職業に貴賎あり
その頃警察署ではカルティエが木村くんの身柄引き受けに関する書類に記入をしていた。木村くんは僕を病院に送った後、店に帰るべく元来た道を鼻歌交じりでオートバイを軽やかに、そして颯爽と飛ばしていた。と、ふいに警邏中のパトカーがいきなり彼の行く手を阻んだ。
「前のバイク、止まりなさい。この道は一方通行ですよ」
陽気に走っていた木村くんはパトカーの警告に即座に反応した。警察にかかわるのはごめんだ。しかも一方通行区域逆走で捕まったとなればこってり絞られるし、自分の名前はブラックリストにも挙がっているから簡単には返してくれるはずもないだろう。
ここは逃げるが勝ちを決め込んだほうが得策だと考え、すぐ先の四つ角を右に曲がった。現行犯でもその罪を認め、その場でおとなしく謝り切符を切られていればこれほど大事にはならなかったはずである。逃げたのは暴走族に入っていた時の習性なのだろうか、彼はバイクのエンジンを思いきりふかし、細い道を蛇行しながら走っていく。閑静な住宅街ではけたたましいエンジン音とパラリラパラリラというホーンの甲高い音が交錯する。それに加えてのパトカーのサイレン。
「止まれー!止まりなさい」
警告マイクと合わせた四十奏はそう簡単には終わらない。
「止まれー!こら、止まれったら止まらんか!」
パトカーとの鬼ごっこは三十分以上も続いたが、その終わりは意外とあっけなく幕を閉じた。木村くんは逃げる道を一本間違えて行き止まりの路地に入りこんでしまった。しまったと思った時はすでに壁にバイクごとぶつかっていた。
パトカーから降りてきた警官二人は木村くんを 取り押さえ、本人いわく殴る蹴るの暴行を行ったらしい。そしてその暴行は取調べを受けてる最中にもしばしばあったという。心身ともに疲労困憊の彼は何度も失神しそうになったという。
驚くべき事実ではあるが、カルティエが木村くんを引き取りに行った時に彼は満足に椅子から立ち上がることもできず、ほほから唇が悲惨なほどにはれ上がり、おでこに頭から流れ落ちて固まった血が付いていた。カルティエは唖然とした。そして怒りが込み上げてきた。
「こいつは一体何をやらかしたんですか。何をやってこんなざまになったんですか」
と怒りを隠さず木村くんの横にふんぞり返った体の警察官に尋ねた。しかしその警官はあんたは誰だと一言だけ言葉を発し、無礼極まりない横柄さでカルティエの問いを黙殺した。
そしてその目線でカルティエを威圧する。自分はこの人間が所属しているぱちんこ店の店長だと伝えると担当官は鼻で笑った。
「木村翔太。年齢二十歳。住所不定。ぱちんこ店勤務。前科二犯。間違いありませんな。今回はオートバイの無免許運転に加え、一方通行道路逆進入、公務執行妨害に加え器物破損。普通ならばこのままじゃ返せないんですがねえ。ま、本人も反省しているみたいだし、こうして店長さんが迎えに来てることもあって、返してもよろしいと上からの指示はもらってますけどね。どうしますか、店長さん」
「おい、おまわりさんよ。ちょっと聞きてえんだけどなんでこいつはこんなに痛めつけられてるんですかい。あんた、こいつがぱちんこ屋の店員だからってこんな仕打ちはなかろうよ」
「何言ってるんだね君は。この傷は本人がブロック塀にぶつかって負った傷ですよ。警察があんたの言うようなことをするわけがないでしょ。被害妄想だな。それにぱちんこ屋だって立派な職業なんだろ? そんなことをあんたが言っちゃあ逆にダメじゃないの」
カルティエの文句に応じる形の担当官の言葉には明らかに悪意があった。しかし彼は反論できない自分が悔しかった。担当官はにやにや笑っている。
「何の証拠もないからこれ以上は何も言わねえけどよ、お宅ら一般人と俺らぱちんこ屋で働く人間を差別してるわけじゃねえよな。なあお巡りさんよ、巷じゃやくざとぱちんこ屋の従業員が事故にあって死んでもニュースじゃ名前も呼ばれねえ。いいとこぱちんこ店店員としか言わねえもんな。そこんとこどうなんだよ警察ではよ」
明らかに言いがかりであり、何の筋も通っていない発言だった。しかしそれは全くの嘘でもない。正論ではこの老獪な担当官の理屈にかなわない。だからせめてもの腹いせにと放った言葉である。ただ言わずにはいられなかった。自分の部下がこんな姿になっているのを黙って見過ごすことがカルティエにはどうしてもできなかった。二人のやり取りを黙って聞いていた、さらに年配の巡査がカルティエに歩み寄る。
「まあまあ、そう興奮しないで。今回罪を犯したのはこいつなんだから。それにこいつが不利な状況であることには変わらないということをよくわかった上でさ、店長さんも怒りの矛先を収めなよ。俺もたまにぱちんこすることもあるしね、うん、嫌いじゃないよ。だから、さ。ね、今日のところは大人しく帰ったほうがいいよ、ね」
口調こそ穏やかではあったが、やはり上からものを言っているのは間違いなかった。カルティエの悔しさはさらに増すものの、どうみても今の状況は木村くんにとって不利であることを悟り、これ以上悪態付くのをやめた。そして「おう、じゃあこいつは返してもらうぞ」と凄みの効いた返事をしてから木村くんの腕を自分の肩に回し、警察署を後にした。
帰路の途中、カルティエが運転する車の中で木村くんは大声で泣いた。泣いて、泣いて、泣き続けた。
「店長、俺たちぱちんこ屋の店員は人間じゃあねえんですかい」
と何度も繰り返した。カルティエはその問いに答えることができなかった。彼は無言のまま片手でハンドルを握り、もう一方の手で木村くんの肩をさすってあげた。
それしか今はできることがなかった。自分もつらい、だからもう泣くな、と言おうとしたが思いとどまった。それを言えば自分も泣けてくるのをカルティエ自身は知っていたからなのだろうか。
つづく
人気ブログランキングへあなたのポチっ♪が業界を変える
※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。