玉葱農家の方は何の為に、また何を目的として玉葱をつくるのでしょうか。真っ先に出てくる答えは自分の生活の為、です。生きるために仕事をする。たまたま玉ねぎをつくるという職種を選択したわけです。
ところが同業者が増え、玉葱の供給量が増えてくると需要とのバランスが崩れる。だからコストを削減して、そこそこのものをつくり、価格を下げて販売量そのものを増やす。結果、生計が成り立つようにする。極めて自然な現象ですね。
断っておきますが良い悪い、の話ではなく現実の話です。
パチンコ商売にも同じような現象が起きました。
プレイヤーが多い。即ち需要がありますから当然商売は成り立ちました。店を開ければ客が来る。好ましいことです。しかし「この世に終わりのないものはない」という自然法則を知ってかしらずか、終わりを待つのみの体制を維持することに腐心して来ました。
結果、需要が徐々に減り順調だった経営に翳りが見えてくると、今度はやってはいけない価格を下げる(低玉)営業に手を出し、自らを苦しい立場へと追いやってしまったのです。薄利多売のやり方を選択するには圧倒的資本力が必要であるにもかかわらず、猫も杓子もの状態でそのやり方に乗っかってしまいました。
これが現状であり、事実ですね。色々な意見や感情的なものの見方はありますが、それが事実なのです。現実、事実は信じるに値するものです。感情で物事の解決は出来ませんから。
商売の基本はお客様にあります。
どうやったらうちの玉葱を買って食べてくれるか。答えは一つです。商品の付加価値を高めて「他所より美味しいものをつくる」という思想と精神を携えて努力し続けるというあり方を貫き通すことです。
私の知っている玉葱農家さんの言葉です。
「たくさん儲けるなら大規模で薄利多売という選択肢もあるだろうが、うちみたいに資源が限られているとこは少々高くてもお客さんが『美味しい!』と言ってくれる玉ねぎをつくり続けることしか生きる道はないんよね。ま、大変だけどさ」
お客様は正直です。不味いものより美味いものを欲するに決まっています。
パチンコも同じです。出る、出ない、出す、出さないはその店のやり方の問題すからここではその手法に意を唱えるつもりはありませんが、「良いものをつくり続ける」ことを怠ってきた罪は大きいと思うのです。
では「良いもの」とはいったい何を「良いもの」と定義づけるのでしょうか。それはお客さんが満足してくれるものへの追求です。それが商売のあり方だと思うのです。
しかし経営者は現場を理解しなかった。店と顧客が何でつながっているのか理解しなかったのです。知っていると理解しているとは天と地ほどの差があるものです。
顧客にうちの店の海に座って欲しいから、パチンコのものづくりはこうするべきだ。この機械では不都合がありすぎる。だからホールがキチンと現場の状況を理解する。更にデータの集計段階を経て、このような機械は作れないものか。とメーカーとの正式な定期的会合を催す。等々やれることはたくさんあります。
遅い、早いではなく、正しい、間違っているでもなく、無理とか、出来るとかの次元ではないと思うのです。心底ホールが顧客にうちの店に来てもらいたい、うちの台を打ってもらいたいという熱情が根本にあるならばここまでにはならなかっただろうとは言いません。今からでもものづくりのあり方を学び、経営のベースにするべきだと私は思います。これは社長の仕事です。
顧客のスタイルに難癖をつけてはいけません。
是正すべきはまずホールからです。そしてメーカーに嘆願するくらいの気概と実績を持って諸事にあたるべきではないでしょうか。やり方は星の数ほど、人の数ほどありますから。
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