奇跡の復興の裏では、パチンコが果たした役割は大きかった。戦後の混乱期に治安を安定させるためには、国民のストレスのはけ口、ガス抜きの場が必要だった。その役割を果たしてきたのが当時のパチンコだった。娯楽のない時代に大人はパチンコに癒しを求めた。景品でも取れればそれが明日への活力にもつながった。
しかし、業界が行き過ぎると警察は常に規制を掛けてきた。昔は穴から1発ずつ玉を入れて打つ単発式だったが、昭和20年代後半には上皿から自動的に玉が流れる連発式が誕生して、1分間で140~160発も玉を発射できることからパチンコブームが起こり、最盛期には4万5000軒あまりのホールが林立した。連発式によって射幸性が高まったために、29年には連発式禁止措置が取られ、翌30年からは単発式に戻され、店舗も一気に1万軒を切ることになる。
その後もパチンコ業界は行き過ぎると規制、行き過ぎると規制の繰り返しの中でバランスを取りながら大衆娯楽として発展してきたが、プリペイドカードが登場したあたりから行政の指導が変な方向に進むようになった。日報で何度も指摘しているが、警察庁がカードを普及させるために、CR機に限って確変を認めたことだ。
行き過ぎた射幸性を規制するのが警察庁の業務だが、自らが射幸心を煽る遊技機を認めてしまったことが、依存症問題の元凶でもある。
射幸性の高い機械はギャンブル志向が高いユーザーは喜ぶ。ホールは売り上げが上がるから競ってCR機を導入。メーカーはCR機が売れるからさらに万々歳。カードの普及が進めばカード会社に出資していた警察組織の共済組合である「たいよう共済」も儲かる。これが警察庁が確変を認めたカラクリでもある。依存症問題を検証するには、ここまで掘り下げなければならない。こう振り返れば誰が一番悪いかは分かる。ニンジンをぶら下げた者が悪いに決まっている。
しかし、今はホールが諸悪の根源視されている。依存症とは違うが、例えば遊技機撤去問題がそれ。
「ホールは保通協で検定を通った機械を買っているにも関わらず、高射幸性という理由で半ば強制的に外せということが当たり前のように行われています。外せというなら検定取り消しにするのが一番すっきりする。検定取り消しもしないで、それを外さないホールが悪い、と転嫁しますが、それを認めたのは誰かといいたい。みんな桜田門に委縮して、公然と口にすることはありません。最終的に機械の入れ替え費用を負担するのはお客さんです。検定を通ったホールが買った財産をああせえ、こうせえと言われるのは独裁国家と同じ」(ホール関係者)
真面目な営業を続けていればこういう発言も出てくるが、公に口に出せないのは、ホール側にも負い目があるからだろう。Bモノで稼ぎまくったこともある。一方的に違法と言われ始めた釘調整では全ホールがクロである。
このホール関係者は今回の規則改正による新基準機は「射幸性が抑えられたことで、より大衆娯楽に近づく」と好意的に受け止める。
大衆娯楽に戻るとは、庶民から愛された昭和の時代に戻ることでもある。ホールオーナーがやっとクラウンに乗れるようになったあの時代である。一番変えなければならないのは、オーナーの考え方だ。
話があっちこっちに飛んでしまった。
パチンコは本来大衆娯楽だったが、過激な射幸性を警察が認めてしまったがために、業界は間違った方向でギャンブル化の道を突き進んできた。
今回の規則改正でますます儲からない業界になって行くかも知れないが、それが本来の姿でもある。
メーカーは40~50万円もするような機械を作っている場合でもない。
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