ホールアルバイトのAくん(26)は、働き始めて1年。1日3回の頭取りも普段の業務の一つになっていた。競合店4店舗を回るのに、時間にして50分。移動は会社の自転車を使っていた。
ある日、競合店へ自転車を止めて頭取りを調べていて、自転車を盗まれてしまった。理由は鍵を掛けていなかったためだ。
古い自転車なので普段から鍵を掛ける習慣がなかった。100%Aくんの落ち度だ。
さて、困り果てた。ホールまで歩いて帰れば25分ほどかかる距離の店舗にいた。このままでは、ホールへ帰るのが大幅に遅れる。事務所へ連絡しようにもケータイは運悪く事務所へ置いたまま。公衆電話で事務所へ連絡しようにも、事務所の電話番号を覚えていないだけでなく、財布も持っていなかった。
自転車を盗まれたので警察へ届け出ようかと思ったが、競合店なので、そちらへ迷惑がかかることにもなる。
ここは、歩いて帰るしかないと思い、ホールへトボトボと歩き出した。10円玉が落ちていないかと下を見ながら。10円玉が落ちていたとしても、公衆電話があるわけでもないのに。
帰っている途中で1台の車が止まった。
「〇〇くん、どないしたんや?」と常連客が声を掛けてきた。事情を話すと、「じゃ、店まで送ってやる」となったが、Aくんは断った。
お客の車に乗っているところを他の客に見られた場合、客と従業員が癒着しているのではないか、とあらぬ疑いを掛けられる、と考えたからだ。
「じゃ、先に行って店長に事情を報告してやるよ」と常連客の車は立ち去った。
ホールへ帰って店長に事の次第を報告すると、店長は警察に届け出なかったことと、常連客の車に乗らなかった判断を褒めた。
話はこれで終わりではなかった。
その後、Aくんはアルバイトを辞めることになる。
車の常連客と遭遇した後、今度は40代の女性常連客と遭遇する。ホールまで10分ほど色々な話をしながら帰った。短い時間だったが、これが交際を始めるきっかけとなってしまったのだ。
年の差カップルだが、Aくんは恋に落ちた。付き合うならホールを辞めるしかないと考えたからだ。
女性常連客は自分のためにホールを辞めたAくんに心を痛めたが、女性が働いている飲食店のチェーン店で欠員が出て、運よくそちらで働くことになった。
普段からAくんが自転車に鍵を掛ける習慣があったら、こんな運命もなかった。人生の分かれ道はどこで、どうなるか分からない。

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