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パチンコ業界で40年働けて幸せ

30年間勤めたホールを10年前に定年退職して、現在もそのホールで掃除係として、今でもバリバリ働いているおばちゃんの業界独白だ。



今から40年前だから、おばちゃんもまだ若かった。おばちゃんは夫婦でこのホールで働くようになった。



おばちゃんの旦那は元ヤクザだった。ヤクザから足を洗い、小指はなかった。まともな暮らしをしようと夫婦が2人で働ける職探しをした。



夫婦で働ける場所といえば、その土地には養鶏場や農家ぐらいしかない中で、寮が完備され、食事まで付いている、願ったり、叶ったりの職場がパチンコ店だった。



そういう理由で夫婦はホールで働きだした。



夫婦共々30年間、そのホール一筋に働いた。



旦那は「俺は店長には向いていない」と辞退し、店長より一つ下の役職で仕事を全うした。旦那は3年前に前立腺がんで他界した。



夫婦に子供はいなかった。



現在は掃除係のリーダーとして全幅の信頼をもらい、掃除の指導からシフトまですべておばちゃんがやっている。



掃除で時給1100円が信頼の証でもある。おばちゃんもあと、15年は働きたいと願っている。ホール側も「来られるまで働いて下さい」と相思相愛の関係ができている。



「本当に今が幸せだと思えるのもパチンコ業界で働くことができたから」とおばちゃんがいうように、寮生活で賄い付き。しかも夫婦で働き、贅沢もしなかったので、貯金は相当貯まっている。



ホールの名物おばちゃんでもあるので、客は全て顔見知りだ。



2年前のある日、お客さんの孫と友達の子の話が出た。



その子は両親を交通事故で亡くし、現在は親せきの家で育てられていた。



丁度、孫がいてもおかしくない年齢だったので、お客さんの孫とその友達を家に招いて交流が始まった。



現在、その子は6歳になっているが、親せきの家では差別されているのを感じる年頃になっていた。多額の保険金が支払われているので、養育費は困らないが、やはり自分の子供の方を可愛がってしまうようだ。親せきの家では疎外感を感じるようになっていた。



そんな子供の身の上話を聞くうちに、おばちゃんはその子を養子にもらいたい、と考えるようになった。年金をもらっている上に、現在も働き、さらに蓄えはたっぷりあるので、その子が20歳になるまで育てられる自信はあった。



「パチンコ業界で働いていなかったら、こんな話も巡り合いもなかった。パチンコ業界に助けられ、本当に幸せだと思う」



保険金はいらないという条件で、今、養子縁組の話が進行している。





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