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1900億円の負債からスタートした3代目御曹司が業績回復させた手法とは


全日遊連が12月15日現在の加盟店の実態調査を発表した。それによると2017年度(1月~11月)は新規店舗が102店舗に対して、廃業店舗は403店舗と、廃業が大幅に上回り、11月現在、9693店舗となった。

1年前の11月に1万軒を切り、9993店舗となっていたが、1年間で300店舗減った計算になる。出玉規制が強化される来年からは、旧基準機の販売によって1年間は大幅な客離れも起きないかも知れない。

旧基準機が使える3年間の猶予期間の中に、新たなる営業方法を見出さなければならないと言われているが、その前に旧基準機で3年持たせる思考回路が、全く後ろ向きの発想ともいえる。

数年前グランドオープンした新店が4円専門店としてスタートを切った。新たな試みだった。4円専門店に拘ったのは、16割分岐営業に挑戦するためでもあった。ところが結果からいうと試みは失敗に終わる。現在の等価仕様の機械では無理があったのかも知れない。

しかし、失敗を恐れずに新たなことにチャレンジする勇気が大事である。ファーストペンギンがいないことには、新たなことは生まれない。もっとも、16割営業は過去の体験に戻るだけで新しいチャレンジとは言い難いが、迷ったときは原点回帰である。

「経常利益が年々下がり続けていて、このまま同じことをやっていたら、5年後には経常利益が半分。10年後には利益がゼロになる試算もあります。幸い内部留保はたんまりあるので、すぐに問題になることはありませんが、現社長ではこの危機を切り抜けられない。外部から経営のプロを招聘することも必要との声も挙がっています」(某ホール関係者)

射幸性の高い機械に頼って等価営業を続けることは、すでに破たん寸前にも関わらず、等価営業から脱しきれない組合も散見される。消費税が10%になれば、等価営業など続けられるわけもない。今残っているユーザーの等価志向をいかに変更させるか、あるいは新基準機にいかに客をつけるかに業界の運命がかかっている。

日本初のタクシー会社である日本交通の3代目社長である川鍋一朗氏の経営手腕が注目されている。

2000年、29歳の時日本タクシーに入社。会社は1900億円もの巨額の借金を抱え瀕死の状態であることを初めて知る。バブル時の不動産投資などで抱えた負債だった。

慶応の幼稚舎から大学までストレートで進んだ御曹司は、慶応卒業後はアメリカでMBAの資格を取得。その後コンサルタント業を学ぶためにマッキンゼー日本支社に入社する。

バリバリの金看板を背負い入社してきた3代目についたあだ名は「アメリカ帰りのエコノミスト」。現場を知らずに、会話の端々で横文字を使いたがる御曹司に、現場は白け古参社員からは総スカンを食らう。

社員を見返すために、自ら会員制ミニバンのハイヤー事業を興す。顧客はお金持ちの外国人。英会話ができるドライバーを付けた。数カ月で数千万円の赤字を出し、すぐに撤退する。

2001年、メインバンクから再建計画が突き付けられた。それはメインバンク主導の下での再建の道で、事実上川鍋家が経営から離れる最後通牒でもあった。しかし、川鍋氏はこの銀行案を突き返し、麻布にあった自宅の大邸宅も売却するなど資産を売り尽くし、リストラも断行した。

2005年に3代目社長に就任。

会社では浮いた存在だった3代目は暗黒の5年、リストラの5年を経て、改革に取り組み業績を回復させて行った。

その一つが拾われるタクシーから、選ばれるタクシーだった。大阪では黒いタクシーは珍しくないが、東京はカラフルなタクシーが多い中、黒タクを導入した。ハイヤーをイメージして、タクシーのビジネスクラスを狙い、ドライバーもハイヤー運転手のような選ばれたものでなければ乗れない。

ハイヤーの雰囲気が受けて黒タクを指名する固定客も増えてきた。

次なる改革は「待たせない」。タクシーを呼んで待たせる時間を短縮するために、2005年に業界で初めてGPSを使った配車システムを導入する。

これにより、5分以上も待ち時間が短縮された。こうした経験を元に2011年にはスマホで全国のタクシーが配車できるアプリの実用化にも踏み切っている。

現場感覚を磨くために、1カ月間タクシーに乗務したこともある。ホールの社長も今の現場を肌で感じるために、1カ月間表周りをしてみたら、客からの生の声が拾えるはずだ。

その時は、「私が社長です」と書かれた名札を下げて接客するのもいいだろう。



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