パチンコ日報

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ホール客同士の結婚を機にお見合いパチンコ大会を開催

東北のとある町――山々に囲まれた田園風景の中で営業を続けているホールがある。かつては新台の入れ替えに活気づいたこのホールも、今では体力的にも中古しか入れ替えられない状況に陥っている。長年通ってくれる常連たちに支えられながら、地元密着型の営業を続けていた。

そんなホールに、ある日ひとりの若い女性が通い始めた。いつも打つのは決まってジャグラー。ふらっとやって来ては静かにジャグラーを打ち、当たりが出ても大きなリアクションをするでもなく、黙々とレバーを叩いて帰っていく。年配客が多い店内で、紅一点は嫌でも目立っていた。

地元の常連たちは見知らぬ顔には敏感だ。特に情報通として知られるおばあちゃんが、店長に「あの子、こないだ亡くなった〇〇さんの娘さんだよ」とぽつりと教えた。

〇〇さんはホールの常連客だった。数カ月前、心筋梗塞で急逝したのだった。まだ60にも満たなかった。

おばあちゃんは誰とでも自然に仲良くなれる特技を持っていて、何気ない会話から彼女の素性を少しずつ聞き出していった。

「高校を卒業して東京で就職して、結婚もしたけど離婚して戻ってきたんだって。戻ってきた矢先にお父さんが亡くなってね…。ジャグラーを打つことがお父さんの供養なんだって」

実家は地域でも名の知れたコメ農家。従業員も2人雇っており、それなりの規模だという。ただ、父親の死と自らの離婚というダブルパンチで、彼女の心は大きく傷ついていた。そんな中で彼女が選んだ“心のよりどころ”が、父親が生前通っていたこのホールであり、そして父が好きだったジャグラーだった。

しかし、この話はここで終わらない。

情報通のおばあちゃんにはもう一つの顔があった。実は昔、仲人協会に勤めていたことがあり、結婚相手を紹介するのが得意だったのだ。ある日、おばあちゃんはひらめいた。

「同じ常連で、農家の跡取り息子がいるじゃない。あの子、真面目でええ子だし、ちょうどいいじゃない」

おばあちゃんの行動は早かった。気が付けばお見合いから数カ月後には結婚が決まった。

ホールの店長も2人の出会いの場の責任者だったということで結婚式に招かれた。

ここで、おばあちゃんの仲人魂に火が付いた。

常連客の中にはコメ農家の跡取りも少なくない。彼らは出会いの場がなく、結婚相手が見つかりにくい。そこで、おばあちゃんはさらなる仕掛けを提案する。

開店前のホールを使って、「お見合いパチンコ大会」の開催だった。

ホールはこの提案に乗った。

大会は2か月に1度。参加する女性たちは、おばあちゃんの人脈で集められ、パチンコ初体験がほとんど。使用台は甘デジで、釘は楽しいと感じてもらえるように細心の配慮がなされていた。

そして勝敗の決め方も一風変わっていた。ただ出玉数で競うのではなく、「総出玉数の下1桁が7なら優勝、1なら準優勝」というユニークなルールだ。見た目の出玉だけでは分からないドキドキ感が、大会の雰囲気を盛り上げる。

もちろん全員が結ばれるわけではない。カップルを組んだ相手とは別の人と付き合いが始まることもある。参加した女性の何人かは常連になり、パチンコの楽しさに目覚めていった。そして、ホールの稼働もほんの少し上向いた。

ホールの地域コミュニティーとしての新しい形とも言える。


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