総台数は170台ほどの小型店舗。居抜きの賃貸物件で3年ほど前からA社長が経営している。
ホールオーナーといえばお金持ちを想像するが、A社長はサラリーマンからの転進で、マイカーは軽自動車。独立するために借金も多く、裕福な生活とは無縁だ。
A社長はお客さんとは積極に触れ合う、顧客密着営業を得意としている。
ホールの中心客層は朝から夕方までは年金生活しているようなお年寄りが中心。夕方からは肉体労働の若年層が訪れる。
顧客密着営業でジワジワとファンとリピーターを増やし、以前の経営者の時代に、昼間は20人しかいないようなホールをピーク時には120人ぐらい入る店にした。170台ほどの規模で月間粗利を1000万円たたき出すようにした。
70歳を過ぎた常連のあきちゃんは、以前はスナックの経営をしていた。今は引退して、楽しみといえば、この店で朝から夕方までパチンコを打つことだった。
ある日、あきちゃんが社長にこう告げた。
「きょうで最後になるかも知れんのよ。昼からがんの手術で入院することになった」
「そうですか。じゃ、昼まで思う存分楽しんで下さい」
社長はポケットを探ると2300円あった。
人件費の削減のために社長自ら表周りをしていた。こっそりと、近くの花屋に行って2000円分の花束を買って来た。
運良くあきちゃんは、ちょっとだけ勝った。
景品交換所からの帰り際に「お見舞いにはいけないから」といって先ほど買っておいた花束を手渡した。
あきちゃんの目が潤んでいる。一緒にあいさつに行った女性スタッフはボロボロ泣いた。
そして、タクシーに乗って病院へ向かった。
それから5カ月ほど経ってあきちゃんが帰ってきた。
「あなたも苦しいのに、よく頑張ってるね」
花束をもらったことが、よほど嬉しかったのか、スナックの常連客に、この店に遊びに来るように電話してくれていて、その数は10人ほどに及んだ。
退院後もあきちゃんは毎日来てくれるのだが、遊び方が変わった。
大当たりして玉箱を積んでいても、上皿、下皿の玉がなくなると、千円札を投入して、玉を買うようになった。
社長はどうして、後ろに積んでいる玉箱の玉を使わないのか聞いた。
「社長は今、おカネで悩んでいるんでしょ。今が踏ん張りどころだから、頑張りなさい。私が玉箱を積んでいたら出ているようにも見えるでしょ」
あきちゃんは店の売り上げだけでなく、見栄えにも協力してくれているのだった。
「お金の無駄遣いですから、それだけは止めてくださいよ。普通に遊んで下さいよ」と懇願した。
この店は貯玉再プレイシステムを導入している。あきちゃんは会員にもなっているが、貯玉をしようとはしない。
あきちゃんは再プレイの手数料を取らないことに「それでは店が儲からないでしょ」と頑なに拒んでいる。
顧客密着営業の真髄を見た思いがする。

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