パチンコが廃れ、スロットだけが残った理由は明快だった。釘調整に比べて圧倒的なメンテナンスコストの低さ、そして何より、「利益予測の安定性」だった。スロットの確率計算の方がAIにとって扱いやすかった。
「パンドラV」はただのホールコンではなかった。AIによる精密なデータ解析で、客の好みの台や来店傾向を記録し、設定を最適化した。これらが数学的な確率と心理学に基づいて計算されていた。
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「これで本当にうまくいくのか?」
現場を管理する片山は、「パンドラV」のディスプレイを見つめながら苦い顔をしていた。彼は20年以上、この業界で働いてきた。人間の勘と経験とホールコンデータで管理してきたが、AIが全てを解決するという考えにも納得いかなかった。
「現在の設定で、来店客数が15%増加する予測です」
「パンドラV」の画面に、そんな無機質な文字が表示される。片山は短いため息をつき、ホールを見回した。
「ふん、予測通りになるかどうか見ものだな」
午前10時、オープンしたばかりで50人の客が入り始めていた。女性の姿も多かった。スロットがデジタルゲームのように進化したことで、客層も変わりつつあった。
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ひときわ目立つ席に座るのは、常連の高齢客である田辺だった。 田辺は、かつてのパチンコホール時代からこの店を訪れていたが、スロットの変化についていくのに必死だった。
「どれもこれも、演出はガセっぽくて内容がないな」
彼がそう言いながらリールを回し、画面上に「期待度モード突入」の文字が現れた。それを見た周囲の若者たちが「おっと、来た、来た」とざわめいたが、田辺の表情は硬い。
結果は数分後、予想通り大当たりで終わった。 リールが輝き、画面にはエキサイティングなグラフィックが広がる。 田辺は無表情のまま、カードを引き抜き、台を立ち去った。
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午後3時。若い女性客の西川は、新台コーナーに座っていた。「パンドラV」は彼女の来店データから、好きなゲームタイプや予算の傾向を分析し、彼女が楽しめる設定に台を調整していた。
「この店、何か雰囲気が違うんですよね。静かで、ちょっとカフェみたいね」
西川は、プレイの合間に無料で提供されるドリンクを楽しみながら、友人と話していた。
彼女たちにとって、この場所は「遊び場」というより「気軽に居られる娯楽空間」だった。
だが、そこには熱狂的な勝負師の姿はほとんどない。「パンドラV」の予測通り、彼女たちは限られた時間内で適度に遊び、すぐに帰る。長居しない客を増やすことで、回転率を上げのが「パンドラV」の戦略だった。
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閉店時の夜10時。片山は、一日の売上と来店数の報告をモニターで確認していた。予測通り客数は15%アップ、売り上げは前月比で20%アップ。利益率も過去最高を記録していた。
「数字だけ見れば不安なしだな」
そう呟いた片山の表情は冴えない。彼の胸の内には、どこか割り切れない思いがあった。ホールを歩いていても、熱気はどこにも感じられない。ドラマティックな一瞬——それらはすべて計算され尽くされたものだった。
その夜、片山はパンドラVに質問を書き込んだ。
「人間が本当に求めているものは、これで満たせるのか?」
数秒後、画面に回答が表示されました。
「満足の定義を設定してください」
彼は決めた。この答えでは何も解決しないと分かった。
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「ミライスロットセンター」は、完璧に見える。しかし、その「完璧」の中に隠された、不完全な人間の心。その違和感が、店のどこかに漂っているのを片山は感じていた。
「AIに任せる時代だとしても、最後に決めるのは人間だ」
彼はそう思いながら、明日もまたこの店に立っている自分を想像した。

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