パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

チャレンジャー幸手店に零細ホールが生き残る術を見た!


ハンドルネーム「たけぼー」さんから、こんなコメントが寄せられたのが2月12日のことだった。

「日報さん、先月末で休業した埼玉のホール、『チャレンジャー幸手』さんの最終日の様子を是非、記事にしてください。『遊技客から心底愛されたホールオーナー』だったようです」

さらに、2月14日にはハンドルネーム「お花畑か」さんからも「今で言えば埼玉県のチャレンジャー幸手店さんは今後どのホールも目指すべき店だったかもしれない。新台入れ替えもほとんど行わず勝つ、負けるより遊んでもらうという店であったのは間違いない」との意見が寄せられた。

正直にいうと「チャレンジャー幸手店」の存在は、YouTubeでチラ見した程度でしかなかったが、どんなホールだったのか俄然、興味が湧いてきた。

こういう時、ネットというのは便利なもので、同ホールの記録がYouTubeに残されている。動画のタイトルは「ひげ紳士がパチンコ店買い取ってみた」。これは元ホールの役員だったひげ紳士が、居ぬき店舗を共同経営から始めて、自らがオーナーになった記録でもある。

埼玉県幸手市にある同ホールはパチンコ156台、パチスロ79台、合計235台の小型店舗で、内外装とも昭和の香りが色濃く残っている。みなし機問題で大半の機械を撤去する羽目になり、1月31日をもって営業を休止。外した機械を埋める準備のために2月1日から休業期間に入っているが、数カ月以内に営業を再開する予定だ。

チャレンジャー幸手店。ファンの間では「幸チャレ」と呼ばれ広範囲からの固定ファンを掴んでいる。中小、零細ホールがおカネをかけず、高い新台も買わずに生き残るためのヒントがてんこ盛り状態だ。

ひげ紳士が同ホールのオーナーとなって5年が経過する。まず、その歴史を振り返ってみよう。

■2012年

オーナーとして営業を開始したのが2012年7月だった。
まず、取り組んだことは以下の4つ。

①パチンコ教室(年配者に打ち方の講習)
②バックヤードツアー
③無料パチンコ
④コスト削減(電球のLED化など)

予算をかけずに順調な滑り出しをみせた。

■2013年

ところが、1年後の2013年7月は経営が悪化していく。近隣の大型店がリニューアル攻勢をかけてきたため、地元客がどんどん離れ、敗北感が漂った。

その結果どうなったか?

①オーナーのやる気低下
②雰囲気が暗くなり、清掃も疎かになる
③経営不振から給料未払いを恐れたスタッフが辞めて行った
④金策に走れども誰からも相手にされず、孤独感に襲われる

悪いことは重なるもので、この時、ネオン看板のパチンコの文字のチが消える。やる気をなくしたオーナーに修理する気力もおカネもなかった。



■2014年

2014年7月に転機が訪れる。新たに加わった社員「幸チャレP」が様々な改革を始める。

①汚かった部分のクリンネス化
②ブログ開始(古い台=珍古台があることをブログで発信。それを見て来店した客も)
③入れ替えの中古台を安い値段からコンセプトを持った選定に
④常連客の囲い込みのためにポイント交換会(オーナーの私物と交換したり)=会員は増えず
⑤人の採用=教育(求人費用がない)

求人費用もないところに、10月にオーナーの知り合いの「えっちゃん」がアルバイトとして入ってくる。

えっちゃんの活躍が始まる。えっちゃん効果として、
①接客やそうじが強化される
②店内がおっさん2人から脱却して、雰囲気も明るくなる
③オーナーのやる気が回復

微増ながら売り上げが上がる。

■2015年

この年の1月、商圏にはパチンコユーザーがいないにも関わらず、大型店がグランドオープンする。その結果がこれ。

①資金が底を尽き、出玉も出せず、ボッタクリ店のレッテルが張られる
②店を運営する資金もなくなり、もはや風前の灯
③中古台すら買えなくなり、入れ替えもできない
④電気、水道が止められそうになる寸前に
⑤オーナーは完全に腐り、ヤサぐれる

この年の9月、月間最低売り上げ1200万円のワースト記録を塗り替え、1000万円を切る。

この時、起死回生策としてスタートしたのがweb戦略の強化。YouTubeで「ひげ紳士がパチンコ店買い取ってみた」をスタートさせる。

■2016年

動画を始めて8カ月後の5月、ついに念願だった月間売り上げ2000万円を達成する。さらに、8月には夢だった3000万円を達成する。






ところが、動画でアシスタントを務めてきたえっちゃんが10月に卒業。これでYouTube作戦も終わったかに思われたが、ひげ紳士の孤軍奮闘は続く。

■2017年

この年の5月、ついに月間売り上げ4000万円を達成する。幸チャレの日常の出来事をYouTubeで包み隠さずさらけ出してきたことが、共感を呼び新規ユーザーの開拓につながった。

どこまでさらけ出すかといえば、月ごとの売り上げ、粗利から、来店客数まで惜しげもなくさらけ出す。さらに決算発表までやってしまおうか、とひげ紳士は意気込む。








ちなみに、YouTubeを始めて2年半あまりが経つがこの年末年始営業は動画効果が実を結び、動画を始める前の1カ月間の売り上げを年末年始営業で叩き出した、という。

1月31日の最終日の営業の模様はYouTubeを見てもらえば、一目瞭然だが、営業を終えてひげ紳士に握手を求めるお客さんの列ができた。新台もない珍古台ばかりの店がひげ紳士の人柄で大勢のファンに愛されただけでなく、協力者が大勢いたことも伝わってくる。





これが、パチンコホールの本来の姿であることを思い出させてくれた。中小、弱小、零細でもおカネをかけずにホールを運営できることを実証してくれた。

営業を再開した暁には、大阪から534キロ、ツーリングがてらに突撃訪問してみたい。




人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える

※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。