パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

新社長に報告すべきか否か、“事件”の一夜

先代の社長は、どんな些細なことでも社員に報告するよう厳しく指導していた人物であった。ミスはもちろん、ちょっとした出来事や異変に至るまで、逐一報告することがルールとして徹底されていた。

報告された内容がどれほど取るに足らないと思えるものであっても、先代はそれを頭ごなしに否定することはなかった。むしろ、「よく報告してくれた」と感謝や称賛の言葉をかけることが多く、社員にとっては安心して報告できる風土が築かれていたのである。

そんな先代から息子へと社長の座が引き継がれて、早いもので半年余りが過ぎた。新しい社長は先代とは対照的に、報告についてことさらに口うるさく言うことはなかった。社員にとっては、肩の力を抜いて業務に向き合えるようになった反面、「これは報告すべきだろうか」と迷う場面が増えたのも事実である。報告の基準が曖昧になりつつある中で、ある“事件”が起きたのだった。

それは、ある平日の夜、閉店まであと1時間ほどという時間帯のことだった。常連の40代男性客が来店し、パチンコ台に500円ほど玉を入れて打ったところで、突然席を立ち上がった。常連客はあろうことか、ホールの通路上で小便をしていたのだった。

常連客は明らかに酩酊状態にあり、足元もおぼつかない。従業員は「そんなところでおしっこはダメですよ」と、できるだけ穏やかに、波風を立てぬよう注意した。

しかし、酔いの回った常連客はそれを「怒鳴られた!」と被害者ぶって喚き散らした挙句、突如として従業員に手を出してきたのである。

従業員は冷静に、「決して手を出してはならない」と心に念じながら、両手を後ろに組んで対応した。しかしそれすらも逆手に取られ、「手を出してきた!」と一方的に騒ぎ立てられる始末だった。後に防犯カメラの映像を確認したところ、従業員が手を出していないことは明白だった。

この騒ぎに気づき、現場に駆け付けたのが店長である。現場に到着すると、まず彼の鼻孔を刺激したのは、強烈な異臭であった。そう、ウンコの臭いだった。放尿と同時にウンコも漏らした。

「失礼ですが、ちょっと臭いが……」と、なるべく相手の尊厳を傷つけぬよう配慮しながら声を掛けた。客をそのままの状態でタクシーに乗せて帰すわけにはいかない。そこで、店長はトイレの個室に常連客を案内し、「着替えを用意します」と申し出た。

幸いなことに、店長の自宅はホールから車で5分ほどの距離にあった。急いで戻り、清潔な下着とスウェットを用意してトイレに届けた。着替えを渡された常連客は、その頃には酒も大分醒めていたのか、神妙な面持ちで何度も頭を下げ、深く恐縮しながら店を後にしたという。

一連の騒動は、先代の社長であれば間違いなく「即時報告」の対象であった。しかし、新体制となった現在、店長の胸中には迷いがあった。「これは報告すべきだろうか。それとも、穏便に処理したこととして済ませておくべきだろうか」。それほどまでに、報告という行為の意味が変わりつつあることを、店長は実感していた。

報告の基準が曖昧になった今、果たして現場の判断が正解なのか、間違いなのか。それを決めるのは社長である。しかし、その社長が口を開かぬ以上、現場の者は悩みながらも、自らの判断に委ねるほかないのである。


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ホール経営を捨てた男の10年 〜遠洋漁業で年収1800万円に到達〜

10年前、パチンコ業界の未来に見切りをつけた男がいた。1パチが主流となり、業界全体の収益が低迷する中、ホール経営に興味を失ったオーナーの息子が会社を去った。

そして彼が選んだのは、まったく異なる世界——遠洋漁業のマグロ船だった。現在、彼は40歳。過去10年間、彼がどのように生きてきたのかを振り返る。

遠洋漁業の世界に足を踏み入れたのは、知人の紹介がきっかけだった。経験ゼロのド素人だった彼は、最初の1年間を船酔いとの戦いに費やした。初めての給料は月収40万円。決して悪くはない額だったが、慣れない環境と過酷な労働が彼を待ち受けていた。

しかし、続けるうちに彼は着実に成長していった。船の上での生活に慣れ、仕事の技術を身につけるとともに、海技士などの資格も取得。そうすることで、給料はどんどん上昇していった。漁獲量によって変動するが、今では月収150万円、年収に換算すると1800万円に達するまでになった。

遠洋漁業は一度漁に出ると、約10カ月もの間、海の上で暮らすことになる。船内の環境は過酷だが、衣食住すべてが提供されるため、おカネを使う機会がほとんどない。結果として、収入はほぼそのまま貯蓄に回る。現在の年収1800万円という額も、使う場所がないことを考えれば、実質的な価値はさらに高い。

仕事に慣れ、おカネが貯まるとことが分かると辞める者も少なくなっていく。

過酷と思われる船上生活も、技術進歩によって変わりつつある。スターリンクの衛星通信のおかげで、今ではいつでもテレビ電話が可能になり、家族や友人と連絡を取ることができる。そのため、「遠洋漁業は孤独」といったイメージも変わりつつある。

また、船乗りの世界では「板子一枚下は地獄」という格言があるように、船底の板一枚下は深い海で、一度落ちたら容易に生還できない。それぐらい危険な仕事という意味だが、大型漁船なのでそんな心配もない、という。

さらに、乗組員には外国人も多く、英語を日常的に使う環境が整っている。彼もまた、その影響を受け、今では英語がペラペラになったという。

ちなみに、彼の父親であるホールオーナーの現在の年収は800万円。最盛期には8000万円も取っていたが、店舗を縮小すると共に減少し、ついに10分の1にまで落ち込んだ。対照的に、息子は遠洋漁業で年収1800万円を稼ぎ、父親の年収をはるかに上回るようになった。

オーナーは「息子の判断は正しかった」と認めざるを得なかった。

船上での娯楽は限られているが、彼には特別な楽しみがあった。それは、実家のホールから引き取ってきたスロット。船の上でスロットを回す時間は、彼にとって貴重な息抜きのひとときとなっている。

日本に帰国すると、2カ月間の休暇が待っている。その間、彼はじっとしているわけではなく、さまざまな資格を取得している。すでに普通自動車免許、大型バイク免許、大型二種免許を手にしており、次は何に挑戦しようかと考えている。

彼の最終的な目標は、3億円を貯めて世界を放浪すること。その日もそう遠くない。遠洋漁業で稼ぎ続け、貯蓄が目標額に達したら、すべてを投げ出して旅に出るつもりだ。

ホール経営の道を捨て、未経験の遠洋漁業に飛び込んだ男。その選択が正しかったのかどうか——少なくとも、現在の彼の姿は、その答えを物語っている。



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1万軒割れに鈍感だった業界が縮小の自覚なきまま過ぎた転換点

全国のホール軒数は警察庁発表と全日遊連加盟発表の2つがある。警察庁発表は非組も含まれるため、全日遊連よりも多いことを念頭に話を進める。

全日遊連の統計によれば、全国のパチンコホール数が1万軒を割ったのは、2018年。2017年末時点で全国に10,011軒あったホールは、翌年末には9,681軒にまで減少し、ついに長年守られてきた「1万軒」のラインを下回った。

それは、業界にとって象徴的かつ歴史的な出来事だったはずだ。にもかかわらず、その節目を「通過点」としか見なさなかった業界の鈍感さが、現在の危機的状況を招いた一因であることは間違いない。

この「1万軒割れ」は、単なる数の話ではなかった。

1万という数字は、全国47都道府県、各地域でそれなりの存在感を持ち、娯楽の一つとして機能していた証でもあった。言い換えれば、それは「地域インフラとしてのパチンコホールの限界点」であり、それを割り込んだ瞬間から、業界は全国娯楽産業から“選ばれし都市型施設”へと、無意識のうちに変質し始めていたのである。

ところが当時、その重大性を認識し、声を上げた業界人はごくわずかだった。

業界誌も、「ついに1万軒を割った」という事実を淡々と伝えるだけで、そこに危機感を持たせるような論調はほとんど見られなかった。組合もまた、目の前の旧規則機撤去対応や内規調整に追われ、「このままでは業界そのものが沈む」という大局的視点は後回しにされていた。

一方、大手ホール企業は違った。

マルハン、ダイナム、キコーナ、 D’STATIONといった全国展開型のグループは、この1万軒割れをむしろ“好機”と捉えた。市場の縮小が加速する中で、設備投資力や機械購入力に優れた大手が、地場ホールの撤退後を着実に拾い、新店や大型化、M&Aを進めていった。

すでに「体力勝負」の様相を呈していた市場で、大手は1万軒割れを「寡占の序章」と見抜き、動いた。一方、中小ホールは、その数字を遠い話のように捉え、傍観した。

もっと問題だったのは、行政や監督官庁の無関心である。

1万軒を切るというのは、いわば「一業界の全国構造が瓦解し始めた」ということだ。普通の産業であれば、業界団体と行政が連携し、緊急的な中小支援策や構造改革案を協議するような事態である。

しかしパチンコ業界は、規制産業であるがゆえに、支援対象とは見なされない。むしろ取り締まり対象が減ることは警察行政としては好ましかった。

そして忘れてはならないのが、1万軒割れ以降の「集客構造の変化」である。

店舗数の減少は、単に数が減ったという話に留まらない。特定エリアにおいて選択肢が狭まり、客の流動性が失われる。生活圏からホールが消えることで、「久しぶりに行ってみようか」と思い立つきっかけも失われる。

1万軒という水準は、そうした「日常へのパチンコの介在」が成り立つ最小限の社会的存在感だったと考えるべきだ。

この縮小が加速する中で、業界内の言説も変化した。

「これからは質の時代」「店舗数が減っても、1店舗あたりの利益率を上げればいい」といった論調が主流になっていった。しかしそれは、希望的観測に過ぎなかった。機械性能に制限がある中で、収益性の確保には限界があり、稼働が減れば、どれだけ質を高めても数字はついてこない。

結局、1万軒割れに際して「このままではダメだ」と構造転換に舵を切った者が少なかったことが、業界全体の地盤沈下を早めたのだ。

現在、全日遊連加盟ホール数は6月で5855軒と6000軒を割ってしまった。

あのとき、もっと本気で「縮小の時代にふさわしい業界の形」を議論していれば、こんな急激な衰退にはならなかったかもしれない。

1万軒割れは、単なる数字の問題ではなかった。それは、業界が自らの終わり方に向き合うべきタイミングだったのである。

その現実から目を背けたツケは、これから本格的にやってくる。

「今さら何をやっても手遅れだ」とホール関係者の声が虚しく響く。



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20店舗では生き残れない時代へ?

2025年5月、徳島県最大手のホール企業・ノヴィルホールディングスが、県内を中心に展開していた全36店舗を平成観光に譲渡し、パチンコ事業から完全に撤退するというニュースが業界内に激震を走らせた。

 

かつては地元で圧倒的な存在感を誇っていた老舗企業が、事業のすべてを譲渡して去るという決断は、地方ホールの厳しい現実を象徴する出来事だった。

 

この譲渡によって、平成観光グループの店舗数は一気に55店舗へと拡大。2025年4月時点の業界店舗数ランキングでは7位に食い込む規模へと成長を遂げた。

以下が最新の店舗数ランキング(2025年4月現在)である。

 

順位

企業・グループ名

主な屋号

店舗数

1

ダイナムグループ

ダイナム、夢屋

389

2

マルハン

マルハン

313

3

アンダーツリーグループ

キコーナ、グランキコーナ

141

4

ガイア

ガイア、メガガイア

74

5

NEXUS

D’STATION、Super D’STATION

69

6

延田グループ

123、123+N

67

7

平成観光グループ

KEIZ、ミリオン

55

8

ニラク

ニラク

49

9

オータグループ

オータ、サンシャイン

39

10

ベガスベガス

ベガスベガス、パオ

38

 

このように再編によって一気に躍進したのが平成観光だが、同様の戦略で拡大してきたのがアンダーツリーグループである。関西を地盤とする企業だったが、2015年に関東の「金馬車」20店舗を一括買収したことを皮切りに、積極的なM&Aで全国展開を進めてきた。

 

そして今、関東エリアで再び大型のM&A案件が進行しているという情報が水面下でささやかれている。20店舗クラスのホール企業が、それよりも規模の大きいホール企業の買収を目指して交渉を進めており、実現すれば50店舗クラスの中堅グループが誕生する可能性がある。

 

この動きが示しているのは、「20店舗規模ではもう生き残れない」という業界の厳しい現実だ。

 

機械代の高騰、遊技人口の減少など、ホールを取り巻く環境は年々悪化している。そうした中で、スケールメリットを活かして機械を共同で購入したり、中古機をグループ内で融通し合ったりと、コスト削減の手段を持つ企業こそが生き残れる。

 

M&Aによる再編が進むのは、単なる成長戦略ではなく、「生存戦略」そのものなのだ。

なお、今回の関東での交渉は、最終的に価格面で折り合いがつかず破談に終わった模様だが、この先も同様の再編劇は続くことになるだろう。

 

いまや「単独で生き抜く」ことに限界が見えはじめており、協業・統合・撤退の判断を迫られる中小ホールは後を絶たない。

 

2020年代後半、パチンコ業界は明確な「淘汰の時代」に突入している。

 

 



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買い取った婦人服店の名簿をホール営業にどう活かすか

シニア向け婦人服店が廃業するという話を聞きつけたホールオーナーが、その店舗を買い取ることにした。目的があったわけではない。ただ、破格の譲渡価格に加え、そこに残っていた400人分の顧客名簿に価値を見出したからだ。

名簿の多くは60代~70代の女性。何年も通っていた常連も多く、住所や購入履歴が丁寧に記されていた。これをホールの集客に活かせないか――と考え始めたのがすべての出発点だった。

まず頭に浮かんだのは、婦人服を景品にするというアイデアだ。かつてパチンコ景品にアパレルはあったが、当時のホールは喫煙可で、服にタバコの匂いが染みつくという致命的な問題があった。しかし現在は完全禁煙。展示環境としては改善されている。

しかも、1パチコーナーには年配の女性も少なくない。彼女たちの「ちょっと欲しい服」を景品にできれば、意外とニーズがあるのではないか。加えて、今はホールの側から“行ってみようかな”と思ってもらえる仕掛けをつくることが大切だ。

そこで、名簿の400人に向けた「招待状型のDM」を送る構想を練っている。ただの宣伝ではなく、「特別なお知らせ」としての扱いにしたい。

たとえば、
• 初回来店時に婦人服を1着プレゼント
• 景品交換不要で「試着会」に参加可能
• お茶とお菓子付きの「婦人服サロンDAY」へのご招待
といった“買わなくていい・打たなくていい”イベントを企画して、まずは足を運んでもらうことを重視する。

ホールの片隅に婦人服展示コーナーを設け、普段着やよそ行き用、派手すぎず、でも新鮮なデザインのものを揃える。

さらに、予約制のファッション相談会も面白いかもしれない。「あなたに似合う色」や「今年の人気素材」といったテーマで、短時間で完結する内容なら、気軽に参加しやすい。元の婦人服店のスタッフに協力してもらえれば安心感もある。

もうひとつ、来店した人に対しては、LINE登録を促して「次回のお知らせ」「限定プレゼント」の情報を送れるようにする。ここで初めて「ちょっと打ってみようかな」と思ってもらえれば御の字。パチンコが主目的ではなく、服や交流がきっかけになる来店の流れをつくりたい。

まだ計画段階ではあるが、この400人の名簿は単なる“過去の記録”ではなく、未来の客をつくる種かもしれない。これまでのようにチラシやイベントで大量集客を狙う時代ではない。たった一人が「また来たい」と思う場をつくること。それが、これからのホール運営のカギになるような気がしている。



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