パチンコ日報

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パチンコ100年産業を応援する

記事の題目は19年前山田塾を創業した時に私が勝手に掲げた経営理念めいたものです。

パチンコが1930年に風俗営業の許可を下ろした店が名古屋のホールだとネットに書いてありましたので、そこから計算すると100年目は9年後の2030年ということになります。私の年齢が現在61歳ですからその頃は70歳。そう考えると恐らく、いや
間違いなく今の仕事をしていることはないでしょう。

釘を教えるということは法律違反ではないのですが、それを推奨するとなるとまた別問題に発展する可能性もなきにしもあらず、ではないでしょうか。にもかかわらず、この仕事を続けている。そこら辺の是非に関しては私が判断することではない。私は私ができることをやり続けるしかないという考えのもと現在も釘を教えています。

経営理念を一応作った時、合わせて行動指針なるものを二つだけ掲げました。

一つは、山田塾は黒子に徹する
二つは、良いと思ったことは言い続ける

と言ったものです。一に関しては日報さんで記事を書いている時点で表に立ってしまったので守れていませんね。その経緯については来年の記事で綴りたいと思います。

二に関してですが、あくまでも判断基準者は私です。それは釘に関わるものとことを後輩やこれから活躍を期待される若い人たちに伝えるべきだと創業時に決めたものです。

今、私の頭の中にある釘に関するノウハウを文字で起こし、編集し、まだハンマーを握った事のない部下たちへ教えるべくテキスト作りに精を出している企業さんがあります。

私にノウハウを伝授してくださった方は既にこの世にいません。私はその教えを伝えるべく山田塾を作ったのです。そしてその教えは次の代そしてまた次の代へと継がれようとしています。自分一人の力では微々たることしか出来ませんが、彼らがまた様を変えてパチンコ100年産業の生き証人となるわけです。

「人間が謳う志は人様から笑われるくらいではないと志とは言えない」とどこかの本に書いてありました。その点において私が掲げたパチンコ100年産業を応援するという志は、その資格を持っているようです。その思いを決するまでにある人との出会いと別れがありました。私はその人との約束を果たすべく今も仕事をしています。次回には読み物としてその人との物語を記事にしてみたいと思います。

今年は皆様に記事を読んでいただき誠にありがとうございます。
どうか良い年をお迎えくださいませ。



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