居住地は東京。アルバイトで食いつないでいたが、生まれ故郷の岩手県に帰ることにして、田舎で職探しをするために、10日間の休暇を取った。
大手ホール経験を活かすために選んだのは、地元の中小ホールだった。
そのホールも大手ホール経験者が応募に来たのは初めての出来事だった。ホール側も大手ホールの接客を知ることができるので興味津々だった。
「給料は前職より、だいぶ下がるけど、それでもいいの?」と面接した店長は待遇面から探りを入れてみた。
「はい、それは覚悟の上です。一から頑張ります」
本人は正社員希望だった。
「正社員にするかどうかは、これからホールでテストしてくれませんか?」と意外なことを切り出した。
店長もどんな接客をするのか興味があったので、その場で制服に着替えて表周りをしてもらった。
その日から、アルバイトとして働いてもらうことにした。
大手ホールで身に着けた接客を張り切ってやっていた。業界トップ企業の自信に漲る接客は、非の打ち所がなかった。
ところが、ここは東京ではなく、田舎のホールである。
大手ホールの接客がその店では、非常に浮いて見えて来た。
常連客からは「作り笑いがロボットみたいで気持ち悪い」と言われてしまう始末。
数日働いてみて、店長はこう切り出した。
「僕が君の立場なら、みんながどんな接客をしているか、まず、周りをよく観察する。君にはそれを見極める力がない。いくら大手で身に着けた接客に自信があっても、その地域のカラーに合わせる」
正社員採用はもとより、アルバイトも止めてもらうことにした。
店長は大手の接客が悪いのではなく、一度身に染み付いた考えが抜けないことのほうを恐れた。
採用した後のことを考えた。
大手のやり方が身に染み付くと、自分のやり方が一番だと思っている。やり方が違うと、必ず会社批判が始まる。不協和音が起こることは目に見えていた。
若者は大手ブランドの看板とプライドで自信満々だったが、こんな田舎の中小ホールに落とされるとは思っていなかった。
プライドはズタボロ状態になった。
「業界素人の方が、よほど教えやすい。初心者の気分で、空気を読み、臨機応変に行動する人材を望む」と店長。
その大手も自社のカラーに染めるために新卒を大量採用している。
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