中学生になり初の冬休みが迫っていた。暇な毎日をぱちんこ打って過ごしたい。でもお金が無い。さぁどうしよう。そう思っていた朝だった。何気なく新聞の折り込みチラシを見ると、町内にあるスーパーの敷地内でゲーム機やゲームソフトを2日間売りに来る業者がいるらしい。
そこで見たのがゲームボーイの本体(中古)が限定10台500円!と書いてあ1る。確かゲーム屋さんに行くと中古で5000円くらいで売られていた時期。その他のソフトもお店に行って買うよりは大分安い。
そもそも地元にゲーム屋さんはなく、買いに行くとなるとバスで行くか電車で行くか。これは金になる!と思った私は、また実家のレジからお金をくすねる事にした。
今度は大胆に一撃1万円。ポケットに入れて学校へ行く。そして放課後…。スーパーに行くとゲームが売られているではないか。500円のゲームボーイは1台も売れておらず残っていた。
「すいませーん。ゲームボーイ10台!」
普通に10台まとめて売ってくれた。残った5000円でマ〇オ系のソフトを買えるだけ買う。そして翌日…。学校にゲーム機を数台持って行き、買い手を探した。1台5000円であっという間に完売した。1台4500円の儲け+ソフトで3000円の儲け、合計で48000円。レジからくすねたお金はとりあえず返した。たったの2日で38000円を手にした。これで安心してぱちんこが打てる。早く冬休みが来ないかと。
指折り数えた。そして待ちに待った冬休みがやって来た。ぱちんこ打ちたさに買い食いも我慢して我慢して、38000円を握りしめて向かった先はバスで30分の宮城県登米郡(現宮城県登米市)だった。迫町佐沼のバスターミナルで降りてウロウロしてみると、私の好みのホールを発見した。
「パチンコ銀座」
銀座じゃないのに銀座。今でも不思議な店名である。後から知ったが地元チャンスホールの系列でもった。外から店内がスモークで見えないほど真っ暗。いかがわしい10円ポーカー屋のような雰囲気だったのを覚えている。いつも以上に入るのに勇気がいった。店内に入るとお客は2人だけ。全2島しかない狭い店内の設置機種を見て回るとオール羽根物。
しかし、大半が地元チャンスホールで見た機種。「D51」にも出会えず。見た事のない機種は1992年発売のオロチョンパ(三共)だ。見た目で選んだのがオロチョンパだった。見た感じ優しそうに見えたからだ(笑)両替を済ませていざ打ち出すと…。
とにかくうるさい(笑)。ぱちんこ台が喋る喋る!役物やセルを見ると「河内家」「菊水丸」などとデザインされているが何の事だか全く分からずに打っている私。
1チャッカーに入ると「おろちょーん!チャンスやで!今や今や!」なんだなんだこの台は!そして打つこと5分もしないうちに当たり到来。羽根が開いて羽根に乗った玉が閉まると同時にステージに落ち、すんなりとV入賞した。そしてまた驚いたのが、この台は歌が流れるのである。
「古今東西~ヤマタノ~オ~ロ~チ~」あとは動画でみてください(笑)
打っていて気づいたが、うちのポチに似ている役物である。大当たり中は裏に回った玉が1つ貯留されて7カウント目で解除される。
それにしてもこれまで打った中では抜群の安定感だった。全くパンクの心配もなく大当たりを消化できる。でも賞球は5&10。出玉は少ない。無事に15ラウンド完走で出玉を作り、本日はこれで安泰だ!遊べる!と思っていたのが甘かった…。ここからまさかの負け戦になるとは1ミリも思ってもいなかった。
ここから本気で当たらない。2チャッカーに玉が入る!と思ったら初の出来事。玉が2チャッカー上の2本釘で動きが止まる。そう。俗に言う「首吊り」である。偶然初当たりが早かっただけで全く1チャッカーにも入らない。
思い出せば500円くらいあたりで1チャッカー入賞が2回くらいじゃなかったか。意地になって出玉が飲まれても続行してしまう。熱くなりすぎて投資が止まらない。ゲーム機を売って簡単に稼いだお金。
こんなカツカツの調整台に1万円も使ってしまった。イライラして打ってはいたが、まだまだ金はある!と余裕たっぷり。楽して稼いだお金だからこそ使い方も雑になる。こんなにもカツカツの調整なのにまだ逆転出来ると思っていた私は冬休み1回目の地獄を見る事になる。
つづく
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