年は80過ぎ。
「お久しぶりですね」
思わず店長が声をかけた。ここ2年以上店に姿を見せていなかったからだ。
するとおじいちゃんは、この2年間病院へ入院していたことを話し始めた。
「内臓疾患で、もう、内臓はボロボロやった。入院中はとにかくパチンコがしたくて、したくてたまらんかった。退院したら真っ先にパチンコすることだけを考えていたよ」
どうやら、正月の仮退院のようだった。
店長をはじめ、主任や役職者は、毎日のように来ていたおじいちゃんの姿が見えなくなって、おじいちゃんの仲間にも聞いてみたが、「分からない」という返事しかなかった。
心配していただけに、おじいちゃんの姿を見たときは安堵した。
おじいちゃんはこの日のために小銭を貯めていた。
売店で買い物した時のお釣りを貯めていた。
「これを札に両替してくれんか」
大量の小銭は100円、50円、10円、5円、1円。500円玉はなかった。
集計するのに1時間ほどかかった。手の空いた者が交代で数えた。
全部で6万8245円あった。
おじいちゃんは、これを1日で使ってもいい気分になっていた。
「久しぶりに打つんでどの台がいいかの」
MAX機ではいくら6万円あってもすぐになくなる可能性がある。そんな台は勧められない。
店長は最も遊びやすい沖海3の甘デジを勧めた。
するとラッキーなことに500円目で大当たりした。
出玉は1万1000発あった。4円等価なので4万4000円也。
「これで軍資金は10万円になった。明日も、正月も来るぞ。パチンコはほんまに楽しい」とニコニコ顔でタクシーに乗って帰っていった。
店長はおじいちゃんが、退院したらいの一番にパチンコしに来たことと、500円で大当たりしたことが、うれしくて、うれしくて、感情がこみ上げてきた。人目を憚らず泣いた。
おじいちゃんを古くから知っている古参格の主任は、2年以上も来店していないことに、死んでいたのではないか、と思っていたぐらいだ。
おじいちゃんが、病気を克服したのは、「退院したらパチンコをやる」という強い気持ちがあったからではないだろうか。
パチンコが生きる希望になっていた、というのは言い過ぎだろうか?
買い物してお釣りを貯めることも、パチンコをするための楽しみであったに違いない。
パチンコもこうやって役立っているのだ。
追記
翌日朝7時に一人の男性がホールにやってきた。
掃除をしていたおばちゃんに「店長はいらっしゃいますか」と声をかけた。
男性はおじいちゃんの息子さんだった。
「きのうはどうもありがとうございました。おやじがとっても喜んで帰ってきました。あんな明るい顔を見たのは久しぶりです。ボタン一つで、ありがとうございました。これは自宅で採れたゆずです。皆さんで召し上がってください」
息子さんはお礼に来たのだが、おじいちゃんの話を聞いて、完全に誤解していた。
店長がおじいちゃんのために遠隔操作で大当たりさせたものと思い込んでいた。
「いやいや、それは誤解です。いまどき遠隔操作をしている店はありません。たまたま500円で当たっただけです。ですから、きょうも、正月もお見えになると思いますが、負けることもあります」と説明し、お礼の品は丁重にお返しした。
おじいちゃんは、今でもパチンコは遠隔操作をしているものと思い込んでいる。
この年代の人には、遠隔は都市伝説のように刷り込まれている。
この誤解を解くのも業界の仕事だ。

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