
この時代からパチンコを打ち続けている50代のおやじ6人が集まって、パチンコ談義に花が咲いた時にこの「ジャンケンマン」のことが話題に上った。
「飛び込みから入って、ジャンケンに3連勝するとチューリップが全開になったんだよな」
「そうそう、客はグー、チョキ、パーをボタンで選んで…」
「今の台はスタートに入った時にすでに勝ち負けは決まっているけど、あの頃の台は初めから負けは決まってなかったよな」
「俺なんか出るパターンを全部メモしていたぜ。それで結構、ジャンケンには勝てた」
「飽きなかったよな」
で、この時満場一致で「復活して欲しいNo1台」として、ジャンケンマンが決定した。
パチンコ談義はさらに続いた。
「ヒコーキ台でも初代のゼロタイガーは、ラウンド中にVに入れば永遠に続く感じがよかったよな。今のハネモノはラウンドが決められているのが、つまらない。ラウンドではなく、Vに入れば、継続するアナログ的な方が絶対いい」
「昔の台は結構クセがあって、そのクセを読んで毎日打っていた。今の台はゲージも同じで打ち方を変えても変わらない。技術が使える台が欲しい」
誰が打っても差が出ないように、業界では統一ゲージが普及して行ったが、それがパチンコがつまらなくなった原因としている。
「昔はパチンコ屋へ行くのが楽しくて、楽しくて、夜眠れないぐらい朝が来るのが待ち遠しかったよな」
当時は定量制が主流の時代だから、終了した台は、夕方からのサラリーマン客様に開放したものだ。夕方から来ても終了台を確保できれば勝てるチャンスがいくらでもあった。
終了台を開放する営業方法は、1人に大勝させるのではなく、終了台を何人にも開放して少しでも多くの客が勝てるチャンスを与えてくれていたから、パチンコが楽しかった時代だった。
この時代は当然、40玉交換時代である。これが100%以上玉を出しても、ホールが赤字にならないパチンコ営業の原点だ。
今、射幸性を高めて客を半減させたパチンコ業界の後追いをしているのが、宝くじだ。宝くじも年々売り上げが減少しているため、テコ入れ策として賞金額を段階的に引き上げ、2015年の年末ジャンボは1等を前後賞合わせて過去賞金額を10億円に引き上げている。
賞金額がアップした分、当選確率は1000万枚に1本から2000万枚に1本、と確率は悪くなっている。
パチンコの甘デジ版ともいえるジャンボミニを2014年からスタートさせ、2015年は1等7000万円が190本も当たるようにしている。
1人を大勝ちさせるより、勝ち金額は少なくても、勝てる人を増やす方が人口は増える、というものだ。
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