パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

一戸建てのプレゼント

ホールに22年間勤務した夫婦が2人で1億円貯めた話を読んだホール関係者からこれまたすごい話が飛び込んできた。



ホールオーナーが頑張る社員に対して一軒家をプレゼントした、という話がそれ。



一軒家と聞くとぶったまげるが、土地代は極めて安い田舎の話で、家も平屋のこじんまりしたものだった、と聞けば納得するだろう。



2人はW不倫だった。お互いの家庭を捨て、駆け落ち同然で職を探す中で辿りついたのがホールだった。



昔のホールはそうした弱者の受け皿だった。



訳ありの2人を拾ってくれたオーナーの恩義に報いるために、2人は真面目に働いた。ホールの仕事に慣れ、生活基盤もできたので、お互いが離婚を成立させ、晴れて正式な夫婦となった。



真面目なだけでなく仕事振りも有能で、店長に昇格させた。



1店舗しかなかった店舗が2店舗になった。それも店長のお陰だと感じたオーナーが2人のために一軒家をプレゼントしたのであった。



オーナーはその店長に「一生うちで働いて欲しい」と全幅の信頼を寄せた。



貯金もできるようになった。



好事魔多し。



近所に大手が進出してきた。



店長の努力も空しく、業績はみるみるうちに下がる。幸いオーナーは借金もなかったことから店を閉める決断を下す。



その時店舗を店長に譲渡しようとしたが、店長はそれをキッパリと断った。



結果的には、1億円を貯めた夫婦のようにハッピーエンドとはいかなかった。一軒家をプレゼントされた後の落ちは店を畳んだ、ということになるが、昔はそのような話もあった、ということだ。



昔話ついでに。



現金機時代に遡る。



当時の客は両替した500円玉を玉箱の中に入れて遊技したものだ。



玉が出始めると500円玉があることも忘れて、玉を入れ、そのままジェットカウンターに流すからジェットカウンターの受け皿には現金が貯まっていることがあった。



その金額は1日で2000~3000円にはなった。大型の繁盛店ともなると1万円近くになるケースもあった。



そのカネをどう処理するかは、各店舗でそれぞれのやり方があった。



やっぱり業界がおかしくなり始めたのはCR機が登場して、確変が認められ射幸性が高くなってからだ。業界がこぞって射幸性にアクセルを踏み続けた結果が今の姿でもある。



現金機の時代が一番良かった、という関係者は少なくない。



プリペイドカードを使わずとも脱税防止の方法はいくらでもあった。



CR機で業界がおかしくなった後、止めを刺すのが突如降ってわいた一物一価の徹底だ。





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土地争奪戦

地方の郊外で再開発計画が進んでいる。目玉は大型ショッピングモールの出店だ。地域の活性化のために県が大いに乗り気で、箱は3セク方式で建てるようだ。



この大型再開発情報を聞きつけたホームセンターや格安輸入家具チェーンもこの地域に出店する動きが出ている。



不動産情報はパチンコ業界へも当然入って来る。



さっそく、出店希望のホール企業が2社ほど名乗りを上げ、土地の争奪戦が始まっている。



地権者は地元の農家が大半だ。



土地は買い取りでも賃貸でもOK、という条件を出しているが暗礁に乗り上げている。



「地元のためになる業種なら喜んで貸すが、パチンコ屋に土地を貸したとなれば末代までの恥になる」(農家)という理由である。



田舎の農家の人たちにはパチンコにいいイメージを持っていないようで、ホール企業には土地を貸さない、という農家は一軒や二軒ではない。



ホール側も条件を出した。



実勢価格の倍で買い取る案を出した。



2億5000万円~3億円とすれば、5億円である。賃貸なら年間2000万円ほどの賃借料が入る。



さすがにこんないい条件を出されると農家の人も心も揺れ始めた。



しかも交渉に赴いた時に現ナマを差し出したことから、その噂は近所の農家に一気に広まった。



「やっぱりパチンコ屋凄い」



「やっぱりパチンコ屋はえげつない」と賛否両論が渦巻いている。



ショッピングモールが着工するのは2年後。大規模再開発なので完成するまで少し時間はかかる。



ショッピングモールが完成すれば、その周辺には前述したようにロードサイド型の量販店も次々に出店してくる。



町が拓けて土地の値段が値上がりすることは間違いない。こんなおいしい情報を地元の不動産屋が見逃すはずもない。



土地が上がることを見越して、内緒でせっせと土地を買い漁っている。



金儲けが上手な人のところには、一般人が知り得ないような情報を持っているものだ。



数年後にはどこのホール企業が進出を果たしたかは、いずれ明らかになる。農家が意地を通さなければの話だ。



この地域ではすでに全国チェーンが営業している。



ここで高コストで出店した場合、既存の大手に太刀打ちできるのか気になるところである。





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成功の秘訣は5枚、35玉交換

4円の稼働が今年に入ってますます落ち込んでいる。お客の金が続かない、というのが理由の一つではあるがそれ以上に機械にも問題がある。



「今年発売されたパチンコ機で面白い機械がありましたか?今週からタロウが稼働していますが、展示会で見て、どうして買うのか分かりません。次のAKB欲しさの機歴のつもりで買っているのでしょうが、欲しくもない機械を買わされる販売方法をそろそろ断ち切らなければ、ますます業界からお客さんが消える。うちは1パチ専門なので安い中古しか入れられないので、機械代回収のために釘を閉めることはないが、今や4円の新台は稼働があるうちに回収するために導入しているようなもの」と現場からは不安視する声が聞こえてくる。



結局、4円の稼働が低迷しているので、どこで利益を抜くかというと稼働があるうちに抜ける新台へ走るために、機械寿命がますます短くなる、という悪循環に陥っている。



加えて、機械をよく吟味する時間を与えないメーカーの販売方法にも問題がある。



「展示会では強制基板で面白い演出のところだけを見せるような売り方で、平常時の状態が見えない。スロットで言えば設定1の状態がどれだけつまらないかは、展示会では分からない。展示会の日には完売しているようなケースも少なくない。吟味する時間も与えない売り方も問題がある」と憤る。



それでなくても4パチの稼働低下に拍車がかかる中で、一物一価の徹底指導だ。



現状ではどうしても好調なスロットの5枚交換に合わせてしまうので、パチンコは25玉を選択してしまう。



一物一価を徹底している福岡では5枚、25玉が主流になってきたため、等価営業ではどうしてもパチンコの釘が閉まるために、業界を挙げて客離れにせっせと勤しんでいる結果になっている。



これを打破しようとすれば、2フロアー構成のホールなどは営業許可を別々に取るしかない。



それで成功しているのが、とある県の理事長の店。



1階がパチンコで、2階がスロット。スロットは5枚でパチンコは35玉交換で営業しているが稼働は好調。



「パチンコは駐車場があれば常連になりたい釘です。調整が下手なのか、確変の時に玉が増える。確変中は90~95%以内で調整するのが普通ですから、35玉交換ではいい釘」



等価ではそうした遊ばせる釘にすることはできない。



業界が生きていくためには、スロットは5枚で、パチンコは30~42がベターである。



警察が指導する手軽に安く遊ばせる大衆娯楽を追求するのであれば、射幸心を煽る一物一価はその真逆の位置にある。







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年1回玉運びに汗を流すオーナー

倒産寸前の実家のホールは、多額の借金があってRCCの管理下に置かれていた。



競売にかけられる寸前だった。実家の危機を救うために、年収1億円の仕事を捨て、実家の立て直しに入った。34歳の時だった。



14年間はサラリーマン生活を送っていた。金融機関に7年、外資系の保険会社で7年。この時、生命保険のトップセールスとして年収1億円を稼ぎ出していた。



この分野のセールスレディーは使い捨ての側面が高く、営業ノルマを達成するために、まず身内の契約を取るものだが、そんな営業先ですら、保険の仕組みを説明して、ひっくり返す力を持っていた。



サラリーマンといっても個人事業主に近いものがあった。契約を取れば取った分が収入となった。そういう生活を送っていたので家業を継ぐ気もなかったが、父親も継がせる気はなかった。



ホール経験はなかった。立て直しメンバーを集め、現場で一緒になって表周りに汗を流すことから始めた。



その姿を見て金融機関は「これは競売にかけられない!」と判断を下した。



借金を返済するのに4年かかった。



その時、金融機関からかけられた言葉が今でも脳裏に焼きついている。



「RCCから卒業してください。もう十二分に返済してもらいました」



一生忘れられない最高の言葉を贈ってもらった。



ポリシーはホールを身内に世襲させないこと。自分の子供に会社を継がせる気持ちはさらさらない。世襲が当たり前のパチンコ業界にあっては特異な存在でもある。



実際に40代半ばで社長を退き、一般社員から這い上がった人材を社長に就任させた。



「100年企業を目指しているので身内では続かない。能力のある者が社長になればいい。サラリーは多ければ多いにこしたことがないがきりがない。それよりも夢をきっちり持った方が皆、楽しんみながら真剣に仕事ができる」とキッパリ。



4年でRCCから脱却した真髄はこんなところにある思いがする。



「お客様のために何かしたい。常連のお客様から何か一つ褒めてもらいたい。どうやったらお客様から褒められるか。そのためにはバカなこともしました。バカなことをすると無心になれる。無心になると必死になるので、利益も考えない。とにかく無心になれる回数を増やした。見えない付加価値を徹底的にやった。お客様の幸せは、必ず跳ね返ってくる。だから徹底的にやった。形式的なあいさつはいらない。熱意のある想いは伝わる」



今でも年1回現場に出て玉運びをする。しかも一番忙しい海コーナーを志願する。1日で1キロは痩せるほど汗を流しながら玉運びに勤しむ。



それは現場の大変さを思い出すことと、謙虚な気持ちを忘れないようにするためだ。



「声の大きさと笑顔と流す汗の量は、今でも現場には絶対負けない。笑顔は自分が楽しんでいるから勝手に笑顔が出る」



一度その姿を見に行きたいものだ。何かを感じることだろう。





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ホール勤務で1億円貯めた!

外資系の保険会社でトップセールスとして年収1億円を稼ぎ出していた生活を捨て、実家の再建のためにパチンコ業界へ入ってきた人がいる一方で、パチンコ業界でコツコツ働きながら1億円を貯めた人がいる。



前者の話は別の機会に譲ることにして、今回は後者の話。



パチンコ店に住み込みで夫婦で22年間働いた結果だった。



7月のボーナスをもらって退職して、九州にいる年老いた親の面倒を見ることにしている。



夫婦は共に50代。子供はいない。



酒もタバコもやらない。食事はホールの賄いなので食費はほとんどかからない。寮費の5000円を支払うぐらいで、単純計算すれば年間450万円は貯金してきた計算になる。



夫婦仲も良く、喧嘩することもなかった。



仕事振りは極めて真面目だった。掃除も2人で率先してやるタイプだ。



店長になる話も断り続け、主任を貫き通した。理由は性格的に管理者に向いていないことに加え、店長になれば勤務時間も長くなり、夫婦の生活のリズムが狂い、夫婦がバラバラになるからだ。



従って釘を叩くこともしなかった。これも時間が不規則になるという理由だった。



夫婦はケータイも持っていなかった。



それは必要がないからだ。四六時中一緒にいるので、夫婦で連絡を取る必要もない。無駄なことには一切おカネは使わなかった。



貯めたおカネはただ銀行に預けるだけではなかった。ペイオフの問題もあるので分散しながら安全で確実な運用をしている。金融商品の知識には舌を巻くほどだ、という。



一時期、株に投資したこともあったが、株価が気になり仕事が手に付かなくなるためにすぐに止めた。



貯めたおカネを元手に商売を始めることも考えたこともあったが、経営者タイプではないので、これも止めた。



残りの人生を30年と考えている。



年金も入ってくるが、年間300万円で老後の生活を田舎でゆっくりと過ごす予定だ。



人生、最後は誰が勝者になるかは自分がその時に、幸せと感じるかどうかだろう。



出世することばかりが幸せとは限らない。



家庭も顧みず働きつめている役職者はどう感じただろうか。





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