パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

警察が踏み込み始めた3店方式

昨年11月、北海道のホール経営者が景品の自家買いで逮捕された。



経営者が逮捕されても起訴されて判決が出るまで営業は続けられていたが、今回のケースはちょっと違う。



2月16日、奈良県でホール経営者と店長が逮捕された。容疑は自家買いだった。



逮捕から2日後の18日、当該ホールへ電話してみると、ソフトバンクのケータイへ転送された。



「きょうはお店は営業していますか?」



「パチンコのほうですか?」



「そうです」



「パチンコの方は営業していません」



これだけ分かれば十分だった。



すでに営業はしていない。



「看板料だけ払っているホールが未だに残っていて、今回のホールもその一軒だった。なぜ、そうなっているかというと一時期景品業者を県下で統一する機運があったんですが、県外の大手が出店してきてその話も断ち切れてしまった。ホールの系列会社が換金所をやっているケースも少なくなかった。今回逮捕者が出たことで、きっちり3店方式が守られていないホールも重たい腰を上げざるを得なくなった。ここは単店だったがチェーン店だったら大変なことになっていた」(事情通)





今回は特殊景品の商品価値にも問題があった。昔懐かしい「ライターの石」を使っていたようだ。



この県では3店方式が100%守られていなかったために、昨年4月、警察の方から3店方式を遵守するように組合に通達があったようだ。



いわば“最後通告”があったにも関わらず、ホールは従うことなく営業を続けていた。弁解の余地もない。



北海道と同様に自家買いなのだが、北海道では行政処分が出るまでは店は営業を続けていたが、こちらは経営者が逮捕された翌日からは営業していないようだ。



厳密な3店方式が守られていないのはこの県が特殊な事情でもない。地方へ行けば厳然と残っているのも事実だ。



経営者逮捕を伝える毎日新聞には社長のコメントが「買い取りが悪いと思っていない」と掲載されている。



この短いコメントには、昔はこれでよかったのに、なぜ、今はダメなのか。ヨソもやっているのに、なぜ、うちだけが挙げられるの、という悔しさが感じられる。



昔は黙認されたことも時代の変化と共にダメになっているが、3店方式はパチンコ業界が遵守しなければならない1丁目1番地である。



それができないようであれば、業界から退場するしかない。





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抜くことは絶対必要

日報の読者の9割の方は粗利を取る=抜くことに非常に批判的ですが、私は抜いて何故悪い?と毎日思っています。



ノルマを達成できない人間は店長ではないと思います。お客様のための商売という意味で粗利は必ず必要です。



何故なら新台も買えなければ、古びた設備も補修できなくなり、営業がマイナスになるからです。



この仕事は慈善事業ではありません。



昔は何もしなくても客は入り、粗利は取れました。



今は機械特性で非常に取りにくくなってます。



新台週に粗利を取ることがなぜ駄目なんでしょうか? 稼働が上がる時ほど景品玉を抑えるのは常識です。



出したから次の日や翌週につながる時代ではなくなりました。



あるホールで毎日、計画の利益率に合わせた調整をしなさいというオーナーがいました。



「稼働は必ず上がる」と断言するくらいでした。



そのオーナーは今の時代には珍しく創業者で、本部長も兼任していました。



ただ昔の栄光や感覚で語るだけで根拠が全く伴ってない。



計画通り調整して計画通りの稼働が推移すれば計画の粗利は確保できます。



出なければ? 



過剰な取りすぎは私も反対です。



そこは店長や経営陣の手腕であり、暦を読んでどのタイミングで取り、どのタイミングで開けるか、どの日か、どの機種か…緻密な計画、明確なビジョンで営業することが釘よりも大事だと思います。



抜くことに反対の皆さん、一度経営者になった感覚で釘調整してはいかが?





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Sスキームが租税回避になった背景

世間を騒がせているSスキームなる節税方法がスタートしたのは1998年ごろから、といわれている。



指南役となった税理士先生は、その昔、パチンコ業界のホール組合で講演した実績もある。税とは戦う姿勢の税理士先生だったようだ。



今回のSスキームが節税か、租税回避かは企業側と国税の間で見解が分かれるところだが、10年以上も前から行われていたSスキームが今ごろになってなぜ急に問題視されるようになったのか。一番の関心事はこの点だろう。





Sスキームにはいくつかの方法があるようだが、週刊朝日によると代表的な方法が価値の下がった不動産を別の子会社へ移すことで含み損を表に出すこと。例えば10億円で取得した不動産を所有していて、実勢価格が5億円に下がり、路線価格は4億円になった、とする。



この不動産を4億円で子会社へ譲渡すると親会社は6億円の差損を「譲渡損」として計上できる。損金分だけ納税額を圧縮できる。この場合の特徴は単純に譲渡するのではなく、「現物出資」という形で不動産を移動させ、親会社は現金ではなく子会社の株式を受け取るので、現物出資であれば現金がなくても不動産を移転することができる。



こうした方法が合法的な節税なのか、それとも租税回避になるのかは、国税の判断となる。



2001年の税法改正で企業組織再編税制を応用したものが上記のケースでもある。



この法律改正の本来の目的は日本企業が国際競争で負けないように現物出資や合併分割をやりやすくするためのものだった。



従って、この方法が国税内部でもただちに真っ黒と言えないので、国税も10年以上の手を付けなかった、といわれている。



そういえば、風営法改正を悪用したのが診療所などを使って出店妨害する方法だった。昭和60年の改正で学校や病院などの保護対象物から100メートル以内はパチンコ店が建てられなくなった。この法律を逆手に建築途中のパチンコ店の周辺に診療所を建て、パチンコの営業許可が出ないように妨害工作をしていた時期があった。



今は妨害目的と警察が判断すれば、パチンコ店の営業許可を下すようになったので、この手の妨害工作は下火になったが、Sスキームは何やら同じような臭いがする。



国税としても真っ黒ではなかったから10年以上の手を付けなかったようだが、今回国税が動き出した背景には、パチンコ業界を懲らしめたい勢力の力が働いているようだ。



「東日本大震災後のパチンコ業界の対応には、石原都知事をはじめとして多数の非難を浴びました。今後の消費税対応についても業界がどんな対応をするのか国税は高い関心を示しています。カジノ推進派なども含め複数の力が働いて、今回GOサインが出たものと思われます」(都内税理士)



グレー判断だったSスキームが租税回避に振り子が動いた背景には、消費税対応もきっちりしろとのシグナルでもあるかのようだ。





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町のパチンコ屋さんでありつづけること

「パチンコ屋さん」



その昔、私は何となく親しみを込めてそう呼んでいた。



お父さんが煙草を買いに出掛け、ふらりと立ち寄るパチンコ屋さん。



戦利品のお菓子を抱えて帰る。そんな風景が、あの国民的アニメサザエさんでも放送されていた。



小学生の頃、同級生のパチンコ店は、決して立派とはいえない佇まいだった。



でも何故か、お母さんは毛皮のコートに身を包み、大邸宅から出てくる。



そんなパチンコ屋さんというのが謎のベールに包まれいた。



謎のまま私は、お父さんが「パチンコ行ってるよ~」というと「しょうがないな~」という感じで親しみを多少込めて、許容できていた。ような気がする…。



しかし現代は、件のアニメからもその姿を消し、親しみも消え失せ、謎のベールも剥がされてしまった。



それは、誰もが広く簡単に情報を共有できる様になり、テレビでは、業界関係の派手な様子が映し出される様になった、ということもあるのでしょう。



一般的には、パチンコと全く縁が無い人にも、馬主云々、海外進出や芸能人との結婚、交遊関係等々と派手な私生活が伝わることにより、パチンコ=ぼろ儲け=ギャンブル=犯罪、借財=犠牲者=悪の温床と烙印を押され、潰すのに何の問題も無いという大義名分が成立してしまうものなのでしょう。



そして、それが人情。



だからといって、このまま潰れて良いはずもない。



多くの業界従事者や家族を路頭に迷わすことは、失業者を増やし、国力を落とし、悪循環を招くだけなのですから。



この業界には、まだまだ立ち直れる底力があります。



戦後から這い上がる日本に、庶民の娯楽として定着し、共存共栄してきたのですから。



その過程で、悪い事もしたのかもしれない…多分したのだと思う…解らないけど(咳払い)。



これから生き残るために、改善し活路を見出だすことは出来ます。ヒントも沢山あります。この日報の中にも。



業界の情報をパチンコと無縁の庶民が知ることにより、その流れを利用したい者や思惑も起きるのでしょう。



業界の外側からジワジワと、追い込もうとしている感は、否めません。



この混沌とした中から脱却し、生き残って欲しい。新たに再生して欲しい。そう願っています。



日報には、業界の方や、それに準ずる方、良くは、思っていない方、一般の遊技者の方、全く無縁の方など幅広い層の方々が訪れている様に思います。



その思いを真摯に受け止め、庶民の娯楽、パチンコ屋さんであり続けて下さい。



業界の方々の丁寧な言葉使いを拝読し、まだまだ、何とかなる!と。



つい応援したい気持ちになり、長々書き込みました。



業界の皆さん頑張って下さい。



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ビギナーズラックでもパチンコにはまらなかった私

私のはじめてのパチンコ体験は今から15年ほど前に遡ります。



職場で3人仲のいい友達がいました。



そのうちの一人の彼氏がスロット好きで時々一緒に行っていたようです。2人はZippoの金と銀の御そろいのライターを持っていたんですが、彼氏がある日台を取るのに、金のZippoを置いていたら、なくなっていたことにスロットで負けた以上に悔しがっていた話を聞いたことがありました。


そんな強者の彼女が、私達に、昼休みに行って見ない?と誘ったことがきっかけでした。会社の隣には超~大きなパチンコ屋さん。



それで私は1回くらいは、社会見学のために行って見ようと思い、のこのこ(笑)とついて行ったのでした。



ちなみに私の部署はお昼休みが1時間半もありました。テレビを見ながら、飲み放題の、ヤクルトやジョア、お菓子が食べられました。そういう、ゆるい時間をパチンコに当てられる環境でした。それで お昼休みに、新人女子3人で、こっそり行って見たのでした。



誘ってきた彼女はスロットコーナーへ。私たち2人はパチンココーナーへと別れました。



私は見よう見まねで玉を出して、ハンドルをグイッとひねってみました。台は確か人の名前っぽかった気がします。



で、玉を見てると、そのうち、真ん中あたりに変な風に玉が入って、他のは下の穴に落ちて行きました。



で、私の悲劇は、ここから始まったのです!



落ちる玉をボケ~ッと見てると、いきなり、爆音がして、台が光り始めたのです!



心臓バクバクで、手を離しかけたその時でした。



隣のオジサンが「お嬢ちゃん、ダメだよ」と私の手を押さえて、ハンドルにお金?か何かを挟んでくれました。



そして、店員さんが明らかに私の座ってる台の番号を連呼して「○○番台フィーバー」とか「ジャンジャンバリバリ」とかマイクで叫び始めたんです。



それがもう恥ずかしくて。



挙げ句、店員さんが足下に箱を置いて、あろうことか私の頭上に「フィーバー中」見たいに書いてあるプレートを付けて行ったのです。



もう、この状況に耐えられず、気が動転した私は、今までにない裏返ったかん高い声で隣の親切なオジサンに「これ、あげます!」と押し付けて、ダッシュでその場を逃げ去りました。



ロビーで心臓をバクバクさせてると、一緒に行った仲間が「見てたよ~派手に光ってたね~」と面白がる始末。



台を放棄したので、悪い事をした気持もあり、ずっと恥ずかしくて、ドキドキしていました。



玉がどんどん出てきたら、本当にビックリで、ついて行けないです。



私は、その後は、一度も行ってないのですが、もう1人は、玉がどんどん出るのを体験したくて、1人で行くようになりました。



私は、出てビビり(笑)興味を無くし、もう1人は、興味を持った。



依存性になるか、ならないかのボーダーラインは、そんな紙一重のところに、あるのかもしれませんね。







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