新装開店のお祭り騒ぎもひと段落付き、お店は正常の姿を取り戻しつつある。とはいえ今回の新しい機械導入に伴い来店客数はかなり増えた。というのは今までのぱちんこは時間消費型であったのに対し今回のそれはぱちんこファンのギャンブルに対する終わりなき欲求に火をつけるかなり過激な性格を持っていたからだ。
元来、ぱちんことはお客さんが100円、200円のわずかな投資で自分だけの時間を楽しみ、ある程度玉が増えたらキャラメルやタバコ、せんべいやサクマドロップ、明治の板チョコなどと交換してニコニコ顔で帰っていくのがその楽しみ方であった。
それはささやかな国民の娯楽であったのである。それに対し今回の機械は一発大勝負。ある特定の条件が揃うと無制限に玉が出てくる、という今までにない発想でお客の度肝を抜いた。
フィーバーというのはあるメーカーの商品名であるが、この「フィーバー」がこの機種を代表する呼び名に変わる。盤面上の中央、やや下にあるスタートチャッカーに玉が入ると、デジタルやドラム式のリールが回転する。そしてその役物に同じ数字が三つ揃うと大当たりとなる。
この瞬間客の脳はアドレナリンの大洪水状態。大当たりの条件が揃うと、普段はしっかりとその蓋を閉じていた盤面最下部にあるアタッカーと呼ばれる四角い役物がパカッと口を開ける。アタッカーが開くと機械台の上部にある従業員を呼ぶランプが自動点滅する。そして同時に派手なファンファーレが場内の全てのスピーカーを通じて館内に一斉に鳴り響く。
我々従業員たちはそれを合図にどこで大当たりしたのかをいち早く見定め、ブリキでできたバケツを用意する。そして大当たり台めがけて一目散に走り寄るのだ。
大当たりすると客が弾いたその玉のほとんどがアタッカーに吸い込まれる。4000個打ち止めの合図がかかるまでそう時間はかからない。機械ははチンジャララ、チンジャララと狂ったような勢いで玉を吐き出す。上皿から下皿へと玉は見る間に溜まっていき、そしてあふれ出す。下皿に貯まった玉を今度は手元の塩ビでできた緑色の箱へとお客さんは気ぜわしくかき集める。
普段どんなに冷静な人でもこの時ばかりはそうはいかない。顔面は紅潮し、ハンドルを握るその手は小刻みに震える。
「フィーバー」を一目見たくて周りで打っていたお客さんたちがその台を取り囲む。みんな羨望と嫉妬を絡めた表情でその台を食い入るように見つめる。大当たりのお客さんは引きつった笑いで、そんな必要もないのにすまなそうな顔をする。
塩ビの箱に玉がいっぱいになると今度はその玉を勢いよく足元に置かれたブリキ製のバケツにぶちまける。その音と言ったらものすごい。日頃の鬱憤をここで晴らすかのようにジャッジャーン、ジャッジャーンと勢いよくバケツにぶちまける。
なかにはその興奮に勝てず心臓発作を起こして亡くなってしまった老人もいた。老人は苦労を重ねて生きてきた。人前で目立つこともなくただ自分の足元をじっと見つめながらまじめに、まじめに生きてきた。おそらく他人がうらやむようなこれといった大げさな慶事など何一つなかった。
人にはいろいろな死に様がある、という。何も良いことなく生きてきた老人が人生の最後に「フィーバー」して死んでいくというのが良いか悪いかはわからない。この日も僕は朝から得意満面のフィーバー客を尻目にホールを駆けずり回っていた。そんなときに見慣れない客が一人入ってきた。
その男は禁煙パイポを口にくわえ、眼光鋭く辺りを見渡しながら私と目が合うと一直線にこちらへ向かって歩いてきた。僕は緊張した。男は角刈りで顔の色が異様なほど、どす黒い。右の頬に大きなホクロがあり、それがイボのように膨らんでいる。イボは恐ろしさを倍増させて僕を威圧する。近くで見るとその鋭い眼光を放つ目尻に傷がある。
「コイツはかなり喧嘩が強い。しかもプロだ」
瞬時にそう判断した。僕の緊張は更に高まる。僕はあたかもそこに人がいないかのような素振りで下を向いたり、横を向いたりとせわしなくなる。そいつはまるで獲物を品定めするかのように、僕の頭のてっぺんから足のつま先までをねっとりとしかもゆっくりと自分の頭を上下させる。「怖い」正直、心底そう思った。
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