パチンコ日報

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昔のホール内中和戦略 その②

当時のセブン機には、ストップボタンが付いてました。

攻略雑誌の誕生前です。

ストップボタンでの攻略が可能な時代でした。

私が最初に攻略したのは、西陣のターボXとターボL、ターボR。
当時の主流機で、全国どこにでも入っていましたね。

ボタンで攻略出来ました。
デジタル数字の最初の数字を7で押せば7で止まります。

発売は1981年。
正式名称は、超特電デジタルパチンコ機「エレックス ターボX、ターボL、ターボR」。

ターボXを例に説明すると、3桁のデジタル数字が3つ揃うと大当たりでした。
百の位のデジタルが7の時にボタンを押すと、7で止まりました。
あの早いデジタル回転では、7なんか通常は見えません。
見るのは全体ではなくて、2本の棒だけです。
右上の角だけ見るのです。

右上の角が同時に点いた時が7。


同時に点いてない


点いている


点いている


点いていない


点いていない


点いていない


点いた!


点いている


点いている


点いている


点いていない

右上の角が同時に点いた瞬間を目で確認する訓練をすると、7で押せるようになります。7は他の数字と違い棒が2本だけですから判別しやすいのです。

百の位を7に出来れば、あとは運任せです。あと二つが勝手に7が揃うのを待つ。

777が大当たりですが、
77?、つまり、頭の2つが77になると小当たりで100玉くらい出ました。

データを取ると、77?が約25回そろうと、つまり、77?が揃ったら約25分の一で777になりました。

攻略した三共フィーバーは、ストップボタンを押して、ボタンを離さなければ、ドラムが回りっぱなしになり、止まらないのですね。

これを偶然発見した時は小躍りしました。
つまり、ボタンを離した瞬間にドラムの一番左の絵柄が止まるタイミングが測れたからです。

ボタンを離した直後、1秒くらいで左のドラムが止まるのです。

ボタンを離さずに回しっぱなしにしていると、3つのドラムが少しづつズレることにも気付きました。
そのズレの、あるタイミングで、ボタンを話すとドラムが3つ777になりました。

三共フィーバーは、ドラムの上にデジタル数字があり、ドラムが777で、デジタルが7になって初めて大当たりでした。
ドラムの777だけだと小当たり。

三洋のパニックもボタンで攻略できました。
パニックは、ボタンを離した瞬間にデジタルが止まることに気づきました。
ボタンを押した瞬間に反応するのではなく、離した瞬間に反応。
これを利用すると、小当たりが良く出て、小当たりだけで3千個を出した事が何回もありました。

攻略話が長くなりましたね。

当時学生だった私は、16時15分に中央線の駅前店「D店」に毎日行ってました。
それから4時間くらい遊技して、毎月コンスタントに40万円。
半年で300万円の荒稼ぎ。

ホール側の対抗策は、ストップボタンの線を断線。
そんなホールが増えました。

また、三共フィーバーは、設置された機能を改修。
改修された遊技機には、セル板右下に改修を意味するシールが貼られました。
そして改修後は攻略出来ませんでした。

後にボタン機能は廃止になりました。
今のセブン機の姿になったのです。

以上の時代は、16ラウンドや10個規制もなく、やりたい放題でした。
規制があったと言えば、スタート口は、全体の入賞口の3分の一以下。
入賞口が10箇所あれば、スタート口は3個。ターボは3個の入賞口がありましたね。

想像してみて下さい。
大当たりすると、足元にはバケツが積み上げられるよですよ。
その光景は、まさに鉄火場。
タバコの煙に、ガンガン鳴る軍艦マーチ。そして足元には金属バケツ。

のどかな昭和歌謡が流れるホールが、ギャンブル場に変わろうとする時代。

お客さんの客層も変わりましたね。

他に変わったのは、オーナーのクルマが、カローラやクラウンからメルセデスベンツに(笑)(半分冗談です)。

超特電デジタル機が誕生した日から、パチンコはギャンブルへ変身したのです。
パチンコ=ギャンブル、の誕生です。

超一般機(チューリップ台)や電役機まではパチンコは本郷猛、超特電デジタル機以降は仮面ライダーってところでしょうかね。

娯楽場だったホールにギャンブル場の色が着き始め、やがて雰囲気が殺伐とし始めます。
ホール組合は、セブン機の台数の上限を自主的に設定したりしました。
遊技機にも規制がかかり、16ラウンド10カウント規制が出来たり、おまけチャッカーを廃止したり。

それでもパチンコは射幸性が高って行きました。

出るホールに住み着いた、超一般機や羽根物のプロ以外に、セブン機のプロが発生。

ホールの客層が急激に変わりました。

先に紹介したホールオーナーは、地元客からの苦情に敏感でした。
ギャンブラー客の増加により、ホールの雰囲気が悪くなったとの苦情が増えました。

ホールは気付かないうちに、雰囲気が中性から酸性に変わっていたのです。

酸性(ギャンブル)を中性に戻す。
その戦略は、アルカリ性液体をまぜることでした。
アルカリ性=羽根物導入です。

つづく



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