パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

第4話 爪痕 ①

動転

どこか遠くから音が聞こえてくる。懐かしくもあり、耳障りでもあるその音は一定のリズムを刻む。体が自然と反応している自分を認める。徐々に音量が上がる。すると脳の中でアドレナリンが分泌され、頭は興奮状態になる。音は更に近づいてくる。音階も鮮明になりその音楽の全容が明らかになったとき、またもや眠りを妨げられたとうんざりとした気分にさせられる。

十時開店の軍艦マーチだ。二階にある安普請でできた社員寮はホールの音だけでなく熱までも伝える。この時間に起こされた時の気分と言ったら他には比べようもないくらい最悪なものだ。月に二度ある休みの前日にはわざと夜ふかしをし、翌日は昼まで寝ようと意を決して床につくのだが、結局この忌々しい軍艦マーチによってその願いは無惨にも打ち砕かれる。

何よりもげんなりとしてしまうのは、このマーチのリズムに頭と体が反応してしまうことだ。このままでは一生安らぎとは縁遠い人生を送ることは間違いないのだろう。これは明らかに人権の侵害であり、生活を破綻に追い込むものである。

僕は放心のまま煎餅布団の上で胡座をかき一切動かない。昨日は歯も磨かずに寝入ってしまった為、寝る前に食べたカップヌードルやお菓子のせいで口の中が気持ち悪いことこの上ない。すぐに起きて歯を磨けば良いのだろうが元来のなまけもの病が休みの時にはさらに悪化する。吸ったら絶対まずいとわかっていながらショートホープを一本取り出す。黄色いBICの百円ライターでシュボっと火をつける。

「うーん、まずい」

マンダムのCMに出てくるハリウッドスターであるチャールズブロンソンの渋い顔と声を真似てみる。「俺はバカか」と誰も
いない部屋で一人、苦笑いをする。その馬鹿さかげんと情けなさがない交ぜになって人生が虚しくなってくる。

「なんかぱちんこの仕事しててもいいことないよな」

独り言は更に続く。誰もいない部屋でわざと声を出すとわびしさが増幅する。ひとり暮らしの人間はみんな僕みたいに独り言を言いながら生活しているのか。少しずつではあるが頭が冴えてくる。まずい煙草の紫煙を燻らせながら昨日の夜に見た西田主任とソバージュの女を思い出す。

なんであんな時間に二人でいたのだろうか。どうでも良いことながらあれから二人はやっぱりラブホテルにしけこんでいったのだろうか。などとほとんど実にならない妄想をニヤケ顔で繰り広げる。

といきなり部屋のドアを激しく叩く音がして僕は完全に目が覚めた。驚けばその腹いせにやり場のない怒りが頭をもたげてくるのは何故だろうか。「チッ!」と舌打ちを打ちながら乱暴にドアを開ける。

「なんだよ、いったい。今日は休みなんだぜ」

真っ赤な顔した木村くんのぼおっとした顔を見たら余計に腹が立ってきた。

「すいやせん、坂井さん。大変なことが起きちまって。店長が来て坂井呼んでこいって言ってるんでげす。それから奴がトンズラこいちまって」
 
仁義なき肥満の木村くんは話し込むほどにその顔面に脂汗をしこたまかいて、喋るテンポが早くなる。いつもならビシっときめた七三の髪の毛を今日は振り乱し、尋常でない様相を呈している。僕の思考が一瞬停止した。

「主任がフケた」

事の重大さに気づくまでに時間はいらなかった。人間は絶えず防衛本能なるものを持っているのだろう。僕は主任の逃走と自分の不利な状況をすぐさまイコールで結んだ。

現実にカルティエが僕を呼んでいる。この難局をどうしたら打開できるか、一応考えてみるがそんな都合の良い策などこの短時間で思いつくはずもなく僕は途方に暮れる。これから僕を長く耐え難い拷問にも似た詰問が責め立てるであろうことは火を見るより明らかである。
 
僕は木村くんに了解の意を告げるとドギマギしながら制服に着替えるつもりで部屋を見渡す。制服がどこにあるのか一瞬戸惑う。心臓の高鳴りが鳴り止まない。顔から血の気が失せているのが自分でもわかる。息が苦しい。「なんであんなことやったのだろう」と急に取り返しのつかないことをした自分を悔やんだ。いつもの倍の時間をかけて制服を着た僕は重い足取りで事務所のドアをノックした。

つづく


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