「毎日が辛くて仕方ない。行っていた店が出さなくなって、衰退していくばかり。良かった時は年間600~700万円は稼げたが、去年は250万円。今月の稼ぎはやっと20万円。この年になると自分が情けなくなる。この先なんの保証もない」
Aさんの顔見知りには、地方から東京へ流れてきたBさんがいる。
「関東はまだ大型のグランドオープンがあるが、地方は派手なグランドもなくなったので、5年前に東京へ出てきた。今は6人のシェアハウスに住んで家賃・光熱費は3万円。食べるものも切り詰めている。それでも14~15万円しか稼げない。パチンコが衰退するのと一緒にプロも食えなくなっている」
20万円も稼げなくなったら、プロとして立ち回る魅力もない。
朝一から抽選に並び、閉店まで打つには、効率の悪い稼ぎともいえる。
昨年8月にも16年間続けてきた大阪のピンプロ(32)が引退したエントリーを書いたが、彼が引退した理由は、ずっとプラスにしてきたのに、昨年6月に初めての赤字を経験したことが引き金になっていた。
当時の心境を次のように語っている。
「グランドオープンはプロやウチコも集客効果として釘を開けていましたが、グランドオープンした店舗は、4円の釘は初日から閉めていてプロ連中も『この店アホか』と諦めるぐらいプロ飛びが凄かった。どこのホールも最後のMAX機商戦で抜いてくるでしょうから、1年後には一般のお客さんのいなくなりますよ」
稼がせてくれた優良店がどんどんなくなって行くことにも一抹の不安を覚えていた。
Aさんはいう。
「人間の体にはいい菌と悪い菌が同居してバランスを保っている。悪い菌を取り過ぎるといい菌まで殺してしまうことになる。昔のホールはプロと一般客が絶妙なバランスを保っていた。プロを排除するような釘や設定になれば、一般客も寄り付くはずもない。プロも食える店は繁盛しているが、そういう店がどんどんなくなっている」
プロと一般客が共存できるスタイルといえば、昔の定量制しかない。
朝一でプロが打ち止めにした台を午後から一般客に開放した。
今の無定量、台移動自由、出玉共有とお客さんのためにと思って始めた営業スタイルがプロやウチコ軍団を増幅することになった。グランドオープンの賑わいを作っているのも彼らである。
定量制に40玉交換。先人が編み出した営業スタイルは、改めてパチンコが娯楽だったことを教えてくれる。

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