パチンコ日報

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パチンコ業界の遺物と未来

東京・国分寺にある「国分寺マルイ」は東日本大震災以降、日没後もネオンサインを点灯しないまま14年が経過している。震災直後の節電の流れから始まった対応だが、今日に至るまでネオンを消し続けているのは、単なる習慣なのか、それとも経営的な判断なのか。


「ネオンサインが点いていようがいまいが、集客には影響しない」という結論に至った可能性もある。

実際、ネオンサインの有無で購買行動が変わる時代ではないのかもしれない。

この話題をきっかけに、ある業界関係者の宴席で、パチンコ店のネオンサインについての話が始まった。

「いまだにパチンコ店と言えばネオンギラギラのイメージが強いけど、今どきネオン管を使ったホールなんてほとんどないよな」


「確かに。昔は開店花輪も並んでいたけど、今ではそれすら見かけなくなった。一時期、夜でも目立つように電飾花輪が流行ったこともあったが、それも廃れたな」

「新装開店の際には生花を飾ったものだけど、それすらなくなった」

パチンコ業界から消え去ったものについての話題で、宴席は盛り上がった。

「そういえば、マイク放送もなくなったな。昔は店員がマイク片手に『おめでとうございます! 本日大当たり継続中!』とか、勢いよく叫んでいたけど、今の店員にあれだけ喋れる人はいるんだろうか?」

「懐かしいなぁ。『小さなチューリップから大きな花を咲かせましょう! ジャンジャンバリバリ!』っていう決まり文句があったよな」

話題はすっかり「パチンコ業界の遺物」へと移っていった。

まず、ノーパンク営業が主流となり、「終了台」「ラッキー台」と書かれた三角プレートは姿を消した。かつて新装開店時には、店の宣伝カーが街中を走り回り、チンドン屋を雇って賑やかに集客を図ったものだったが、時代はSNSへと移り変わった。

また、各台計数機の普及により、かつては当たり前だった玉を拾うための磁石棒は不要となり、玉箱も姿を消しつつある。こうした設備の需要がなくなると、それを扱っていた商社も次第に姿を消していく運命にある。

「30年後には何がなくなっているかな?」

「もうかなり削ぎ落とされているから、大きな変化はないかもしれないな」

しかし、そんな会話の中で誰かが冗談めかして言った。

「答えはパチンコ業界そのもの、だったりしてな」

パチンコ業界が縮小し続ける現状を考えれば、決して笑い話ではないかもしれない。

あるホールの事務所の応接間には、オーナーの意向でひし形の皿がテーブルの上に置かれている。これは、昔を知る人ならすぐにわかる余り玉を計数するための皿だ。業界の過去を懐かしむために置かれたものだが、単なるノスタルジーに浸るだけでは、業界の未来はない。

失われたものを振り返ることは重要だが、それ以上に、これから何を残していくかが問われている。



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