パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第6話 木村くん ④

職業に貴賎あり

その頃警察署ではカルティエが木村くんの身柄引き受けに関する書類に記入をしていた。木村くんは僕を病院に送った後、店に帰るべく元来た道を鼻歌交じりでオートバイを軽やかに、そして颯爽と飛ばしていた。と、ふいに警邏中のパトカーがいきなり彼の行く手を阻んだ。

「前のバイク、止まりなさい。この道は一方通行ですよ」

陽気に走っていた木村くんはパトカーの警告に即座に反応した。警察にかかわるのはごめんだ。しかも一方通行区域逆走で捕まったとなればこってり絞られるし、自分の名前はブラックリストにも挙がっているから簡単には返してくれるはずもないだろう。

ここは逃げるが勝ちを決め込んだほうが得策だと考え、すぐ先の四つ角を右に曲がった。現行犯でもその罪を認め、その場でおとなしく謝り切符を切られていればこれほど大事にはならなかったはずである。逃げたのは暴走族に入っていた時の習性なのだろうか、彼はバイクのエンジンを思いきりふかし、細い道を蛇行しながら走っていく。閑静な住宅街ではけたたましいエンジン音とパラリラパラリラというホーンの甲高い音が交錯する。それに加えてのパトカーのサイレン。

「止まれー!止まりなさい」

警告マイクと合わせた四十奏はそう簡単には終わらない。

「止まれー!こら、止まれったら止まらんか!」

パトカーとの鬼ごっこは三十分以上も続いたが、その終わりは意外とあっけなく幕を閉じた。木村くんは逃げる道を一本間違えて行き止まりの路地に入りこんでしまった。しまったと思った時はすでに壁にバイクごとぶつかっていた。

パトカーから降りてきた警官二人は木村くんを 取り押さえ、本人いわく殴る蹴るの暴行を行ったらしい。そしてその暴行は取調べを受けてる最中にもしばしばあったという。心身ともに疲労困憊の彼は何度も失神しそうになったという。

驚くべき事実ではあるが、カルティエが木村くんを引き取りに行った時に彼は満足に椅子から立ち上がることもできず、ほほから唇が悲惨なほどにはれ上がり、おでこに頭から流れ落ちて固まった血が付いていた。カルティエは唖然とした。そして怒りが込み上げてきた。

「こいつは一体何をやらかしたんですか。何をやってこんなざまになったんですか」

と怒りを隠さず木村くんの横にふんぞり返った体の警察官に尋ねた。しかしその警官はあんたは誰だと一言だけ言葉を発し、無礼極まりない横柄さでカルティエの問いを黙殺した。

そしてその目線でカルティエを威圧する。自分はこの人間が所属しているぱちんこ店の店長だと伝えると担当官は鼻で笑った。

「木村翔太。年齢二十歳。住所不定。ぱちんこ店勤務。前科二犯。間違いありませんな。今回はオートバイの無免許運転に加え、一方通行道路逆進入、公務執行妨害に加え器物破損。普通ならばこのままじゃ返せないんですがねえ。ま、本人も反省しているみたいだし、こうして店長さんが迎えに来てることもあって、返してもよろしいと上からの指示はもらってますけどね。どうしますか、店長さん」

「おい、おまわりさんよ。ちょっと聞きてえんだけどなんでこいつはこんなに痛めつけられてるんですかい。あんた、こいつがぱちんこ屋の店員だからってこんな仕打ちはなかろうよ」

「何言ってるんだね君は。この傷は本人がブロック塀にぶつかって負った傷ですよ。警察があんたの言うようなことをするわけがないでしょ。被害妄想だな。それにぱちんこ屋だって立派な職業なんだろ? そんなことをあんたが言っちゃあ逆にダメじゃないの」

カルティエの文句に応じる形の担当官の言葉には明らかに悪意があった。しかし彼は反論できない自分が悔しかった。担当官はにやにや笑っている。

「何の証拠もないからこれ以上は何も言わねえけどよ、お宅ら一般人と俺らぱちんこ屋で働く人間を差別してるわけじゃねえよな。なあお巡りさんよ、巷じゃやくざとぱちんこ屋の従業員が事故にあって死んでもニュースじゃ名前も呼ばれねえ。いいとこぱちんこ店店員としか言わねえもんな。そこんとこどうなんだよ警察ではよ」
 
明らかに言いがかりであり、何の筋も通っていない発言だった。しかしそれは全くの嘘でもない。正論ではこの老獪な担当官の理屈にかなわない。だからせめてもの腹いせにと放った言葉である。ただ言わずにはいられなかった。自分の部下がこんな姿になっているのを黙って見過ごすことがカルティエにはどうしてもできなかった。二人のやり取りを黙って聞いていた、さらに年配の巡査がカルティエに歩み寄る。

「まあまあ、そう興奮しないで。今回罪を犯したのはこいつなんだから。それにこいつが不利な状況であることには変わらないということをよくわかった上でさ、店長さんも怒りの矛先を収めなよ。俺もたまにぱちんこすることもあるしね、うん、嫌いじゃないよ。だから、さ。ね、今日のところは大人しく帰ったほうがいいよ、ね」

口調こそ穏やかではあったが、やはり上からものを言っているのは間違いなかった。カルティエの悔しさはさらに増すものの、どうみても今の状況は木村くんにとって不利であることを悟り、これ以上悪態付くのをやめた。そして「おう、じゃあこいつは返してもらうぞ」と凄みの効いた返事をしてから木村くんの腕を自分の肩に回し、警察署を後にした。

帰路の途中、カルティエが運転する車の中で木村くんは大声で泣いた。泣いて、泣いて、泣き続けた。

「店長、俺たちぱちんこ屋の店員は人間じゃあねえんですかい」

と何度も繰り返した。カルティエはその問いに答えることができなかった。彼は無言のまま片手でハンドルを握り、もう一方の手で木村くんの肩をさすってあげた。

それしか今はできることがなかった。自分もつらい、だからもう泣くな、と言おうとしたが思いとどまった。それを言えば自分も泣けてくるのをカルティエ自身は知っていたからなのだろうか。

つづく


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コメント[ コメント記入欄を表示 ]

  1. 一方通行で止まれと言われて逃げるから
    だろ。こけた時に巻き込まれた人がいたら
    どうする。追ってる警官がぶつかって死んだらどうする。木村が悪い。捕まえた後に
    殴られたとかも逃げるような、
    木村の証言なら信用できない。
    間違いなく木村の行いが悪い。
    負け組  »このコメントに返信
  2. ピンバック: 負け組

  3. 在日コリアンは平成のはじめ頃まで、何も悪いことはしていないのに、犯罪者でもあるかの様に指紋採取されるという差別を受けていました。
    この屈辱にたいして、団結し数の力で押切り、
    特別永住者は特例で対象外とする権利を勝ち取りました。
    また、911を受けて日本に入国する外国人は指紋採取をされますが、特別永住者は長年の功績により特別にフリーパスとなります。
    力なき個人も団結すれば大きな力になるのです。
    ふざけるな!  »このコメントに返信
  4. ピンバック: ふざけるな!

  5. しかもいつまで被害妄想なんだ。
    パチンコ屋が変な誤解受けるなら
    努力して違う仕事したらいいだろ。
    今の時代自分でいくらでも状況
    変えれるだろうよ。
    負け組  »このコメントに返信
  6. ピンバック: 負け組

  7. パチンコ屋はパチンコ依存性になり
    自殺したり家庭崩壊したり、問題あった
    としても自己責任で終わらす。
    何もないじゃないか。ならそんなパチンコ屋
    はユーザーに評価されても文句言えないよな。パチンコユーザーは今は昔よりパチンコ
    なんか不要と考えてる。悪いが美化するな
    負け組  »このコメントに返信
  8. ピンバック: 負け組

  9. 無免許で、一通無視で、あげく逃走をはかるが捕まり器物破損のおまけ付き。
    警察の追走だって危険が伴う。
    木村くんのせいで警官が怪我だったり最悪なら死亡事故だって起きた可能性もある。
    検挙後の暴行はいただけないが警察の気持ちはわかる。

    今日のサブタイは、職業に貴賤「あり」。

    検挙されるまでのそもそもの行いがかなり問題があるように見えるので、短絡的に「パチンコ店員」だから差別され必要以上に痛め付けられた、とはとても思えない。そのうえ彼は前科持ちときてる。
    ふざけるな!さんの言うように「何も悪いことをしていないのに犯罪者扱い」なら、パチンコ店員だからこうなったと考えられるのだが、このケースは無理くり感がありすぎる。
    小説なんですよね?
    ならもっとサブタイが読み手にスムーズに入ってくるような作り話には出来なかったのか?と思いましたね。

    私的には、事の顛末を理解したカルティエがやらかしてしまった木村くんを叱るのかと思ったくらいです。
    そう思ってたくらいなのに、発端を作った木村くんの悪行をスルーですからね。驚きました。
    警官を言いがかりで恫喝するんですから。
    守らなくてはいけない場面と、厳しく叱る場面の描きかたが不自然。
    カルティエが木村くんを叱るのなら、まだパチンコ業界も捨てたもんじゃないな、と思えたんですけどね。ま、小説だし昔の設定ですから本気になるのもおかしいですのでこのへんで。
    通りすがり  »このコメントに返信
  10. ピンバック: 通りすがり

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