パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

20年前の光景

今から20年以上前の話だ。



その店の正社員の初任給は27万円だった。30代前半の夫婦が住み込みで働いていた。



まじめによく働くのですぐに副主任になった。しかし、それ以上昇進することを拒み昇進試験を受けることもしなかった。



住まいは店舗の2階。賄いつきなので食と住に不自由することはない。出費は寮費5000円が唯一の支払いで、夫婦で月40万円以上の貯金をしていた。



1年で500万円、すでに5年働いていたので2000万円は貯めていたが、目標は4000万円だった。



4000万円貯まったら中華料理店を開くことが夢だった。



その店には元大手就職情報誌の社員夫婦も住み込みでやってきた。求人情報誌ビーイングで会社を徹底的に調べに調べた結果だった。



大手乳製品会社の所長は女性問題で会社にいられなくなってこの店に入ってきた。



やはり待遇面が抜群にいいからだった。



引越し費用が10万円まで支給されるのだから、大手企業に勤めていたような優秀な人材が集まりやすい環境にあった。



それが強い店作りへとつながっていく。



スポーツ新聞で求人広告を出していた時代は、待遇欄にタバコ支給とか、ジュース支給など今では考えられないような項目があった。



タバコ支給の一言を入れるかどうかで集まりが変わってきたからだ。



賄いが美味しいかどうかでも定着率が変わった時代である。



一時期業界では日系ブラジル人を派遣社員として使っている時代があった。彼らは出稼ぎで金を貯めることを目的としていたので、2階が寮で賄いつきの店を選んでいた。



すると必然的に田舎の店しかそういう形態は残っていなかったが、田舎なので好都合である。外で金を使う場所がないからだ。



前出の高待遇の店舗。目的意識をもって金を貯めるために働いている人には最高の環境だが、寮生活を送っていると金が貯まってしかたがないので、ついつい手を出したのが、テーブルポーカーゲーム。



20ベットで2000円。ロイヤルストレートフラッシュが20ベットで当たれば100万円になることもあった。



遠隔をしていない店を選んでいた、というが一晩で100万円負けた猛者も。地方ではまだ、賭博ゲーム機が残っていた。



大阪ではゲーム機賭博の手入れ情報が警察官から漏れている、ということで大問題になり、大量の警察官が処分された。元大阪府警本部長で警察大学校校長の杉原正氏が責任を感じて自殺までした大事件だった。



これでゲーム機メーカーは壊滅状態となり、仕事がなくなったゲームメーカーが新しい市場として参入してきたのがパチンコ業界の中のスロットの分野だった。



だから、0号機時代は違法機だらけ。スロットの不正が多かったのはそんな素地があったからだ。



取りとめのない話になった。



こうした過去を乗り越えて今のパチンコ業界があることを知らない世代が多くなってきている。



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