正職員になるためには試験がある。ホール時代は自らが試験問題を考えていた立場だったが、改めて試験勉強するために、地元の本屋へ行った。地方の田舎で小さい本屋に欲しい問題集や参考書などは置いていなかった。
ネット時代、好きな本はネットで買えるのに、ホール時代の同僚を頼った。本屋で新品を買うよりもブックオフへ行けば、安く買える。同僚はブックオフで一般常識などの本を8冊買った。
送る前にその中から1冊を開いて問題を解こうとした。2022年度版の社会情勢の問題集だったが、全く解けずにショックを受けた。
自社の社員にもグループラインで試験問題を10問ずつ4回送ってみた。やはり皆、社会情勢が分かっていないという意見が多かった。例えば、現在1ドルは何円か、四国4県を書け、ウクライナの場所を示せ、というレベル。日々、ホール業務に勤しむ中、一般社会から取り残されている気分にもなった。
会社としてオフィシャルでやっているのではなく、仲間内だけでやっていたのだが、この試験問題の報告を受けて一番ショックを受けたのは、ほかならぬ3代目社長だった。
接客研修には力を入れてきたが、社会人として一般常識にも力を入れないといけない、と気づいて、オーナー自らが時事問題を作成して2週間に1回、社員全員に問題を流すようになった。
その結果、ことのほか漢字が書けない、何ができない、何が弱い…ということも見えてきた。
問題はブラッシュアップされる中、こんなケーススタディを出題した。
「ホールの中でお客さんがおカネを拾って従業員に届けた。その時の対応と会話の内容を全て書け」というように文章問題だった。
この問題で敬語の使い方から対応の仕方まで完璧に書いていた社員がいた。対応ではカッコつけてお辞儀の確度は45度と明記していた。
回答者名は無記名だったが、筆跡から本人を割り出した。
両親が学校の先生という家庭環境で育ち、大学は遊びすぎて留年したが、地頭がいいことが分かった。ホール業務だけではもったいないと本社に異動させた。
これをきっかけに3代目は「ダイアの原石を探すプロジェクト」を立ち上げた。改めて社員全員を面接することから始めた。
その中で1人の女性社員に興味を惹かれた。ネイリストを目指して、おカネを貯めるためにホールで働いていた。勤続年数は6年になっていた。今は自分の店を持つ夢を諦めかけていた。
3代目は閃いた。
自分の爪にネイルをしてもらった。家に帰って奥さんや娘さんに見せると「プロ級。おカネ取れるよ」と絶賛する。
その社員をネイル学校へ入学させ、年末には1号店をオープンさせる運びになっている。1店舗では会社の事業の柱にはならないが、店を増やせば一つの事業にもなる。
原石探しのプロジェクトで一番変わったのが3代目だった。ホールを継ぐことは既定路線で「イヤイヤ感」があったことは否めなかった。ホール経営は本部長や店長に任せっきりだった。従って自社にどんな社員がいるのかも興味がなかった。
社員の履歴書を一から読み直した。そこには過去様々な職歴を経験していることが分かる。
タクシー運転手から転職した社員は「地方ではタクシーは稼げなかった」。
しかし、東京や大阪ではインバウンド需要もあり、タクシー業界は稼げるのにドライバー不足で走っていないタクシーが何台もある。
これをヒントに一つのアイデアが浮かんだ。普通二種免許を持っている人の人材派遣会社だった。
事業意欲がどんどん湧いてきた。元はと言えば、そのホールに勤務していた人が試験のための参考書を探して欲しい、ということがきっかけだった。こんなことがなければ、事業意欲もない3代目で終わっていた。

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