそんな固定観念を作り上げてしまったのね」



「そう言われると、そんな考えが俺のなかにはあるかも知れないっスね~」



譲二は自分自身の心の奥底にある何かが、一枚一枚、剥がれ落ちてゆくのを感じているようだった。そしてまるで、真っ暗な海底から光の粒が眩しい海面へふわっふわっと浮上するクラゲのように、心の闇から得体のしれない何かがゆっくりと上がってくる、そんな不思議な感覚と向き合っているように見えた。



「そこんとこを、根本を変えないと自分で自分の首を絞めるだけだと思うのよ。バンドも上手く行かないし、ホールリーダーの話だって上手くすすまないかも知れない」



わたしは譲二の表情を注意深く眺めた。わたしの話をどの程度理解しているのか探りながら、穏やかに話しを続けた。



譲二もそんなわたしの態度を感じてか、自分とは違った考え方でも、できるだけ素直に聞き入れようと努力する姿勢をみせた。



わたしは企業の人材育成を手がける嶋津良智氏が書いた『小冊子』を持っている。そこにはこんな文章がある。



《世の中には便利なものがたくさんありますが、もし、開発をした人たちが先入観や固定観念に囚われていたら、この世に生まれなかったものもたくさんあるでしょう。常識の否定、当たり前の否定から新しいものは生まれます。



「先入観は真実を見落とす」という言葉がありますが、皆さんは「太陽は東から昇る」に関してはどのように思われますか?これは「現実」であって「真実」ではありません。毎日の繰り返しの中から当たり前のように思い込んでしまっている現実ですが、真実は地球自体が自転を繰り返しながら太陽の周りを回っているのです。



皆さんの周りで、環境の刷り込みや、社会の刷り込みによって「こうなんだ」と決め付けてしまっている固定観念・先入観はありませんか?ぜひ、今までの枠組みに囚われない創造性豊かな心を養って下さい。》



わたしは今の譲二にとって『小冊子』を読むことは意味があると思っていた。そして手持ちの一冊を明日にでも渡そうと考えていた。



「ジョージくん、わたしはあなたが今持っている考え方を否定する気もないし、おかしいっていう気もないの。だから、それを前提にわたしの話しを聞いて欲しい」



「分かったっス。俺、オバチャンの話しを素直に聞くっス」



わたしは淡々と、できるだけ冷静な口調で話し始めた。



「米国のロバート・K・グリーンリーフが提唱した、サーバント・リーダーシップっていう考え方があるの。それは、まずは相手への奉仕を通じて自分自身が相手を導きたいという気持ちになって、そしてその後、リーダーとして相手を導く役割を果たすという考え方なのよ」



「そして、サー バント・リーダーとは、常に他者が一番必要としているものを提供しようとする人っていう定義づけをしているの」



譲二は自分のイメージしているリーダー像、リーダーシップとの違いを比較しながら聞いているのだろうか、真剣な表情でわたしの言葉に耳を傾けていた。



「そこで、その特性を10個のキーワードと一緒に簡単に言うわね。まずは〈傾聴〉人の言うことがきちんと聞ける。〈共感〉 相手の気持ちに寄り添うことができる。〈癒し〉本来の姿が取り戻せるように自分も相手も癒すことができる。〈気づき〉自分や相手の気づきに訴えることができる。〈説得〉支配的ではなく、何か大きな使命や目標を訴える説得力を持っている。〈概念化〉自分の夢がきちんとイメージできている。〈先見力〉過去の教訓に照らし合わせて現在を捉え、そして将来を予想できる。〈スチュワードシップ〉大切なものを任せても大丈夫だと相手に信頼感を抱かせることができる。〈成長へのコミット〉相手の成長に深く関わることがきる。〈コミュニティーづくり〉自らが奉仕してリードできる人材を多く育てる文化、その文化を創ることができる。できるだけ簡単に整理したら、こんな感じだねっ」



譲二はわたしが話し終えると同時に、わたしから視線をはずし、一度、手元のショットグラスに目を落とした。そして、目の前のグラスが並んだ棚の方に目を移し、ゆっくりとタバコに火をつけ、深く煙を吸い込んだ。



頭の中で、一度壊したジグソーパズルのばらばらになったピースを一つずつ拾い集めて、もう一度パズルを完成させようとしているように見えた。



「俺、オバチャンの言うサーバント・リーダーシップやサーバント・リーダーって初めて聞いたんで、正直、すぐには納得できないかも知れないス。俺が今まで思ってたやつと、結構、違うんで・・・」



譲二はふっと一呼吸入れて話を続けた。



「でも、なんつうか、そんなことができるリーダーは嫌いじゃないし、そうしてもらったら着いていく人は嬉しいだろうなっ・・・、ては思ってるっス」



「それでいいのよジョージくん。オバチャンがまず言いたいことは、リーダーシップやリーダーの種類やカタチは一つだけじゃない。いろいろあるんだってことを理解して欲しかったのよ。そして求められるリーダーシップやリーダー像は社会背景や時代の価値観、それを発揮する環境や状況によって変わってきてもおかしくないんだってことをジョージくんに知って欲しかったのよ」



「それは、分かる気がするっス」

譲二はすぐに答えた。



「《自分がして欲しいと思うことを相手にしなさい》って言葉がある。単純なことだけど、わたしは良い人間関係の基本はそれだと思ってるの。例えば、上司と部下、自分と同僚、リーダーと付き従う人との関係においても言えると思う。もしかしたら、絶対的な支配と服従の関係においてさえそれは言えるかも知れないわね」



「バンドのこと、アルバイトリーダーになること、もう一度、オバチャンのいうサーバント・リーダーシップってやつを参考にして、自分の考え方を見直してみるっス。できれば、今回のことは俺の中に溜まった固定観念や余計な先入観をぶち壊すチャンスにしたいし・・・」



譲二の声が少し明るくなったように思えた。もしかしたら、闇夜を歩く足元を照らすわずかな灯火を発見したのかも知れない。彼のなかに、歓喜とまではいかないまでも、期待感を伴った喜びの感情が湧き出てきているようにわたしの目には映った。



わたしの腕時計は九時半を回っていた。いつもなら、そろそろお店が混みだす時間になろうとしている。康平がキッチンから出て、わたし達の前にやってきた。



「ジョージ、話の邪魔しないようにキッチンに入ってたけど、愛美さんから何かいいアドバイスは貰えたか。俺なんかの話を聞くより愛美さんのカウンセリング受ける方が100倍ためになることは間違いないんだけど、お前の得意な“大当たり~っ”、みたいなアドバイスが貰えてれば邪魔しなかった甲斐があったってもんだよ、なっ!」康平は二人の顔を交互に見ながら、大げさに両手を動かし、洒落っ気たっぷりに笑いながら言った。



「マスターが余計な口を挟まなかったから、オバチャンの話に集中できたっス」



「おお、そりゃーよかったな」わざとらしく皮肉っぽい口ぶりで康平が言った。



「さっき言ったこと撤回するかな。ターキーのレアブリードは正規料金でお支払い頂こうかな」



「そりゃないっスよ、マスター~っ」

譲二がわざと慌てたふりをして言葉を返した。



このやり取りが引き金になって、康平と譲二の音楽談話が始まった。こんな会話ののタイミングから音楽談話に入るのは、二人にとってお決まりのパターンだったのかも知れない。わたしは、しばらく、傍観者になった。そして自分の飲み代を精算し、譲二を残して一人お店を後にした。時計は10時をわずかに回っていた。



わたしは街灯が並ぶちょっと薄暗い歩道を歩き出した。そして、無意識にさっきK’sで聴いた山下達郎の『街物語』の歌い出しの歌詞を口ずさんでいた。



『路地裏の 子供たちは 知らぬ間に 大人になって

本当の 愛のことを 少しずつ 知り始める・・・』



康平がこの曲をかけた理由は、主題歌からドラマとその主人公を演じた俳優、阿部寛を連想させたかったからだろうか。あの時、康平は「苦悩する若者、ジョージくんの為に曲だけはかけとこうか。ここからフェードアウトしても、俺の余韻・・・」と言ってキッチンへ消えた。



わりと早い時間にお店に入り、空席が結構あったにもかかわらず、わたしと譲二はキッチンから離れたカウンター席の一番端っこに座った。その様子からお悩み相談的なことは容易に想像がついただろう。そして譲二もそれらしきことをちょっと康平に言った。



康平はミュージシャン志望の譲二を自分の子どものようにかわいがっている。また、同じ音楽の世界に生きようとしている先生と生徒、師匠と弟子、そんな関係でもある。



そう考えると、康平は「子供から大人への成長、現実の壁、悩み、そしていつでも話しに来い」そんなことを譲二に伝えたかったのかも知れない。



わたしの読み過ぎなら、それはそれで構わない。でも、康平はそんな気持ちを込めて山下達郎の楽曲の中から、敢えてあの曲を選曲し、BGMとして流したように思えてきた。わたしは、歩道を離れて地下鉄の駅に向かった。バーボンの残り香がほのかにわたしをつつんでいた。



つづく





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極意!最強オバチャンが語るリーダーの心得 第1話

パチンコ業界で働く人を対象にした新連載がスタートしました。筆者はハンドルネーム作務衣さん。テーマはリーダーシップ。これを小説仕立てでお届けします。





《メインキャラクター》

主人公:野呂愛美(ノロ・マナミ)、昭和39年7月29日生まれ、熊本県天草市出身、血液型AB型、四年制女子大の文学部哲学科卒、二児の母、愛煙家、趣味は読書と音楽鑑賞およびテレビのドラマ鑑賞、ブログを書く、占いが大好き、愛車は赤のフォルクスワーゲンPolo GTI、町内のママさんバレーチームに所属、仕事はパチンコホールのパートのクリーンキーパー、通称「最強オバチャン」



《サブキャラクター/第1話》

登場人物:田中由美子(タナカユミコ)、昭和62年8月2日生まれ、福岡県久留米市出身、血液型A型、独身、愛煙家、趣味は読書とカラオケ、職業はパチンコホールのカウンタースタッフ



登場人物:田村忠・潤子(タムラタダシ・ジュンコ)、フランス料理の店「仏蘭西亭」のオーナーシェフと妻



◆最強オバチャンはパチンコ屋のクリーンキーパー



今日もhappyな一日を過ごした、のろまなmeです。

ひとっ風呂浴びて、達郎サウンドをBGMに三日ぶりでパソコンに向かっています。



今日の投稿写真は、二日前に納車されたばかりの愛車、赤のフォルクスワーゲンPolo GTIです。



突然の興奮状態を、お許し下さい。

ヤッタ~ッ!、やっと、キタ~!!です。



憧れの真っ赤なGTIのハンドルを握り、岩間の波しぶきを横目に、潮風を切って海岸沿いの道を駆け抜けたい。その夢が、やっと、やっと明日かないます。



明日は山下達郎のデビュー35周年のニューアルバム『WooHoo』を聴きながら、私の好きな英国の作家、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を助手席に乗せて一人ドライブです。



本当は旦那と二人でドライブするはずだったのですが、急な仕事が入ってドタキャンされてしまいました。



予定は未定、人生は不確定要素の連続です。だから、それもまた良しです。

ドライブのGoalは海岸沿いにある国民休暇村。そこの天然温泉に入ってランチして帰ってくるつもりです。



昨日より今日、今日より明日・・・。ひとつずつ、ちょっとずつhappy気分を貯めながら“ココロの貯金箱”をhappy気分でイッパイにしたいmeなのでした。



今日のブログは此れにて終了~!

チーズをつまみにワイン飲んで寝ます。

明日が、楽しみです。

Good Night!



わたしは朝から忙しくて、まだスマホの動画を見ていなかった。今日は、新しい『社長のWebメッセージ』をダウンロードする日。



第一と第三月曜日が新メッセージ配信の日になっている。60秒の音声付きの動画なのだが、長めのテレビコマーシャルを想像すればイメージはつくと思う。



そして、わたしはこのWebメッセージをブログねたにもしている。最近はFacebookやTwitterがずいぶん流行っているようだが、わたしはベテランのブログ派。



本来、FacebookやTwitterとブログでは目的や使い方が違うと思っている。リアルタイムで誰かと繋がるより、日記がわりに日々のトピックスを記録して、時々自分の足跡をたどるのが性に合っているので、わたしはブログしかやっていない。



わたしの名前は野呂愛美(ノロ・マナミ)、生年月日は昭和39年7月29日、辰年生まれで星座は獅子座、血液型はAB型。某四年制女子大の文学部哲学科卒。



どちらかと言えばサッパリ、アッサリ系の気質で、いわゆる宝塚の男役タイプ。結構、多趣味で、読書は哲学系の本から推理小説、スマホ小説までいろんなジャンルを乱読。音楽は好みのアーティストが山下達郎。達郎サウンドのファン歴は長い方だと思う。それと、日本も韓流もテレビドラマは好きでよく見ている。最近のマイブームは占い。



そして、男の子と女の子の二児の母でもある。ストレス解消で町内のママさんバレーチームに所属して、毎週月曜日の練習は欠かさず参加している。仕事はパートでパチンコホールのクリーンキーパー。



ひらたく言えばパチンコ屋の掃除のおばちゃんだ。



そして、職場のPalor Dream総武店ではちょっとした名物おばちゃんで通っていて、「オバチャン」と呼ばれている。



職場にはわたしの他に同世代のクリーンキーパーさんが5人いるが、他の人たちは苗字にさん付けで呼ばれていた。でも、わたしだけは通称「オバチャン」で通っている。



もしかしたら、世のおばちゃん族の典型、標本的な存在と見られているのかも知れない。あるいは、誰がいつ頃名付けたか憶えていないが「最強オバチャン」の異名を取るようになってから、頭の「最強」が消え、「オバチャン」だけが残ったのがその理由なのかも知れない。



プライベートでは、旦那とイイ関係をキープしていて、最近よく耳にする晩年離婚の話とは無縁だし、イイ感じの距離感を保ちながら夫婦をやっている。



ちなみに、旦那はフリーの経営コンサルタント。ちょっと風変わりなところはあるが、感性の波長がわたしと同じなので別に気にはならない。子供たちはどちらも社会人で、もういっさい手がかからない状態。



そんな訳で、今のわたしは第二なのか第三なのか、自分の人生を自分流で楽しんでいる。そして、かっこつけた言い方をすれば、自分の人生の主役は自分自身。これがわたしのクレド(信条)だ。



わたしが勤めるPalor Dream総武店は、今日も、相変わらず多くのお客さまにご来店いただいていた。



地域密着の経営方針が地元のお客さまに浸透しているようで、店舗の規模はそれほど大きくはないが、家族的な雰囲気のいい店として常連さんがしっかりと付いてくれている。おかげでわたし達クリーンキーパーも、毎日、忙しく動き回っていた。



わたしの腕時計の針はもうすぐ昼の十二時を指そうとしていた。



遊技台の吸殻回収の作業を終え、やっと一息ついた。ホール端の通路で入客数を「集計表」に記録していたカウンターの山本由美子が話しかけてきた。メゾソプラノ系でマイクのりのいい、親しみを感じる声だ。



「オバチャン、今日の『社長のWebメッセージ』見た?」



「今日は早番のキーパーさんがひとり休みだから、バタバタで、まだ見てないのよ」



「今日の社長、なかなかいいこと言ってたよ」



「あら、そう。由美ちゃん好みの話だったのね」



「ピンポン!です」



「由美ちゃんのハートをジャストヒット・・・」



「だって、アランの『幸福論』だもん」



由美子の趣味は読書だった。本人の話だと一人っ子で、幼い頃は内気な性格だったらしく、一人遊びをすることが多かったようだ。そして、自然と読書が好きになったと聞いている。



十代の頃はどちらかというと純文学系を読んでいたらしいが、最近は東野圭吾や道尾秀介の推理小説にはまっているようだ。わたしと由美子は趣味が一緒ということもあり、本を話題にお茶することが多かった。



「『幸福論』は由美ちゃんの携帯本だったよね」



「そう、わたしのお守り。人生の指南書なんでいつもバッグのなか」



「今の子には“指南”なんて死語じゃない。それに人生の指南書なんてフレーズ、殆ど聞かないよ」



「そうかな、わたし古いのかな?」



「見た目は若いけど、結構、耳どしまかも」



「耳どしま、ですか」



「わたしは本当の年増(としま)だけどね」



「オバチャン、見ためはまだまだイケてるよ」



「ありがとさん、イイ娘だね~っ」



「どーいたしまして」



「まっ、気持ちは二十代、体型は三十代・・・」



「かなりの自信ですね~」



「自分で言わなきゃ、誰も言ってくれないからね」



わたしと由美子のやりとりはいつもこんな調子で、息の合った母娘漫才コンビが舞台で得意ネタを演じているような感じだった。



そして、日頃の若い子たちとの会話は、医学的な根拠はなにも無いが、わたし的には若年性アルツハイマー防止の脳の活性化トレーニングになっていた。



「ところで、社長、どんなこと喋ってた?」



「お題の名言だけ言うね。あとはスマホで動画をちゃんと見て下さい」



「りょ~かいっ!」ちょっと首をかしげ、精一杯の茶目っ気を披露しながら言った。



「今日のは、《人は幸せだから笑うのではない。笑うから幸せになるのだ》byアラン、です」名言を意識してか、口元をぐっと上げ笑顔で由美子が言った。



フランスの哲学者、アランのプロポ(語録)集である『幸福論』。由美子が口にしたフレーズは、アランを知っていれば、最も記憶の上位にあるものだった。正に、想定内の名言だった。



「ならば、《悲観主義は気分に属し。楽観主義は意志に属する》byアラン、で返しとこうかね」



「さすが、最強オバチャン、博識。四大の哲学科卒は違いますねぇ~」



「お褒め頂き、光栄です」



わたしは、わざとらしく軽く頭を下げてみせた。



「読書の量は若いもんには負けませんよ。長く生きてる分だけ出逢いも多かったんで・・・。でも最近、記憶から消える本の数もハンパないけどね」

わたしは無意識に吐息をはいていた。



「気持ちの衰えはゼロだけど、記憶の衰えは・・・どうしてもねっ」



「それはしょうがないでしょ、歳とともに記憶力は落ちて当たり前。生身の人間なんだから・・・。じゃなかったら、最強オバチャンを通り越して、怪物オバチャンだよ」



由美子は顔の横で招き猫の手を真似ながら、わざとらしく目を細めてみせた。



「巷ではおばちゃんは既に怪物扱いされているから、それを言うんなら、緑色の血液が流れる妖怪オバタリアン、てなとこじゃない」



「妖怪オバタリアン、いいネーミングですね」両手を叩くふりをして、小鼻をピクピクさせて由美子が言った。



「われながら、今日は絶好調・・・」



「自画自賛し過ぎです・・・ツッ、ツッ、ツッ」



由美子はわたしの目の前にぐっと人差し指を出して、メトロノームのようにその指を左右に振ってみせた。



ここで、『社長のWebメッセージ』について、少し説明をしておきたい。



わたしが働いているPalor Dream総武店ではインターネットを活用した人材育成システムを使っている。



グループ全15店舗、全店が使っていて、社内では通称ダーウィンと呼ばれている。進化するシステムと云うのがイメージで、『進化論』を書いたチャールズ・ダーウィンから名前をとったのだと店長から説明された。



でも、本当のところはどうだか、わたしには分からない。そのダーウィンの一部の機能としてこの『社長のWebメッセージ』がある。



一言でいえば、月に2回、社長の60秒トークをスマホやケータイで見る。



そして、社長の考え方や会社の方針、社長の人柄に触れ、会社と従業員の信頼関係や絆を深めることを目的とした動画配信だ。少なくとも、わたしの受け取り方はそうだ。



大変だろうとは思うのだが、社長は毎回それなりに工夫して話をしてくれていた。わたしはいつも、それを楽しく見せて貰っていた。何と言ってもスマホやケータイでダウンロードして見ることができるので、場所と時間の拘束がないから便利だった。



わたしが最近の内容にタイトルを付けるとすれば、『社長厳選!感動の名言集』てなところだ。いろんな人物の金言名言を探し出し、社長流の解釈を加えて紹介してくれるので、わたし的には好感度は高い。ブログのねたでも使わせて貰っているので他の人以上にこの動画の価値評価は高めだ。



わたしは手にタバコの吸殻回収容器を持ち、由美子は「集計表」を胸元に抱えてホール端の通路を歩いていた。



「オバチャン、明日も早番だよね」由美子が言った。



「ええ、そうよ」



「あのさ、ディナーしながらちょっと相談にのって欲しいんだけど、駄目かな?当然、カウンセリング料を含めてディナーは無料ご招待ってことで・・・」



「あたしのカウンセリング料、結構、高いよ。かどのガルボアのハンバーグ定食ぐらいじゃすまないよ。その先の、和光銀行の隣の仏蘭西亭。あそこのコースディナーを要求したいけど懐具合は大丈夫かい」わざと真顔で、堅めの口調で言った。



「大丈夫、ボーナス出たばっかだから・・・余裕、余裕」由美子はニヤッとして自分の胸を数回、軽く叩く仕草をしながら言った。



「オッケー、契約成立。明日の仏蘭西亭でのカウンセリング依頼、お受けしましょう」



「サンキューです。わが社の産業カウンセラー、最強オバチャン。では、野呂先生、明日はよろしくお願いします。お店の予約はわたくしめがキッチリと入れておきますので」



由美子は立ち止まって、深々と頭を下げた。



「お任せあれ。恋の悩みから人生の重大な選択まで、あなたのご相談に最良のアドバイスを致しましょう」



由美子のつま先から頭の方へゆっくりと視線を上げながら、自分の胸をポ~ンと叩いてみせた。



わたしはかれこれ一年くらい、由美子と一緒にPalor Dream総武店で働いていた。趣味の読書を通して互いの気心は知れていた。また、由美子は親元を離れて一人暮らしのせいか、わたしを第二の母のように慕ってくれている。わたしにもそのことはよくわかっていた。



◆由美子の気づき



週中の平日、仏蘭西亭にはわたし達の他には二組のお客しかいなかった。わたしと由美子はテーブルキャンドルが置かれた道路に面した窓側の席に座っていた。



色鮮やかなステンドグラス風のガラス容器に入ったフレグランスキャンドルから心地よい香りがかすかに漂っていた。そして、わずかに赤みを帯びたキャンドルの炎がゆっくりと揺いでいた。



「二人お揃いでのご来店は、久しぶりですね」シェフの田村がコースの最後に出すデザートをテーブルに並べ、二人の顔を覗き込みながら言った。



「四ヶ月ぶりかな?」由美子が言った。



カウンターの隅にある洗い場では田村の妻の潤子が今しがた帰ったお客様のテーブルから引いてきた皿を洗っていた。



「そんなもん・・・?、かも知れないね」洗い場で片付けをしている潤子の方に目をやりながらわたしは答えた。



「マスターと奥さん、二人でやってるからいろいろ大変でしょ。でも、やっぱ奥さんの方が大変だよね、お店の切り盛りと子育ての両方だから」さり気なく、しかし、潤子の耳に声が届くように言った。



洗い場にいる潤子が手を休め、テーブルの三人の方を見た。



「いえ、野呂さん、そんなことないですよ。子供たちは自分のことは自分でやってくれるし、上のお姉ちゃんが家の事は殆どやってくれてます。わたしは主人とお店のことだけ考えてればいいんで・・・」潤子は明るく答えた。



「そうか、お子さん達もそんなに大きくなったんだ・・・」



わたしは子供たちの幼い頃の記憶が鮮明すぎて、時間軸の目盛を移動するのを一瞬忘れていた。自分の子どもが成人していることを考えれば、人さまの子供だって成長していて当たり前。自分の言葉に苦笑してしまった。



やはり、日頃会う機会がないと、記憶の空洞化で時間がスッポリと抜け落ちてしまい、ついつい強引に過去と今を一点で処理してしまう自分がいるた。



やはり、若年性アルツハイマーの話がただの冗談では済まない年齢になったことを認めざるを得ないのだろう。



「ところでオバチャン、さっきの話の続きなんだけど・・・」デザートのフルーツとアイスクリームを口に運びながら由美子が話し出した。



「カウンターリーダーになるって話の続きね」わたしは由美子の顔にあらためて視線を向け直しながら言った。



「そう。リーダーって肩書き貰うと、うちの会社はいろんなことやらなきゃいけないのよ。重点課題になってる人材育成はコーチングの勉強があるし、5ヶ月コースのリーダーシップ研修も受けなきゃいけないし・・・」



由美子はテーブルのキャンドルにちょっと目を落とした。



「他には・・・、新卒研修の社内講師もあるでしょ。通常業務以外のプラスアルファーが、結構、重たいんだよね~」



エスプレッソコーヒーの入った白いミニカップにミルクと砂糖を入れ、ゆっくりとスプーンでかき混ぜながら由美子が言った。



「でも、由美ちゃんは、努力を惜しまないし、頑張り家さんだから・・・。それに、新人さんや後輩を育てるのも上手だし、人前でも要領よく喋れるじゃない。コミュニケーション能力は高い方だよ」



「人前で話すの嫌いじゃないよ。それに、何かを教えるのも苦手なほうじゃないけど・・・でも・・・」



由美子の言葉の歯切れはあまりよくなかった。



「それに次長から、いまカウンターはリーダー不在だから今年の新卒フォロー研修のカウンター関係の研修提案書をわたしに作れって話がきてるの。パワーポインターで打ってメールしてくれって。来月の幹部会議で社内プレゼンするらしいんだけど・・・」



由美子は話を続けた。



「書き方も内容もまかすから現場の視点で要点を絞って端的に書いてくれればいいって。でもさ、次長に出すってことは会社に出すってことだから・・・。それに提案書って、《はじめに》とか《現状の問題点》とか《課題への対策》なんて感じで書かなきゃいけないでしょ。オバチャン、なんか全部が悩ましいんだよね。ネガティブな気分って言うか・・・」



そう言うと由美子は残りのコーヒーを口にしながら、窓ガラス越しに見える夜のとばりが降りた歩道へ目をやった。視線の先には街灯に照らされた街路樹と整然と並ぶビル群があった。



行き交う人はまばらだった。道路を走る車の、色合いの違うヘッドライトの光線がいくつも重なり合っていた。昼間の温もりのなごりとヘッドライトの光が混ざり合い、遠くの街並みは蜃気楼のように感じられた。



マスターご自慢のBOSE製のスピーカーから山下達郎の『ずっと一緒』が流れてきた。わたしは、以前、田村夫妻も山下達郎のファンだと聞いたことがあった。



『抱きしめて 静寂の中で あなたの声を 聞かせて

 冬はもうすぐ 終わるよ 

 幾つもの 哀しみを くぐり抜けた その後で 

 繋いだ手の 温かさが 全てを 知っている 

 あなたと 二人で 生きて 行きたい それだけで 何もいらない

 昼も夜も 夢の中まで ずっと ずっと 一緒さ』



楽曲のややスローなサウンドが外の風景に漂う時間(とき)の余韻と同化していた。ありきたりの表現だが、わたしは銀幕の世界のワンシーンを眺めているようだった。



ドラマのタイトルは忘れたが、この曲は、2008年頃に放送されたフジテレビ系の月9ドラマの主題歌だったと思う。香取 慎吾と竹内 結子が「フラワーショップ雫」を舞台に展開するラブストーリー。ドラマの中の幾つかのシーンが目の前の風景とオーバーラップして脳裏に蘇ってきた。



わたしはさっきからずっと由美子の深層心理を読みとろうと、言葉と表情にできるだけ意識を集中させていた。いわゆるカウンセリング技法の基本中の基本、“傾聴”の態勢を取っていた。



「じゃあ、由美ちゃんの頭の中を整理してみようか」



「うん、お願いします」



「まず最初に、カウンターの女の子たちのまとめ役をやるのはオッケーだよね」



「カウンタースタッフをまとめることはできると思う。キャリアも年齢も一番上だし」由美子は即答した。



「そろそろ、カウンターリーダーをやってくれって会社から言われるのも、薄々感じてたんでしょ」



「うん、まあねっ」由美子が言った。そして、話を続けた。



「先々月に吉田リーダーが寿退職したあと、私がその代役をやらなきゃいけないんだろうなって、何となく思ってた。でも、いざ正式にカウンターリーダーになれって言われると、あれもこれもって考えてしまって。そして、何となく肩書きが重荷に・・・」



いくつかのねじれた輪が絡んでいる知恵の輪。できそうと思ってやってみるが、うまく外せない。何回かやってみるができない。最初は簡単そうに見えたのに・・・。そのうち、コツがつかめない苛立ちが戸惑いへと変わる。そんな感覚が由美子を包んでいるようにわたしには思えた。



「リーダーになることへの気持ちの壁、どこにあるのかな・・・?」由美子の表情の変化に注意しながら言葉を続けた。



「さっきからの口ぶりだと、何となくプラスアルファー部分にありそうだよね。新卒者研修とか・・・?」



わたしは由美子の表情の僅かな変化を追った。そして話をもっと具体的に絞り込んでゆくことにした。



「新卒研修の社内講師。これって二つ、細かくみれば二つの段階に分けられるよね」



「ふたつ?」



由美子は首をかしげながら、ちょっと不思議そうな表情を見せた。



「そう、ふたつ」



わたしは人差し指と中指を立て、V字を作って由美子の目の前にわざと手をぐっと差し出した。



「一つ目は、そのものずばり。新卒研修でカウンター業務に関して社内講師という立場で研修を実施する。平たく言えば、先生として喋ることね」わたしは由美子の目を見てゆっくりと言った。



「もう一つは、その為のシナリオを書く。これは、どんなやり方で研修をすすめるのかどんな話をするのか、その方法と話の要約を整理して提案書と云うカタチにするってことだよね」



由美子のわずかな心の動きを読むために、表情や仕草にさらに注意を払いながら言葉を続けた。



「これらは一連の流れだけど、分けて考えると二つだよね」



「確かに、そういう分け方をすれば“ふたつ”かな」由美子が言った。



「わたしが想像するに、講師として喋ることは多少の不安はあっても、まんざらでもない」



「まあね、単純に自分の仕事を喋ればいいんだったら、やれないことはないって思ってる」穏やかな口ぶりで由美子が答えた。



わたしはスパイダーで分けられたダーツボードの真ん中、ダブルブルに、第一投目からダーツを命中させたかった。



「由美ちゃんは前段階のシナリオを書く、研修提案書を書くってところに抵抗があるのよ。その一点が気持ちにブレーキをかけてる。その事が根本原因で物事の全体像をネガティブに捉えてるのよ。そこをどう乗り越えられるかが一番の課題だと思うわ」



わたしは日頃から、何かを相談され相手にアドバイスをする際はできるだけシンプルに核心のみを言うように心がけていた。そうしないと、こちらの言いたいことが上手く伝わらないばかりか、相手の混迷をいっそう深める恐れがあると思っていた。



「由美ちゃんはカウンター担当者としてはほば完璧。通常の接客応対はもちろん在庫管理からPOSシステムの操作、そしてお客様のクレームや軽いトラブルまで殆ど対処できてる。それに、新人スタッフの指導も上手。その上、お客様からの支持も高い。だって“グッドスマイル&ホスピタリティ”のお客様からの得票では由美ちゃんは毎回ぶっちぎりのトップだものねっ」



わたしは軽く微笑ながら言った。



「そう言って貰えるのは本当にありがたいわ。わたし学歴はないし、頭もそんなにいい方じゃないけど、前を見て、当たり前のことを当たり前に徹底してコツコツやり続けなさいって小さい頃から母に言われてきて、それだけは守ってるつもり」



ここ数ヶ月会っていない、母の顔をふっと思い出したようだった。



「当たり前のことを当たり前に、しかも徹底的にコツコツと。そして、継続は力なりって訳ね。お母さんいいこと教えてくれたわね」



これは、わたし自身が大切にしている生活信条でもあった。



由美子はテーブルにあるフレグランスキャンドルの炎をしばらく眺めていた。そして、ゆっくりとカップに残ったコーヒーを飲みほした。



それはテーマパークにある迷路アトラクションの中で迷っている自分の姿を、もう一人の自分が上空から眺めているような不思議な感覚の世界に浸っているようだった。由美子は、目の前に大きく立ちはだかっている壁は全体からすれば、ほんの一部、たった一つの壁でしかないことを自覚してくれるだろうか。



「視点を変えれば、見えないモノが見えてくる」と教えられたことがあると、以前、由美子が言っていた。そして今、その言葉が由美子の過去の記憶の中から鮮やかに蘇ってきてくれることを、わたしは期待していた。



「オバチャンと話してて、自分の頭の中が少し整理できそう。ちょっと投げやりな自分になってた原因が何となく見えてきた」由美子が言葉を続けた。



「わたし小説は好きで読むけど、ビジネス系の本は殆ど読んだことないの。だから、ビジネスで使うキチッとした文章を書くのは苦手なんだ。まして、提案書なんで言われると書き方とか言葉の選び方とかあるし、それに短い文章で分かりやすくなきゃいけないって思ってしまう・・・」



由美子は一息いれて、穏やかな口ぶりで話を続けた。



「だから、苦手意識が自分の中で膨れ上がってきて、それがすごいプレッシャーになるの。そして、その事で頭がいっぱいになって、全部が嫌になってくるんだよね。憂鬱な気分になって・・・。これって良くないんだろうけど・・・」お店の壁にかかったアンティーク時計の方に視線を送り、自分の気持ちをあらためて確認するように由美子が言った。



「そうね、由美ちゃん。ちょっとしたところだけど、変えたいね。そこんとこ・・・」



わたしは軽い安堵感を覚えていた。



「それに、今のはしっかりとした自己分析になってるよ」



由美子の顔を軽く覗き込むようにして話を続けた。



「以前読んだ本に、欠けたドーナツって話が書いてあったの。目の前に1個の丸いドーナツの絵があると想像して。そして、その丸いドーナツの一部がほんのチョットだけど欠けてる。すると、人はその欠けた部分に意識が引っ張られて、その欠けた部分がついつい気になってしまうものなのよ。この話は、人は相手の長所と短所という全体を見ずに、どうしても相手のわずかな欠点にばかり意識を向けてしまう傾向がある。そしてそれを元に相手を評価してしまうことが多いってことを言ってるの。数時間前までの由美ちゃんは自分自身に対してこの話と同じことをやってたのよ」



いつもの由美子の明るい表情が戻りつつあった。



「オバチャンが言ってる意味はわかる。って言うか本当は自分でも薄々分かってたはずなんだよね。でも何となく面倒になって、自分をごまかして逃げられるものなら逃げたいって思ってたっていうのが正直なところかな」



気持ちの中のモヤモヤが消え、ある種の開放感が由美子の気持ちを覆っているように見えた。



「わたし頑張ってみようかな。カウンターリーダーになって、わたしらしいリーダーシップを出してみようかな。それに新卒のフォロー研修のことも・・・。苦手なハードルを一つ乗り越えなきゃいけないけど、次長に相談しながらチャレンジしてみる。せっかく次長もああ言ってくれてることだし・・・」



わたしは由美子の目に輝きが戻ってきたことが嬉しかった。



「人は誰だって必ず苦手なことの一つや二つはある。でも、そこに意識を向け過ぎると前に進めなくなる。それが心の壁になって行動できなくなる。だよね」



「そう言うこと」わたしは由美子の言葉に少しお大袈裟に頷いてみせた。



「だから、わたしはとにかく逃げずにやる、チャレンジするって思えばいいんだよね。わたしは苦手意識を克服して、苦手なことでも必ず出来るようになるって考えればいいんだよね、オバチャン」



自分に言い聞かせるように、言葉を噛み締めながら、しっかりとした口調で由美子が言った。



「その通りよ、由美ちゃん。まずは、そう信じることが第一歩。それがあれば、必ず存在感のあるリーダーになれると思うわ。そして、周りもついてくるし、周りの人たちを幸せにできるはずよ」



私は由美子の言葉を聞きながら、以前ネットサーフィンをしていて見つけたブログの中身を思い出していた。そこには、アファメーションのことが書かれていた。



「アファメーション」(肯定的な宣言の言葉)というのがある。アファメーションは、自分に対して意識的によい言葉を選んで言い 続けることで、自分の意識や心のあり方を変え、自分の目標を達成させる方法。



人間の傾向として、無意識に、直面している問題をうのみにして、本来ならば問題を解決することのできるはずの自分の能力を限定してしまうような形で自分に対して語りかけることがある。アファメーションは、意識的に肯定的な言葉、問題解決を促す言葉を自分自身に語りかけ、無意識に繰り返していた否定的な言葉から自分を引き離し、いま限界と感じている意識を変化させるものです。



例えば、ついつい口にする「できない」という言葉を「できる」という言葉に変えていくだけで、気持ちが変化し、今まで見えなかった方法が見えてくるようになったりするのです。わたし達の心にはもともと大きな力(潜在意識)があります。しかし、その力は普段はほとんど 眠ったままの状態だと言われています。



アファメーションは自分に対して意識的によい言葉を言い聞かせて、わたし達の心の大きな力(潜在意識)が働くようにしていくのです。



だいたいこんな内容だったとわたしは記憶している。そして、わたし自身もこの潜在意識の存在を信じているし、その意識と宇宙、厳密に言えば宇宙の創造主と繋がっているのではないかとさえ思っている。



「オバチャン、《人は幸せだから笑うのではない。笑うから幸せになるのだ》byアラン、だよね」由美子が言った。



「そうよ、《悲観主義は気分に属し。楽観主義は意志に属する》byアラン、まずは自分の意志ありき、そして行動ありき。その行動があるから結果もついてくる。アラン流の楽観主義で前進あるのみよ、由美ちゃん」



わたしはアランの『幸福論』、93章「誓うべし」の中のある文章をあらためて思い出していた。アランによれば「根本的には、上機嫌などというものは存在しないのだ。しかし、正確に言えば、気分というものはいつでも悪いものであり、あらゆる幸福は意志と抑制とによるものである・・・云々・・・」ということだが、わたしもこのアランの考え方に賛成する一人だ。



或ることわざがある。ギリシャのことわざらしいが、わたしはこのことわざを自分の行動の原点に置いている。



《幸運の女神に後ろ髪はない。あっという間に過ぎ去ってしまう》その意味は「幸運や良縁は気をつけておかないと一瞬のうちに逃げ去る。後で気がついても手遅れで、それをつかむことは出来ない」だそうだ。



ある人が、《人生は幸運の女神の前髪をつかみ、その手を振り回す覚悟がなかったら幸せになれない》と言っていた。おそらく、このことわざを知っていたのだろうし、さらに、その意味を面白く表現したかったのだろう。



わたしは《前髪をつかむ》方が好きだ。また、野球好きならこんな言い方をするのかもしれない。《甘い初球のストライクは二度と来ない》と・・・。



やはり、アランが言うように、幸福になる為には、まず幸運の女神に気づくこと。そして、前髪をしっかりとつかむことが必要なのだ。その為にまずやるべきことは、《意志の力》を信じて、目の前の一日一日を大切に積み重ねる覚悟を持つこと。



そして、物事をシンプルに考える癖をつけること。だから、《当たり前のことを当たり前に徹底してコツコツやり続ける》を日頃の行動の根本にすればいいのだと思う。



これはあくまで余談だが、ユーロ圏のみならず世界経済に大きな波紋を投げかけたギリシャ財政危機。もしも、このことわざが古代ギリシャのものなら、時間の経過とともに、現代のギリシャ人はその意味を誤解してとらえてしまったのかも知れない。



わたしは人の生活、人生は、偶然性や想定外の出来事がたくさん散りばめられた物語だと思っている。そして、得てして人生の大きなターニングポイントにはそれらが絡んでいることが多いように思う。



また、その偶然性や想定外、良く言えばチャンス(時にはピンチの場合もあるが・・・)を「そのタイミングで」「その先に」活かせるかどうかはやはり《意志の力》にかかっていると言えるのだろう。



ただ残念なことに、わたし達はついつい自分の都合で色メガネをかけてモノを見てしまうことが多い。そのメガネの色が自分の目の前に現れた幸運の女神の姿を消してしまって、気づかないことがしばしばあるのかも知れない。



仏蘭西亭の壁時計の針は10時を回っていた。オーナーシェフの田村が二人のテーブルに近づいて来た。



「今晩のコースメニューとグラスワインの相性はいかがでしたか。満足して頂けましたか、おふた方とも・・・」



わたしの方にさり気なく視線を向けながら田村が言った。



「ちょいとチャレンジしましたねっ、マスター。ワインをいつものバッカス種のブドウの中甘口からオルテガ種のブドウの甘口に変えましたか?」



「そして、今日のグラスワインは、もしかしたら、ヘアゴッツ・トレプヒェン《神様の滴》だったのかしら・・・?」



「さすが、ワイン好きの野呂さん。その通りです。デザートワイン系なので甘すぎなかったか、お料理とのバランスはどうだったのか、少し気になりまして・・・」



「《神様の滴》はわたしの好きなワインだし、相変わらずお料理も美味しかったわ。わたしだけのことで言えば、全然、問題なしですよ」



由美子は二人の会話をただ聞いているだけだった。確実に会話の外側にいた。わたしと田村の姿は、自分とは別世界の住人が会話をしているように由美子には映っているのかも知れない。



そして、由美子の言葉を借りれば、多分、こうなるのだろう。正に自画自賛だが、野呂愛美、このオバチャンは得体のしれない「最強オバチャン」だと・・・。



つづく



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