パチンコ日報

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ホール内中和戦略 その⑤

アルカリ性の羽根物タイプを一定数導入することで、客層のバランスを取る方針で、トータルバランスを取る事に成功したホール企業だったが、様々な事情から、遊技機メーカーが羽根物をリリース絞ってきた。

おまけにオール10クラスが主流となり、その役割は終わりを告げた。

代わりにアルカリ性の役目を果たすものは、複数出てきた。

① 1パチ & 5スロ
②遊パチ

しかし、そのホールの当初の理想は、低貸しには手を出さない方針だった為、遊パチにアルカリ性の役目を与えた。
(後に、必要に応じて低貸しを始める。しかし極力低貸しを行わなかった)

多少話はそれるが、ここで強調したいのは、アルカリ性投入、すなわち中和とは新陳代謝を促すと言うことだ。

パチンコ業界は、新陳代謝に対して、努力はしている。
遊パチや低貸などは、努力の残骸だろう。

しかし、努力も虚しく遊技者人口は、最盛期の24%まで落ち込んでいる。

最盛期3000万人の遊技者人口の時は、低貸は無かったから、4パチ・20スロのお客様は、最盛期の24%どころではなく、12%くらいになっているのではないか?

3000万人の12%は360万人。
これは手遅れ的な状態だが、業界は客単価を上げて凌いでいる。

余談ながら、先進国で20年から30年で一番成長率が低いのは日本。
給与も上がらないのでは、パチンコ遊びだって、昔みたいに出来ないだろう。

本来なら、そんな時代の庶民に寄り添っていたのがパチンコだった。

業界では有名な話がある。
西成暴動を抑えるのにホールが一役買った話だ。
西成暴動は、過去に何回も起きている。


その暴動の最中、所轄がホールに対して出玉要請を出した時がある。
鎮静化させる為に、出玉を増やしてくれないか?
効果はあり、ホールは満員御礼で、労働者(お客様)はホクホクで、暴動に参加しないでパチンコ遊びに熱中。

こんな例があるくらいパチンコは庶民の遊びであった。

1961年の動画がある。
ギャンブルと西成暴動(釜ヶ崎暴動とも呼ぶ)の単語が出てくる。興味がある方はご覧ください。




ギャンブルとして紹介されているのは、競輪と競馬くらいでパチンコの単語は出てこない。
パチンコは、セブン機が出てくるまでは、娯楽の王様と呼ばれる庶民の遊びだった。

閑話休題。

パチンコをギャンブルに変えたのは業界ではあっても、ユーザー側ではない。
業界は中和する努力はしているが、酸性を打っ込むクセが抜けないから現状があるわけだ。

そのホール企業は、自社ホールだけでも中和しようと努力してきた。
しかしこの10年は、中和努力を完全に捨ててしまったのだ。

理由は、
①社長が代わった
②中和する機械が少ない
③稼働よりも、粗利や売り上げ重視にしないと経営が苦しい(粗利重視の方が経営の手間がかからない)

その結果は、顧客減少だった。
低貸以外は一人当たりの月平均来店回数の落ち込みである。

つづく



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