地場産業として代表的な産業もなく、決して活気があるとは言いづらい人口四万人弱の典型的な地方都市の市街地。
ファミレス、ファストフードに押されて周りの喫茶店が次々に廃業した中、友人は細々と30数年、この店を続けている。
そして、彼も還暦を過ぎ、髪の白さが目立つようになっていた。
朝9時、開店と同時にお店に入り、窓際の外光の入る四席のテーブル席を二人で陣取りモーニングセットを注文した。
マスターである友人が水と灰皿を持ってきてくれた。そして一言「朝はお客さんが少ないから構わないけど・・。貼り紙やってないけど、ここ禁煙席なんだ・・」
「えっ!?、じゃぁ、どこの席が喫煙席?」私は聞き返した。
「んーん、一応、カウンターとその後ろとあの先、なんだけどねっ」友人は申し訳なさそうにそちらへ目線を向けました。
「じゃーそっちへ移るよ、俺達は煙草吸うからさ」と私。そしてカウンターのすぐ後ろの二席の小テーブルに移ろうとした。
「いやぁ~、いいよここで。まだ早いから・・」と友人は言った。
「見ての通りエアーカーテンがある訳でもないし、スペースを区切っているわけでもないし・・」
言葉を続けた。
「こんな14・5席しかない小さな喫茶店で分煙なんて無理だしなぁ~」友人はぼそっと呟いた。
そこには、何とも悩ましい話だと云う表情があった。
友人から話を聞くとこんなことが起きているそうだ。
非喫煙者のお客さんが入ってくると「マスター、お店、煙草くさいね」と云うらしい。
そして、女性で嫌煙指向が強く臭いに敏感な人なら、一度入店後、帰ってしまうこともあるらしい。
一方、愛煙家からは「煙草を吸いたいからわざわざ喫茶店に来てるのに・・」の声も。
自分の好きな席に座って、好みのコーヒーを飲みながら、しばし一服タイムを楽しむお客さんのニーズも根強くある。
大都市圏にある固定客もそこそこ居て、一見客の飛び込みも見込めるような喫茶店ならよいかも知れない。
また、喫煙と禁煙が分けられる広さのある喫茶店ならどうにか対応もできるだろう。
しかし、経済的な余裕もなく、日々ぎりぎりの売上でどうにか廃業せずに経営している地方都市の小さな喫茶店。
デフレが続き、景気の沈滞ムードをなかなか打破できない昨今。売上を支えてくれるお客さんを一人として失いたくないと云うのは本音。
そんな会話を友人としている最中、一人の中年男性がお店に入ってきた。つかつかっとカウンターに来て座った。
オーダーするでもなくポケットから煙草を出し、火をつけた。そして、煙を深く吸いながら安堵の表情を浮かべ、ふ~っと煙を吐いた。
「マスター、いつもの・・・」
煙を吐いた口から出た次の一言。そして、友人はその言葉を軽く聞き流している様子だった。
そのお客さんのオーダーに耳を傾ける必要も無かったのだろう。来店した瞬間に友人は視線を向けただけだったが、それで事は済んでいた。
巷のトレンドからすれば愛煙家は淘汰される運命にある。そして、嫌煙権なるものが闊歩する時代と言える。
しかし、零細も零細の個人事業主としては頭の痛い話がつきまとう時代なのだろう。
大手チェーンの居酒屋ならいざ知らず、地方都市の閑散とした市街地にある昔ながらの狭い喫茶店。
そこでの愛煙家VS嫌煙家の物語。そこで起こる権利の争奪戦は初老のマスターの悩みの種になってしまう。
「なんて言うかなぁ~、うちも廃業近いかもなっ、俺も年だし・・」
友人の言葉にある種の敗北感に似たものを、私は感じた。
「金もないし、俺も、煙草やめようかな~ぁ」
「そうか・・」
これが友人と交わした最後の言葉だった。そして私は実弟と二人でお店を後にした。
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