パチンコ日報

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仕事を誇りに思うためには仕事を好きになる


3月15日、大阪・梅田で開催されて「社会におけるパチンコ店の役割を考える集い」(シナジーアーク、パチンコ日報共催)より。

講師:大村成憲(B.K.Dプランニング代表 元パチンコチェーン取締役)


戦後70年続いてきたパチンコ産業は、娯楽産業として意味があるから生き続けられている。では、なぜ、70年も続いているかといえば、射幸性の幅を守り続けてきたからだ。

もちろんパチンコは射幸性がなければ成り立たない。射幸性が高くなりすぎると法律で規制されてきた。

1985年、三共がフィーバーを発売した。当時は玉が出過ぎて、それに驚いたお年寄りが亡くなる、ということがニュースにもなった。そのため、アタッカーの開口時間を30秒に規制し、それがさらに15秒に規制され、ついには10カウント規制が入り、これでフィーバーも終わった、と危機感がもたれた。

1992年にはCR機が登場して、花満開は一気に射幸性が高まり、プリペイドカードを普及するけん引役となった。

1995年は市場規模が30兆円産業と言われ、ファンは3000万人に膨れ上がった。

1997年は社会的不適合機(現金機)が撤去させられたが、1999年に発売された海物語がヒットしていく。

2006年はスロットの4号機が撤去され5号機時代に入っていく。

2016年は検定機と異なる遊技機が撤去されることになるが、射幸性の幅を守り続けた70年の歴史とも言える。

つまり、射幸性の範囲を守れば続く産業でもあることが言える。だから、国民から「パチンコはあってもいいよね」と言われる産業=周縁産業でなければならない。周縁とは中心ではなく、周り、ふちという意味がある。

パチンコ産業で働くことに誇りを持つ。そのためには仕事を好きになる。好きなことを仕事にできる人は極、限られている。

前職では社会人野球部があった。東京ドーム、京セラドームへもコマを進めた。トヨタなどへ行けなかった選手がウチに来たが、それでもプロを目指している。高校・大学の野球部は6万人の選手がいる。そのうち、ドラフトにかかるのは80~100人。実に0.2%しかプロの道へ進めない。

好きを仕事にすることは甘くはない。でも、仕事を好きになることはできる。与えられた仕事を全力で取り組んだら仕事は好きになれる。

半年、死ぬ気でやったら仕事を好きになることが見えてくる。

モチベーションの3要素は、公平、達成感、連帯感。この3つが高い会社の社員はモチベーションが高い。

入社3年目で伸びる社員と伸びない社員に分かれる。仕事の意味が分かった時に伸びる。

レンガを積んでいる職人に、なぜレンガを積んでいるのか聞いた。

1人はおカネのために働いている、と答え、もう1人は大聖堂を作るため、と答えた。前者は自分のために働いているが、後者は社会の人のために働いている。

この例が仕事の意味でもある。

会社は組織である以上、離職はつきものだが、離職率の適正率を考えた。

10%しか辞めなかった時は、会社が生ぬるかった。20%を超えると会社の内部に問題があった。15%が適正だという結果になった。

退職者に対する面接を必ず行っていた。2つ以上上の上司が聞くことがポイントで、会社の問題点が見えてきた。直属の上司にはいえないことでも、もっと上の上司なら本当のことを話してくれる。

そこで、問題点はすぐに手を打った。その問題点を改善することが、大幅に離職率を下げることにつながった。


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