登場人物:黒田純一(クロダジュンイチ)、昭和60年9月10日生まれ、山口県下関市出身、血液型B型、独身、趣味はマージャンとパチンコ、Palor Dream総武店のホールリーダー
登場人物:野呂一男(ノロ・カズオ)、昭和31年9月3日生まれ、熊本県八代市出身、血液型O型、関西学院大学大の経済学部経済学科卒、愛美の旦那 二児の父、愛煙家、趣味は読書とテニス、愛車はシルバーのJAGUAR XJ LUXURY、仕事はフリーの文筆家&人材育成コンサルタント
登場人物:山下 通(ヤマシタ・トオル)イタリア料理AMALFIオーナーシェフ 一男の高校三年生の時のクラスメート、友人歴は約40年に近い
近藤 武(コンドウ・タケシ)Palor Dream戸田店のホールリーダー
◆純一は最強オバチャンと夜の街をドライブした
今日も一日、早番で慌ただしくホール内を動き回った。仕事の合間に常連の元気なお年寄り軍団とは冗談を言い合い、いつもよりトイレの掃除に少し時間をかけて便器をピカピカに磨き上げた。
お客さんに少しでも快適に気持よく遊んで貰うために、限られた範囲ではあっても、自分の仕事に責任を持ち、プライドをもって働くように心掛けている。職業に貴賎などない、それがわたしの信条だ。
先週の『社長のWebメッセージ』で社長が引用した言葉が記憶に残っている。それは京都にある日本電産の創業社長永守重信さんの言葉らしいが「人が何と言おうが、この仕事が俺の天命、天職だと惚れ込んでやれば、必ず上手くいく」というものだ。多分、うちの社長が愛読している月刊誌の『致知』の中から持ってきたのだろう。
うちの社長もパチンコ店の経営を天職だと思ってやっているそうで、自分はパチンコという遊技に惚れ込んでこの業界に入った。そして、他人が何と言おうがパチンコ産業は世の中になくてはならない産業だと信じて経営していると言っている。
現実として、換金問題や遊技機の廃棄問題、パチンコ依存症、幼児の車輌放置など、産業が抱える問題は幾つもある。しかし自分の仕事にプライドを持ち、遵法営業をしながら、精一杯お客さまを「もてなす」ことが自分の天命なのだと言っていた。
パチンコ産業は時間消費型産業と言われるが、その実は、やはりギャンブルと言えるだろう。人の欲得が基本にあることは間違いない。
そして、お客さんの利害と経営側の利害は一致しない。お客さんに負けてもらわないと成り立たない。そのことを分かった上で、平たく言えば、どんな遊技環境で、どんな負け方をして貰うのが一番いいのかそれぞれの立場で考え、それぞれが実践して欲しいという社長のメッセージは的を得ているとわたしは思っている。
だから、わたしはそんな社長が好きだし、その思いの一部をホールの中で具現化するのがわたしの使命だと思っている。自分の仕事に責任とプライドを持てない人間をわたしは信用しない。わたしは、「たかがクリーンキーパー、されどクリーンキーパー」だと思っている。
休憩ルームの置時計は夕方5時半になろうとしていた。
わたしはタイムカードを押し、私服に着替えてスタッフの休憩ルームで一服し、雑誌を読みながら車で出る頃合いを見計らっていた。今日は「結婚記念日」、旦那と二人で夜7時から恒例のメモリアルディナーをする約束になっている。
早いもので、もうすぐ25周年の「銀婚」がやってくる。いろんなことがあったが、とにかく、健康で当たり前に夫婦を続けられたことに感謝している。
世の中はこの当たり前がなかなか難しいようで、わたしの周りの十数組のカップルは既に撃沈した。
癌などの病気や不慮の事故は神のみぞ知るところ、人為を越えた話なのでどうしようもない。しかし、実際はお互いの我儘やコミュニケーション不足に原因があるケースが多いようにわたしは感じている。修復可能なわずかな亀裂が、怠慢と時間の蓄積で大きくなり、結果、価値観の相違ということで袂を分かつ夫婦が増えたように思う。
休憩ルームに早番ローテーションで入っていたホールリーダーの黒田純一が入ってきた。
「お疲れさまです、オバチャン」
「お疲れさま、純一くん」
「今日も相変わらず忙しかったですね」
「そうね、でも、ありがたい話しよ。お客さんはうちの店を選んでくれて、わざわざ遊びに来てくれてるんだから・・・」
そう言いながら、わたしは社長の言葉をふと思い出した。
「純一くんは今日は早番だから、もうとっくに帰ったと思ってた」
「いや~っ、明日が休みなんで、今日の夜は戸田店の連中とめし食ってマージャンなんです」
純一はマージャンが好きで、噂ではプロでも食べていけるぐらいの腕前と聞いている。
Palor Dream総武店には純一クラスの打ち手もいなければ、そもそもマージャンができるスタッフが殆どいなかった。
そんなこともあり純一は、時々、Palor Dream戸田店へ遠征してスタッフとマージャンを打っているらしかった。戸田店には純一に匹敵する腕の社員が一人いて、その他に大学生のアルバイトスタッフでマージャン好きが二人いた。
そのメンバーで卓を囲んでいた。戸田店はDreamグループの中では総武店に二番目に近い場所にある店舗だった。車の混み具合にもよるが、朝夕のラッシュ時を除けば、だいたい30分くらいで行ける場所にあった。ただ渋滞に巻き込まれると約1時間を覚悟する必要があった。
「そうだったの。それで、戸田店には車で行くの?」
「いいえ、僕のボロ車、トラブってて、いま知り合いの修理工場に入れてるんで今日は電車で行くつもりです」
「その食事会は、何時から?」
「7時頃、戸田店の近くの“吉牛”に集合って・・・」
「あっ、そう。わたしも同じ時間に戸田だから、じゃ~、私の車に同乗する?電車代うくでしょ」
私は笑いながら言った。
「えっ、オバチャンも今から戸田に行くんですか」
「今日は結婚記念日なんで、戸田にあるイタ飯のお店、AMALFI(アマルフィ)で旦那とメモリアルディナーなのよ」
「あっ、そうですか~。へ~っ、なんかオシャレですね」
純一は少し驚いた顔をして、かすかな憧れを感じているような口ぶりで言った。
「まあ、うちの夫婦の長年続いてる恒例行事なんでね。だから今日の旦那の出張は東京トンボ帰りよ」
「旦那さんも偉いですね」
「うちは、かれこれ25年近く夫婦やってるけど、まだ夫婦間にすきま風は吹いてないからねっ」
「いいですねっ。僕もそんな相手と巡り逢いたいですよ。なかなか旨くいかないですけど、僕の場合・・・」
純一は憂いを含んだ表情を見せた。そして、言葉を続けた。
「僕、オバチャンに相談したいことがあるんで、車に乗せて貰っていいですか。移動中、カウンセリングお願いしたいんで」
「いいわよ。今の時間帯は、絶対に、混んでるから・・・1時間は聞けると思うわ。じっくりと純一くんの話を聞いてあげましょう。お安い御用よ」
わたしはそう言うと、いつものように自分の胸をポ~ンと叩いてみせた。そして、二人で立体駐車場の屋上へ行き、愛車の赤のPolo GTIに乗り込んだ。
「オバチャン、結婚記念日は毎年そのAMALFIって決まってるんですか?」
「ええ、そうよ、この20年ね」
「その理由(わけ)を聞いていいですか?」
純一は少し遠慮がちに言った。
「どうしようかな~っ、ん~、理由、想像して当ててみてよ、純一くん」
「え~っ、そんなのわかんないですよ」
「そう言わずに、少しは想像力を働かせてさ」
わたしはちょっとした意地悪おばさんの気分を味わいながら言った。
「普通に考えれば、料理が美味しいから、店の内装や雰囲気が気にいってるから、特別なワインがあるから、他には、シェフと親しいから、初デートで行った店だから、結婚披露パーティーをした店だから・・・、あたりが理由でありそうなんだけど・・・」
「二つは当たってるね、でも残念ながら、もっと核心の答えがあるんで、半分だけピンポン!だね」
「えっ、半分?じゃ~っ、ほかにどんな理由が・・・?」
「ならば、回答しましょうか」
純一はわたしがどんなことを言い出すのか興味津々の様子だった。
「その答えは、新婚旅行で行ったところとお店の名前が同じだから」
「えっ、AMALFI(アマルフィ)って、もしかして、地名ですか?」
「そうよ、アマルフィは、南イタリアのカンパニア州にあるの。ローマ帝国時代、イタリアで最も早く貿易海洋都市として栄えた古都。アマルフィ海岸の中心地ね。そして、有名な観光地なの。まわりは断崖絶壁の海岸で、建物を上へ上へって建て増して断崖にへばりつくように建物が密集しているのが特徴ね。アマルフィ海岸は、ユネスコの世界遺産に登録されてる綺麗な海岸よ」
「へ~っ、そうなんだ。新婚旅行はイタリアだったんですね」
「いやっ、その言葉のニュアンスは正しくないわね」
「えっ?」
純一は不思議そうな顔をして言った。
「新婚旅行がイタリアっ言ったらローマとかナポリとかいろんなとこに行ったみたいじゃない」
「そうなんでしょ」
「No!それが、違うのよ」
純一の表情の不思議さの度合いが、一層、増したようにみえた。
「違うって・・・?」
「うちの旦那とアマルフィのHotel L’Antico Convitto(ホテル・アンティーコ・コンヴィット)にず~っと1週間泊まってたのよ。そして、ホテルを拠点にそこの住人みたいに普通に生活したの。旦那はパソコン持参で仕事をしてた。ほとんど別荘に来てる感じだよね・・・」
純一はわたしに断ってドアウインドウを少し開けて、タバコに火をつけた。ピース独特の少し甘い香りがほのかに車内に漂った。
「でもそれって、結構、オシャレですよね」
純一がタバコの灰を灰皿に落としながら言った。
「それが、あの頃のうちの旦那の夢だったの。それに付き合わされたのよ。わたしは、旦那の夢を一緒にみて、それからずっと旦那の人生に付き合って来てるのよ」
「なんか、そんな風に言うと、ロマンチックな物語を語ってるって感じですね」
「あら、そ~おっ。かっこよすぎた!?」
わたしは笑いながら言った。
「でも、人間にとって夢って大切ですよね。夢を食べて生きてはいけないけど、夢のない生き方って虚しいですよね」
純一はぼそっと独り言のように言った。
わたしはBGMに山下達郎のアルバム「JOY -TATSURO YAMASHITA LIVE-」をかけていた。ビーチボーイズのカヴァー「GOD ONLY KNOWS」が終わり、「 メリー・ゴー・ラウンド」が流れ出した。
『真夜中の遊園地に 君と二人でそっと忍び込んで行った
錆びついた金網を乗り越え 駆け出すといつも月が昇ってきた
心は粉々に砕かれ 失くしてしまった
幻のメリー・ゴー・ラウンド 愛さえ
亜麻色の月明の下で 僕達は笑いながら愛しあった
色褪せた水玉のベンチは 滅びゆく時の匂いしみついてた
きっと生まれかわる 今なら
もう一度だけ動き出せメリー・ゴー・ラウンド
目を覚ませユニコーン』
「この曲は山下達郎のメリー・ゴー・ラウンドでしたよね」
「そうよ」
「なんか、歌詞がキツイですね、今の僕には・・・」
「なんかあったの?」
「ふっ、僕、この前、彼女と分かれちゃったんです」
純一はため息とともに小さく肩を落としながら弱々しく答えた。
「そうなの・・・」
純一は音楽を聴きながら、総武アイランドパークの方へ視線を向けた。その姿は開けてしまったパンドラの箱の片隅をそ~っと覗き込んでいるようだった。
「半年くらい同棲してて、結婚も考えてたんですけど・・・」
「別れた理由(わけ)は・・・?」
「俺が彼女の気持ちを読めなかったから・・・でしょうね」
「気持ちを・・・ねぇ~。まあ、なかなか読めないけどねっ」
少し冷ややかな口ぶりでわたしは言った。
頭の中には「女ごころと秋の空」という文字が浮かんでは消えを繰り返していた。
「それに、会社でやったEQテストの点数も自分の予測よりかなり低かったんですよ、僕は・・・」
「EQって、こころの知能指数って言われてるあのEQのこと」
「ええ、そうです。そのEQです。僕は特に、他者の感情の知覚が駄目みたいで」
「そうなんだ」
「彼女の別れとEQでダブルなんで、最近、仕事でリーダーって役職を貰っているけど人間関係とか対人関係とかに自信がなくなってきてて・・・」
純一が相談したかったのは、この辺のことだとわたしは思った。そして、できるだけ話を聞きながら、具体的なアドバイスをしてみようと考えていた。
「オバチャン、人生いろいろですねっ」
「お千代さんも歌ってるでしょ。人生いろいろ、男も・・・」
「えっ!?それ誰ですか?」
「島倉千代子よ」
「シ・マ・ク・ラ・チヨコ・・・?」
「知らない、天下の美空ひばりと並ぶ昭和歌謡の歌姫よ」
「僕は昭和60年の生まれですから・・・」
「そうか~っ、平成の時代に生きてんだよね」
「美空ひばりなら分かりますけど・・・」
「そうねっ、最近、歌マネ番組で青木隆治がよくやってるし・・・」
「シマクラチヨコは、今度、おふくろに聞いてみます」
「そうして頂戴」
わたしは少し重たくなった空気感を変えるために、わざと、たわいない話題に持っていった。
「人生いろいろだけど、でも、《山よりも大きなイノシシはいない》のよ」
「えっ!?それ、何ですか」
純一はわたしの話に着いてくるのにあたふたしている様子だった。
「純一くんはまだ若いけど、それでも過去に幾つか試練があっただろうし、それを乗り超えて、今があるわけだよね。試練ってそれを恐れる自分、逃げたい自分がいると、自分に与えられたモノよりも、実際のモノがドンドンと大きく見えてくる性質のモノなのよ」
わたしは言葉を続けた。
「《山より大きなイノシンは出ない》言い換えれば 《神はあなたが耐えられないような試練に遭わせる事はしない》ということ。そして試練と共に、それに耐えられるように逃れる道も備えてくれているものよ」
わたしは一拍おいて、わざと語気を強めながら続けた。
「これは、《人に起こる事は必ず自分の力で解決できる事しか起こらない》という教えに基づいた言葉なの。全ての試練、悩みや苦しみは、一気に、綺麗さっぱり魔術のようには解決はしない。だから、ひとつひとつ心を込めて取り組むことが大切なの」
「やっぱ、そうなんでしょうねっ!」純一はふっと一息はいて、自分自身に言い聞かせるように言った。
◆愛美はユングのタイプ論の存在を純一に伝えた
夕方の道路は予想以上に渋滞していた。この調子だとAMALFI(アマルフィ)に着くのは7時を少し回ってからかも知れないとわたしは思った。
「あっ、あそこのセブンイレブンでコーヒーでも買おうか。ついでに旦那にケータイしたいから」
「ええ、いいですよ。僕も戸田店の近藤くん少し遅れるって連絡入れますんで」
「よし、じゃー、車、入れるね」
「はい」
わたしは、旦那の一男にちょっと遅れそうだと連絡を入れた。
オーナーシェフの山下通と一男は高校三年生の時のクラスメートということもあり仲がよかった。高校を卒業し、料理専門学校を出て、山下がイタリア料理のシェフを目指してイタリアへ修行に行っている頃からずっと交流が続いていた。
そして約20年前に山下が独立して今の自分の店を出すときに店のネーミングを相談されて、《AMALFI》を提案したのは一男だった。
「純一くんはカール・グスタフ・ユングっていう、スイスの心理学者の名前聞いたことある?」
「ユングですか?この前の社内のリーダーシップ研修でその名前を聞きました」
「それって月に1回やってる幹部研修ねっ」
「そうです。リーダー以上の役職者が対象の・・・」
「で、ユングの何を勉強したの」
「言葉が結構むずかしかったのでハッキリとは憶えていませんが、無意識とシンクロ何とか・・・っていうことだったと・・・」
「それは、無意識とシンクロニシティじゃない?」
「ああ、そうです。そのシンクロ・シティーです」
「ちがうちがう、シ・ン・ク・ロ・ニ・シ・ティよ」
「その舌噛みそうなヤツです」
純一は面倒くさくなり、正確に言うことをあきらめた様子だった。
「で、研修の内容は」
「ん~、部分的にしか憶えていません。それじゃ駄目なんでしょうが・・・」
「ならば、共時性とか同時協調性とかいう言葉を聞かなかった?」
「ああ~っ、聞きました。そして、因果律では説明できない現象・・・とかいうのは憶えてます」
「その因果律の言葉の意味は分かる?」
「因果律は、因は原因。そして、果は結果。律は法則とかきまりだから、原因と結果の法則てな感じですか?」
「ピンポ~ン!正解。原因があるから結果がある。何らかの結果には必ずそうなった原因がある。そういうことね」
「ああ、良かった。社内研修を受けててなんにも身についてなかったら会社から怒られますからね」
純一は少しほっとしたような表情をみせた。
わたしは、以前読んだ『占いとユング心理学-偶然の一致はなぜ起こるか-』(秋山さと子著)の本の中身を喋ってみようと考えた。
「じゃー、復習みたいなものだけど、人間は、根本的に異なった二つの法則に左右されていると言われているの。一つは今いった、因果律の法則ね。客観的な世界は因果律の世界だと理解してくれればいい。そして、もう一つは主観的な世界ね。ここでは、主観って心の中の“事実”って理解しておいて。主観的な世界では、人は同じような体験をしても個人によってその捉え方は異なる。これは普通に考えてそうだよね。しかも、体験した人にとっては“事実”であったとしても、場合によっては、客観的に説明することができない場合も多いのは理解できるよね。その主観の世界と客観の世界が一致するのがシンクロニシティよ。一般的な表現では“偶然の一致”だね」
「そうそう、そんなことを言ってました、講師が・・・」
「もっと具体的な例を挙げれば、街角に立っているときに、ふと、『赤い車が通りそうだ』と思ったとたんに、実際に目の前に赤い車が通って行くとか、長いこと会っていなかった友人のことを思い出した時に、その友人から電話がかかってくるような現象のことだね」
「ああ、講師もそんな例をあげていました」
「じゃー、次は無意識についてね」
純一はちょっとした前知識を研修を受けて持っていたので、わたしの話に一層興味が湧いてきたのか、真剣な顔をして話を聞きだした。
「続きだけど、たとえば空から見ることができたならば、赤い自動車がこちらに向かっていることは見える。しかし、実際には、わたし達は天からの目を持っているわけじゃないでしょ。だから見えない角から赤い自動車が来ることは知り得るはずがないのよね。ところが無意識のある部分で、そのことがわかっていたとしたら、赤い自動車がくるということが、意識に浮かんでくることがある。そうすると、思ったことと現実が一致するというようなことが起こり得るはずだよね」
「そういうのって、たまにありますよね」
純一が言った。
わたしはここで一息入れて、そして、さらに喋り続けた。
「この超越的な力は神様ということもできるかもしれない。しかし、ユングは、一般に言われるような、自分以外の超越的な存在を神とするのではなく、自分の無意識の中にそうした“超越的な力”があると考えた心理学者だったわけよ」
「そう、そう、そうでした。その無意識に、いろんなタイプの“元型”があるんですよね。賢い老人とかグレートマザーとか・・・」
純一はノリ気味に早口で言った。
「純一くん、断片的にはそこそこ、憶えてるじゃない」
「いや、オバチャンが記憶の前後を言ってくれるんで、何となくおぼろげにある記憶が蘇ってきてるだけです」
純一は誉められて嬉しかったのか、明るく答えた。
わたしは、最後に、このことは正確に言っておきたかったので、ゆっくりと丁寧に喋った。
「シンクロニシティに関して、このことはしっかりと覚えておいて欲しいから言っとくね。もし、《こうしたい、ああしたい》って念じてその結果そうなったとしたら、それはいわゆる超能力とか念力って話になるわね。シンクロニシティの場合には、そこにはまったく自分の意志が介在していないという特徴、条件があるの。つまり、無意識の中の何かが外の現実と呼応して動くからで、意識的なものが動くわけじゃないのよ。そこを誤解しないようにね」
「わかりました。僕は、以前、マーフィーの法則って言葉が流行った時に『マーフィーの黄金律』(しまずこういち著)って本を読んだことがあるんです。それには、“こうなりたい”という具体的な自分の姿を想像して前向きに日々努力することで、自分の人生の目的を達成することができる・・・って書いてあった。そんなのとシンクロニシティは別物ですね」
「そう、シンクロニシティって、いわゆる自己啓発本にある教訓や教え、成功法則とは全く違うたぐいの話だと捉えとくべきね」
「純一くん本題に入ろうか」
「オバチャン、お願いします」
「話を整理すれば、彼女との別れとEQテストの成績のダブルパンチで、人間関係とか対人関係とかに自信がなくなった。だからリーダーって役職も重たく感じてきた・・・ってことだよね。“自信喪失”ってわけね」
「ええ、一言でいえば・・・そうです」
純一は素直に答えた。
「“自己崩壊”まではいってなさそうだけど・・・」
「そこはまだ大丈夫です。マージャンやれますから・・・」
純一は笑いながら言った。
「人間関係や対人関係を良好に保つ為に知ってて役に立つこと。その一つに相手の性質や気質の傾向、感情や行動パターンを自分が分かってるってのはありだよね」
「ありです、ありです。僕はそこが不得意なんですから・・・」
純一はわたしの話にさらにのってきた。そして、助手席からの彼の視線がわたしの方にあらためて向け直されるのをはっきりと感じた。
「そして、その傾向分類に血液型が付いていれば便利だよね」
「そりゃ、便利ですよ。A型とかB型とかでしょ」
「そうよ、ABO型の血液型ね」
「だって血液型だったら気軽に誰にでも聞けるじゃないですか。相手も簡単に教えてくれるし・・・」
目を見開き首をわずかに縦に振り、一人で納得している純一のようすがわたしには少し滑稽に見えて可笑しかった。
「わかった。もうすぐ戸田に着くから、純一くんの休みあけの明後日、ユングのタイプ論と血液型を関連させて整理したレポートを渡すわ。わたしがネットや本でいろいろ調べてまとめたやつをね。わたしネットサーフィンしていろんな情報をパクるの旨いから・・・」
「ありがとうございます。助かります」
「それと、最後にひとつ言っておくね」
「えっ、何ですか・・・?」
「医学や心理学おいて、いわゆる科学的にはABO型の血液型分類と人の性質や気質の関係性はほぼ99%否定されている、という事実」
「ああ、そうなんですか」
純一は余計な推測をすることもなく素直に言った。
「だから、わたしのレポートは、ある意味、科学的ではないってことを了解していて欲しいの。血液型に関しては“血液型占い”の感覚で受け止めて欲しいのよ」
「ユングのタイプ論の分類ごとに当てはまりやすい血液型を書くけど、まずは、それを絶対だと思っちゃ駄目よ。だから、ユングのタイプ論でいう○○○タイプに多い血液型は○型って読んで欲しいの。あくまで傾向であり確率ね。絶対に、反対に定義しちゃ駄目よ。血液型○型の人はユングのいう○○○タイプだ、と読むとその思い込みが逆にマイナスになるから」
「わかりました。そのことは肝に命じます。楽しみにしています」
純一は軽く微笑ながら、両手の拳をぐっと握り、期待感を込めた明るい声で言った。
わたしは戸田店で純一を降ろして、AMALFIに向けて車を走らせた。そして7時15分を少し回る頃にAMALFIの駐車場に着いた。そこには一男の愛車、シルバーのJAGUAR XJの姿は見当たらなかった。一足先に着けたことに安堵していた。
AMALFIの壁に掛けられた時計の針はもうすぐ9時になろうとしていた。今年の結婚記念日のメモリアルディナーもいつものように楽しく終わろうとしていた。シェフの山下は食材、味付け、色味、そして器の形や柄にまで徹底してこだわって、世界に一つだけのオリジナル・スペシャル・ディナーをわたし達の為に出してくれた。
「今日も使わせて貰ったけど、愛美のあのレポートけっこう好評だよ」
一男が言った。
「あら、そおおっ。タイプ論と血液型のやつね。嬉しいわね~」
「いつでも出せるように、USBメモリーでカバンに入れて持ち歩いてるよ」
「わたしのレポート、結構、活躍してるのね」
「してる、してる。ちょいとした話しネタで重宝してる。だから、愛美には感謝してますよ」
「しかしカズオ、愛美さんのそのレポートってそんなに好評なのか?」
「結構ねっ。中身がそこそこ当たってるらしいんだよ。ABO型の血液型と人の性質や気質の関連性は科学的には否定されてるけどね」
一男が言った。
「俺は、世の中の科学万能主義に疑問がある方だからなっ。科学的に解明されてることって、地球レベルで言えばほんの数%なんじゃないのかねぇ~。愛美さん、そう思わないかい?」
「わたしはその意見に賛成派の立場だわ。どちらかと言うと、神秘主義者だし占い大好きだし・・・」
「なあカズオ、お前が持ってる愛美さんのそのレポート、俺にも見せてくれよ。今、データあるんだろ。奥の事務所でプリントアウトしてきてくれよ」シェフの山下は事務所の方を軽く指さしながら一男に言った。
「ああ、いいぜ。でもトオル、愛美から拝読料を請求されるかも知れないぜ」
「トオルくん、これが愛美先生が整理した噂の超人気レポート。どうぞ!」
一男はそう言うと、コピー用紙をシェフの山下に手渡した。
《外向と内向》
外向的性格とか内向的性格とか、よく使われます。明るい人や社交的な人には「外向的」、少し内気な人や暗い感じの人には「内向的」といった具合に。多分、内向とか外向とかを性格心理学に持ち込んだのは『タイプ論』が初めてだと思います。しかし、ユングが言う内向・外向というのは世間で流布しているイメージと少し違います。
《内向》
関心が内に向かい主観的
孤独で外部の世界から身を守る
自分の考えを表現するのが下手
自信が弱い
他人に無干渉
他人がいると仕事ができない
仕事を引き受ける前に責任を感じる
存在感が強い
意外に頑固
《外向》
関心が外に向かい客観的
社交的で自分の殻に閉じこもらない
自己表現が得意
自信が強い
他人に自分と同じ行動を要求しがち
他人といたほうが仕事ができる
責任を第二にしてもチャンスは逃さない
意外に存在感が薄い
周りに流されやすい
これを見ると一般的な内向的と外向的と変わらないように見えますが、決定的な差はリビドー(ユングの場合、人間の活動の原動力。精神的エネルギー。)が自分に向かうか、対象に向かうかで分けています。
明るいとか内気だとか社交的とかはあくまで表面的な結果的な特徴でしかないんです。単に内気に見える人でも、いつも他人の顔色や反応をうかがっていて、周りの人の評判とかを気にしているような人はむしろ外向的なんです。
なぜかというと、リビドーは他人のほうに向かっているから。内向的な人は「内気」がむしろ自然な状態の上、他の人のことはあんまり気にはしていないで、自分の内面のほうに関心が行ってしまうから「内気」な雰囲気になってしまうだけのことなのです。
逆に社交的でよくしゃべる人でもよく観察して見るとあまり人の話を聞いていなかったり、「笑顔のポーカーフェイス」な人がいたりしますが、そんな人は内向的だと思って良いでしょう。ひたすら自分からしゃべったり、笑顔を作ることで逆に他人を自分の内面に寄せ付けないようにしているんですね。
《補償》
次の性格概念に進む前にもうひとつ押さえてほしいことがあります。それは「補償」という働きです。実は、どんな人でも内向と外向の両方を持っているんです。
普段は内向的性格の人は外向的側面が、外向的な人は内向的側面が押さえつけられています。が、何かの拍子で押さえがなくなったりすると、ヘンな形で(しかも突然)表れたりするんです。そうすることで心のバランスを保とうとする作用が「補償」です。
普段は静かな人が酔っ払うと大暴れしたり、いつも明るい人が失恋のショックで何日も引きこもったりとか、という人を見たことがありませんか。
実はこれが補償なんです。補償によって表れるのは普段抑圧している苦手な側面ですから、コントロールできず、本当に外向的あるいは内向的な人に比べると極端で強烈な表れ方をします。
《人間の四つの機能》
ユングは内向・外向からさらに進んで、人間だれしも持っている機能に注目しました。その人間の機能とは「思考」「感情」「感覚」「直観」の四つです。まず、四つの機能それぞれについて説明しましょう。
「思考」は一般的なイメージのとおりだと思ってよいでしょう。物事や自分の考えなどを筋道を立てて考える機能です。
「感情」は感情表現が豊かで、かつ感情のコントロールに関係します。つまり、どうした局面ではどんな感情を使うか……とか。物事の判断の傾向としては好き・嫌いが判断のポイントとなります。
「感覚」は五感を使い、快や不快などを重要な決定要素としています。
「直観」はいわゆる「カン」なのですが、ユングに言わせると、直観とは無意識下での総合的な判断のことで、無意識の領域から突然現れるように見えることから「閃き」のように見えるのだとか。
これらの四つの機能にはそれぞれ対立関係があります。
思考←→感情、感覚←→直観……という対立関係です。ま、平たく言えば、論理的に考えるときには感情的な要素は入り込めないし、感情は論理的に捉えがたい。また、感覚的に細部にこだわろうとすれば(感覚)、総合的な判断(直観)はある程度犠牲にしなければならないし、その逆もまた然り……とでも、理解していただけたらと思います。
さらにユングはこれらの四つの機能が内向的・外向的に表れることで「性格のタイプ分け」を行いました。その中で、特に自分が最も得意とするものを主機能、最も苦手とするものを劣等機能と呼んでいます。
●外向的思考タイプ(AB型に多い)
このタイプの人は頭が良いです。現実社会で勝ち抜ける人ナンバーワンといったところ。いろいろな知識とか情報とかを上手に整理して計画的に活用できる人です。
テストなんかもゲーム感覚でやって、またそれが上手くいく。行動力や実務能力もありますからグイグイ人を引っ張っていきます。実際、政治家をはじめとして官僚や役人、医者や弁護士などの社会的エリートに多いといわれています。
しかし、このタイプの人は内向的感情が劣等機能にあたるため、内面的な心情や理念・信条といったものがとっても弱い! 映画を見たり音楽を聴いたりしても評論家みたいなことは言うのですが、自分の言葉で感想が言えない。というのも、このタイプにとっては「自分がどう思うのか」とかよりも、外界の現象こそが重要で、それについて如何に「合理的に」対処するかを重視するリアリストであるためです。
こうしたことから、外見的には人間くささがなく、冷徹な雰囲気を漂わせることもあります。
ただ、劣等機能の力で逆に、極端な理想主義に走ることもありますが、その場合は独善的で不寛容な言動を取ることも多いです。
また、このタイプの人はマザコンになりやすいことでも知られています。というのも、内向的感情は誠実な愛情を喚起させるのですが、気をつけないとそれが母親へと向かってしまうから※。ただ、それさえ気をつければ、案外、家族や身内とかには優しい人になれる……かもしれません。口に出したりしないからわかりにくいですが。
●内向的思考タイプ(AB型に多い)
このタイプは独特の考え方を持っています。あまり現実的なことには関心が行かず、あくまで自分独自の理論や方法、思想を打ちたてようとします。現実の動きに左右されることなく、抽象的な問題を解明しようとします。
また、自分の信念に関しては絶対的といって良いほどの確信を持っています。一般的なイメージとしては哲学者や数学者をはじめとした研究者とかかな。実際、キルケゴールやカント、ニーチェなんかはこのタイプだったのでは、といわれています。
このタイプの人は頑固で人付き合いもあまり良くないので誤解されがちですが、基本的に誠実で穏やかな人なので信用できる人です。ただし、考え方が抽象的すぎたり、浮世離れした思索にとらわれたり、どうどう巡り的な思考に陥ったりすることも珍しくないので、このタイプに分類された方は少しは現実にも目を向けてくださいまし。
このタイプの劣等機能は外向的感情になります。知らない人とかには、はっきり言って愛想が悪いのですが、親しい友人とか恋人、あるいは評価してくれた人には非常に親切になります。
が、その愛情がトンチンカンでしつこくて、的外れなことが多い。このタイプの人の優しさは「雌ライオンが人間の子どもにじゃれ付くようなもの」と形容されてもいるのですが、つまり相手の迷惑お構いなしに親愛の情をぶつけたりするんです(それを下手に指摘すると逆ギレする恐れがあるのでご注意ください)。
また、普段静かなのに批判さるとムキになったり、酔っ払うと恥ずかしいことを連発するのもこのタイプに多いようです。
●外向的感情タイプ(O型に多い)
このタイプの人は他人の感情を読み取り、自分の感情をコントロールするのがすごく上手です。楽しいことがあれば一緒に笑ってくれるし、悲しいときには愚痴をよく聞いてくれるし、しまいには思わずもらい泣きしたり。だから、組織とかの潤滑油役やコンパとかの盛り上げ役にピッタリだったりします。他人に対してもごく自然に優しく接するし、初対面の人との会話にも自然に溶け込んでいったりするから人気もあります。
でも、このタイプの人、TPOに応じた自分の感情コントロールが上手すぎて、えてして八方美人とか裏表の激しい人とかという陰口をたたかれたりもします(ついでに言うと、身内には意外にクールだったりする)。
それに何か他人に合わせないと不安になるということから何でもかんでも他の人に合わせようとする傾向も見られます。というのも、自分の内面を考えるための機能である内向的思考が劣等機能だからです。
ふっと、一人になって自分を振り返ると「お前(自分)は駄目なヤツだ」とかという自虐的な思考に囚われてしまう。これから逃げようとして友達に合わせて、遊びに行っているうちはまだいいのですが、それが嵩じてくると一種の被害妄想に進み、攻撃の矛先が自分から他者へ進むこともあります。
また、劣等機能の反動で哲学とかに手を出すことも多いのですが、さっぱりわからずにすぐに飽きたり、付け焼刃の知識で馬鹿にされたり、ある思想や宗教を狂信的に信じ込んだりすることもあります。
何だか悪口ばかり書いたような気がしますが、補助機能を生かし、劣等機能をある程度コントロールすればリーダーとしてピッタリかもしれません。外向的感情タイプの人には親分肌・姉御肌の人も多いという話も聞いたことがあります。
●内向的感情タイプ(O型に多い)
このタイプを一言で言い表せばツンデレです。感情タイプなので豊かで激しい感情を持つと同時にそのコントロールに長けているのですが、それがなかなか表面に出ない。クールを通り越して、感情そのものがないんじゃないかとさえ思ってしまう。でも、心の内側にはパトスが激しく燃え盛っています。
そのため、この機能が強い人は神秘的なイメージやモラリスト的・宗教家的印象を与えるのですが、ある程度の社会性を身に付けていると、穏やかで優しい雰囲気を醸し出します。
そして、その情熱と愛は広く人類的なものに向けられることが多く、看護師や社会福祉活動、ボランティア活動などに向いているのがこのタイプだと言われています。もっとも、人や物に対する好き嫌いが激しいので、嫌いな人に対しては本当にけんもほろろですが。イメージとしては常に穏やかで少しのことでは動じない人やクールなんだけど、さりげなく優しい人、またはふとしたきっかけで情熱の輝きを見せる人……といったところでしょうか。
ただ、このタイプの人を個人的に好きになる(つまり恋愛感情を抱く)と一寸大変です。というのも、近寄ろうとすればするほど冷たく撥ね退けられる(ように感じられる)。
逆にこの人が人を好きになっても親しくなろうとすればするほどひどい態度をとったりする。要するに好きなんだけど心と態度が一致しないのです。
外向的思考の活動性まで表れるとどんな卑劣な手を使っても「敵」を葬り去ろうとしたり、包丁もって「あんたを殺して私も死ぬ~~!!」と追い掛け回してみたり(この例え、ちと古いか。このタイプの方、くれぐれも噂話には気をつけましょう。
●外向的感覚タイプ(A型に多い)
大雑把に言うと、このタイプにとっては今の現実こそが全て、です。合理性は無味乾燥のようだし、直観は論理の飛躍にしか見えない。
五感を使うことに長けていて、そこからいろいろなものを導き出すことを得意とします。色や音などの微妙な違いを見分けたり、一度会っただけの人の特徴もすぐに覚えたりすることも可能です。そして、その感覚を活用して、日々の生活を十分に楽しむこともできます。
従って、ソムリエにデザイナー、芸術家(特にミュージシャンとか)、技術者に職人などといった職業は天職のようなものですが、実は地味な仕事も確実にこなします。
このタイプが気をつけなければならないことは二つ。一つはあまりに外界にとらわれると外向的感覚の人が持っていた独自のモラルとかも消え去り、下品な享楽家や漁色家になる危険性をはらんでいます。
最悪の場合、ドラッグやアルコールなどへの依存症になることもあるといわれています。もう一つは劣等機能である内向的直観との関係です。このタイプの無意識に潜む内向的直観は原始的で不気味な状態のままです。
これをあまり抑圧して暴発させると非現実的なものが急に現実的に見えてしまう。と言っても、分かりづらいと思いますので、具体的な表れの例を挙げると、UFOやオカルト、果てはカルト宗教といった極端に現実離れした世界に旅立って帰ってこなくなるといった人、いません?
そうした人は抑圧していた内向的直観が爆発したのかも。
もともと、こうした非現実的なものは感覚タイプの人には理解し難い――なぜなら、感覚的世界を超越した世界は、五感によって物事を感じ取るこのタイプにとっては全く不可解な領域でしかない――のですが、あまり外界にとらわれると無意識下の内向的直観がバランスをとるために強烈な力で、非現実的な世界へと引き込もうとするからです。そこまで極端でなくても、なにかのおまじないとかに固執するようになったら危険信号です。
●内向的感覚タイプ(A型に多い)
このタイプも感覚を使うことには長けています。ただ、このタイプの人が見たり感じたりするものは普通の人とは少し違うものだったりします。ユング研究者の間とかでよく例示されるのが、雲が大きな怪物のように見えたり、コップの水から大きな海をイメージしたり、静かな森に行くとから妖精がどこからともなく現れた……とかとか。
一言で言うと、非常にイメージ豊かで空想好きな人です。一目見たものや一寸聞いただけものものからいろいろなイメージを膨らますことのできる、豊かな精神性と芸術性を持った人が多いようです。
そうした訳で芸術家(特に印象派の画家やファンタジー作家)や文字通り晴耕雨読の悠々自適な生活を好む人によく見られますが、私が思うに、結構ごく身近にいるタイプでもあります。
というのも、内向的感覚タイプは自分の中の何気ない日常生活に満足する側面があるので、平穏無事な生活を送れれば、特に冒険的なことをしようともしないので、「大変なときもあるけど、仕事のあと、一杯飲んで、家で寝るまでの間は音楽とかを聴いてゆったりしていれば満足」という人は案外、このタイプだったりするためです。
このタイプの人は一見すると人畜無害でお人好しのように見えることから、いやな仕事を押し付けられたり、野心家の犠牲にさせられることもあります。こうなると、劣等機能の外向的直観が悪さを始める可能性が出てきます。
具体的には、「世の中は汚い。醜い」とか「将来のことは考えたくない」と思うようになり、刹那的な生き方になったり、自分の世界に引きこもって、現実(特に現実的な将来)を直視することを拒否しようとします。
●外向的直観タイプ(B型に多い)
このタイプの人をイメージ的に言えば、「チャレンジャー」です。
このタイプの人にとっては平凡な日常生活は退屈を通り越して苦痛でしかなく、常に新しい可能性を求めて、動き回ることに生きがいを感じる。こう言って良いでしょう。
なにしろカンがよく働くものだから常に新しいアイデアや発想が浮かび、その将来性を探り、周囲にもそれを喧伝してまわります。
このため、ジャーナリストや投機家、実業家や政治家(最近はどうなのかな(笑))などに多いタイプだといわれています。もちろん、ギャンブラーは言うまでもありません。
このタイプの劣等機能は内向的感覚です。前述しましたが、内向的感覚は日常的な生活などから豊かなイメージを膨らますことができるため、平凡な毎日にも満足できるのですが、これが外向的直観タイプには最も苦手で、身体的な幸福なんてさっぱりわからない。
はっきり言えば、食べ物や飲み物は口に入れば何でもいいし、風呂に何日も入らなくても気にならないし、着るもののセンスもなし(ま、服のセンスは直観でもカバーできるけど)。
極端になると自分が疲れているとか体調不良だとかいう自覚すら失い、過労で倒れたり、逆に無意識の内向的感覚が強く働きだして、細かいことが気になって気になって仕方がなくなる。そのため、古典的な解釈では強迫観念や諸々の恐怖症、その他の心気症(心因による体の異常)の原因といわれています。
また、常に新しいものを求めるあまり、アイデアを出すだけ出したら、後は知らん顔(案の実行は完全に他人任せ)とか、非現実的で空想的な提案を出して顰蹙を買ったりすることもあるようです。新しいものや理想を求めるのもいいですが、たまにはゆっくり周囲を見回してみるのも良いものですよ。
●内向的直観タイプ(B型に多い)
このタイプの人もカンが良いのですが、そのカンは外側に向かうのではなく、自分の内側向かうため直観タイプの非現実的な側面が強く現れています。と、いうのも、前にユングの言う「直観」は無意識による総合判断だと言いましたが、内向的直観はその中でも特に「集合無意識※」と呼ばれる領域と強く結びついていると言われていることによります。
要するに、このタイプの人は、普通の人なら心の奥底に眠っているままのイメージがこんこんと湧き出だしているタイプ……といったところです。
そして、このタイプの人がその内的イメージへの直観を発達させるとシャーマン的素質を開花させたり、新しい文化や芸術、思想の先駆者となることもあります。そのため、宗教家や占い師、あとは芸術家(特に詩人に多い)に多いタイプです。
ただ、あまりにも前衛的、あるいはイメージ的でありすぎるため、なかなか世間的には理解されず、よき理解者や宣伝者にめぐり合えないと、または他の心的機能を補助機能として活用できないと単なる奇人変人としか見られなかったりします。そう、生前、ほとんど評価されなかったニーチェみたいに。
だから、埋もれた天才とか、ブラブラしている大人物とか、仙人みたいな人とか、ナントカと天才は紙一重みたいな人とか、一寸……いや、かなり現実から乖離した人もこのタイプには少なくありません。あるいは、天然ボケなんだけど、時々物事の本質について鋭く言い当てる人、といったトコでしょうか(なんだか漫画のキャラに一人はいそうだなぁ)。
このタイプの劣等機能は外向的感覚です。内向・外向を問わず、感覚的なものが苦手なのが直観タイプなのですが、外向的直観が「どう感じるか」が苦手なのに対して、こちらはむしろ感覚を「どう使うか」が苦手です。
具体例としては、いつも見たり聞いたりするものなのにその存在や特徴などに最後まで気付かない……「天然」と呼ばれる人に多いというのもその所以です。また、感覚のズレは時として現実と非現実を曖昧にしてしまうため、なんでもない現象を幽霊やUFOだと思い込んでしまうことも多々あるとか。お化けを見たという人は大抵、このタイプなんだそうです。
シェフの山下は、レポートを部分的に軽く斜め読みをした。10分くらいで読み終え、そして、納得した表情で言った。
「これって、結構、当たってるんじゃないの、科学的かどうかは別問題として・・・」
「そうなんだよ。だいたいそんな反応が返ってくるんだよな」
一男が言った。
「文章の中身はユングのタイプ論だからねっ。そこに血液型をくっつけただけだから」
わたしは答えた。
「さて、愛美そろそろ帰るか」
一男が言った。
「そうね、もうすぐ10時になるし、潮時かな」
「今年の記念日もうちの店に来てくれたことに感謝するよ。ところでお前ら、来年は銀婚だろ。ここで25周年パーティーをパーッとやろうぜ、なあカズオ」
「山下家と野呂家のファミリー全員集合で、完全貸切でなっ」
一男が即答した。
「週末じゃなきゃOK!だぜ」
シェフの山下が笑いながら言った。
こうして今年も結婚記念日の恒例行事が無事に終了した。ワインを軽くしか飲んでいなかったがいつも一男が利用する運転代行を呼んだ。飲酒運転の撲滅は社会生活を営む大人として当然だし、社会の最低限のルールは守るべきだと思っている。
一男とわたしは運転代行の後部座席に座っていた。さっきの渋滞が嘘のように車はスムーズに流れていた。ルームミラーを見ながら運転手が一男に話しかけてきた。
「野呂さん、奥さんと一緒ってめずらしいですね」
運転手が言った。
「たまには女房孝行しないとね」
「ちょくちょくでもいいんだけど・・・」
わたしは笑いながら言った。
「《幸せは忘れた頃にやってくる》ってかっ」
「たまにだから、いいのかもねっ」
一瞬の間があった。そして、一男がぼそっと言葉を飲み込むように言った。
「毎年、スタートラインに戻ってる・・・」
「そう、年に1度、必ず、夫婦の原点に戻ってるわ」
「夫婦やってる間、お互い元気なうちは原点回帰を続けようか・・・」
「そうね、AMALFIでの1週間が二人の原点だものね」
「俺のわがままにお前が付き合ってくれた・・・」
「どうせだったら、あなたが棺桶に入るまで、お付き合いしましょうかね」
「俺の方が先だろうから、そうしてくれればありがたい・・・」
夜の静寂(しじま)の中を、二人を乗せた車は自宅へと向かった。その後方には赤いPolo GTIとシルバーのJAGUAR XJが連なって走っていた。

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。
>「純一くん本題に入ろうか」
>
>「オバチャン、お願いします」
台詞に違和感を感じる
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本文の冒頭あたりの「社長さんの思い」
業界に籍を置く者として、とても共鳴しました。
そんな方の下でのお仕事。
良いですね。(^O^)/
しかし、最後まで読めてません。シリーズを通して、読破の暁には再度、コメさせて下さい。よろしくお願いします。
ピンバック: 名なし漢
最後は血液型占いww結局リーダーの心得は語らずじまいとは…
ピンバック: だだだ
エロ小説かと思った。
ピンバック: 名無し
第1話~第3話まで、いろいろとご意見・ご感想を頂戴しまして、誠に有難うございました。
『パチンコ日報』にあっては、相当に違和感のある、長い文章にもかかわらず、目を通して戴いた方がいらっしゃいましたことに、心より感謝申し上げます。
今回、寄稿させて頂きましたのは、以上の三話です。
今後、もしも寄稿の機会がございましたら、今回、皆様よりご指摘ご批判いただいたことを真摯に受け止め、『パチンコ日報』さまの他の「寄稿」に合わせた文章の分量等を考慮しつつ、創作したいと考えております。
ご一読戴けました皆様、誠に有難うございました。
ピンバック: 作務衣
作務衣様 、とても楽しく読ませて頂きました。
主人公の女性は、とても魅力的で素敵な女性ですね。
また、お逢いできる日を、楽しみにしております。
有難うございました。
ピンバック: fumiokotori