話をリセットします。
以下はある創業社長と私の会話の一部です。
「私たちの世代はパチンコを永続して商売ができるように随分と警察には気を遣ってきた。それは一度睨まれたら商売ができなくなるから必要だったし、後ろめたい部分がなかったかといえば嘘になるしね。しかし息子達の世代には警察に媚び、ご機嫌を伺う様なことはさせたくなかったからそちら方面の話はあまり熱心にしなかった。今思えばそれは大きな過ちだったのかもしれないが、なんとも言えないね」
私はこの方の親としての心情もわかるし、社長としての後悔の意味もわかる気もします。
「社長はパチンコという商売を通してご自身が結構なご身分になり、不自由の無い生活を恒常的に営むことができる様になりましたよね。今までたくさんのご苦労があったと思うのですが、その話をすることはある意味で義務だと思います。ご存知の通りこの世界で綺麗事は通りませんよ。パチンコは全て本音が蠢いている世界ですから」
「そうは言っても今はやり方も違うしねぇ」
「やり方なんて時代が変われば変わるものですよ。でも客とパチンコ屋との結びつき、つまり在り方は変わらないと思います。なぜそれを息子さんや社員に伝えなかったんですか」
「それってなんだ? 釘とか粗利とかか?」
「釘も一つのやり方に過ぎません。あえて釘の話をするなら釘を通して客とどう向き合えばいいのかという在り方のことです。社長は『赤字を出しても店は潰れん。それより怖いのは利益の取りすぎだ。だから私は割数だけは毎日見ている』って言っていたじゃないですか。なぜそれを息子さんや社員達にしっかり伝えないのですか」
今思い出せば随分と生意気を言ったものです。しかし私はこの社長が好きだったし、本当にご苦労されていたし、とにかくなんでもいいから力になりたいという一念でお付き合いをさせていただきました。しかしこの会話の数年の後、会社は潰れてしまいました。その理由につきましてはここで書くことはできませんが、とても悲しい話です。
人は小さい成功を何度か経験することができます。しかし小成はやがて苦難の道へと繋がるのが世の常です。小成はそれに満足をし、自浄を怠れば消えてしまうものなのです。そうならないためにも会社の質を高めること、つまり人を育てること。私はそれを信じて止みません。ただしそこには顧客が必ず存在していることが前提です。
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