パチンコ日報

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不惑の年で転職

メガバンクの出世競争は一番熾烈かもしれない。例えば100人の同期がいたとすれば、50代で本店に戻れるのは数名で、その中から1人がやっと役員になれる。

出世競争は入社当時から始まっている。最初の配属先が東京、大阪の大都市部の大きな支店なら幹部候補生で、地方の小さな支店ならこの時点で出世コースから外れたようなもので、次の異動でも小さな支店なら出世コースから外れたことが確定となる。

出世コースから外れる=本店には戻る見込みがないとなると40代で取引先へ出向したり、転籍という形で別会社へ飛ばされたりする。

つまり、40代が肩たたきの時期でもある。

パチンコ業界でも大手となると同様の縮図を見ることができる。

メガバンクと違うのは現場の店長を経て本部に上がっても、そこには窓際もある。本部へ上がったからといって将来が嘱望されているわけではない。

今の給料に不満はなかったが、同僚がリストラされるのを目の当たりにしたことがきっかけだった。

Aさんは残りの人生を今の会社で安心して働けるだけの自信を失ってしまった。定年を過ぎても安心して働ける場所を探したくなった。

転職活動を始めた。

同業他社を受けたが、年齢的なこともハンディになっているのか、ことごとく試験に落ちた。

社長面接の時思い切ってダメな理由を聞いた。

「おたくのやり方が通用したのは時代が良かっただけ。最近出店した新店の稼働が良くないのがその証拠。泥臭い営業はできないだろうから、うちには合わない」

自分のキャリアで田舎のホールなら楽勝だと思っていたのに、この社長の言葉には心が折れそうになった。

合計20社あまりを受けたがすべて不採用となった。

業界から足を洗い、タクシー業界へ転職することを考えた。理由は、法人に勤めた後で個人タクシーをやりたいと考えた。個人タクシーなら定年もなく、70歳過ぎてもまだまだ働ける、と考えたからだ。

そこで、都内の大手タクシー会社の面接試験を受けたが、これも不合格となった。

人間的に自分に問題があるのではないかと、悩むようになった。

第一線を離れても定年まで安心して働ける部署を確保することも必要になる。終身雇用制があったころの日本経済は強かった。

パチンコ業界ではまだ定年まで勤め上げる習慣がないといえばない。未だに退職金が勤務年数×1万円というホール企業もあるほどだ。


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