パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

検査員を招いての講習会も必要

6月1日から遊技産業健全化推進機構の釘の立ち入り検査が始まった。



異例だったのは同日付で同機構から業界誌向けに検査結果のプレスリリースが流されたこと。



1枚のペラものだったが「本日の結果については、残念ながら『遊技くぎ』の状況に改善が認められなかった」と短文の中に、自助努力の形跡がないことに飽きれ気味というか、静かな怒りが伝わって来る。



この新たな抜き打ち検査を一般週刊誌も嗅ぎつけ、記者が都内のホールを何軒か取材に回った。



「釘を直しているホールはゼロ。摘発されないことには動かないんでしょうね。まったく気にする様子もなく営業していました」と感想を漏らす。



匿名を条件に有力ホールの関係者にも取材しているが、その時の答えがこれ。



「半年の猶予があるのですぐにやるホールはどこもない。この業界は圧力がかからないと動かない」



実際、どこまでが許容範囲なのかが分からない状況で、機構の意向通りにやると営業にならない、という意見は多い。



「諸元表通りにテストしてホールがあったんですが、確変ベースが30で、時短時に玉が減るんですよ。これではお客さんが飛びます。これは換金率を変えれば済む問題ではなく、元ゲージそのものに問題があります」(ホール店長)



釘は概ね垂直という曖昧な表現もあり、実際の角度も0~5度まで幅もある。



営業ができる方向性のガイドラインが出るまでは動けない、動かない、というのが業界の本音だろうが、業界自らが動かなければ、「息の根を止めるまで徹底的にやる」と健全化推進機構の手綱は絞まるばかりだ。



業界が恐れるのは他入賞口に入ることでスタートが回らなくなる、ということだ。常に保留玉が点いて、ストレスを感じさせないスタートに出来ない、ということは客離れに直結する問題だ。



ユーザーにスタートは落ちるが、トータルのベースでは変わらない、ということを理解してもらうことも必要になる。



釘の問題は営業ノウハウにも直結することなので、ホール間同士でもなかなか聞くことができない。



「講師に機構の検査員を招いて組合で勉強会を開いて欲しい。しかも全国的に大々的にやらなければ意味がない」(ホールオーナ)



サラ金業界の大手の武富士が過払い金の対応や年収規制の法改正で倒産したが、決して対岸の火事ではない。釘調整が完全にできなくなる前にホールが姿勢を示さなければならない。





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温故知新。液晶に頼りすぎ想像力が欠如したパチンコメーカーの責任



1925 大阪でヨーロッパのコリンゲーム登場

1930 名古屋で風俗営業1号店として開店

1937 戦時特例法により禁止



1946 パチンコ営業再開

1948 正村ゲージ登場、風営法施行

1951 18歳未満入場禁止へ(12000軒)

1952 連発式登場(40000軒)↑

1954 連発式禁止

1956 (7000軒)↓



1959 西陣「ジンミット」登場

1960 チューリップ登場 ↑

1961 三店方式(景品)スタート

1965 (12000軒)↑

1970 1分間100発規制(9500軒)↓

1972 電動ハンドル登場、貸玉2円→3円

1977 スロットマシン登場

1978 インベーダーブームでパチンコ低迷、貸玉3円→4円 ↓



1980 三共「フィーバー」登場、パチスロ0号機登場 ↑

1981 平和「ゼロタイガー」登場 ↑

1984 15秒10ラウンド規制 ↓

1985 新風営法施行、パチスロ1号機登場

1988 パチスロ2号機登場

1990 16ラウンドに緩和、パチスロ3号機登場 ↑



1992 2860万人 26.3兆円 パチスロ4号機登場 

1993 2870万人 27.4兆円

1994 2930万人 30.5兆円 CR確変機ブーム ↑

1995 18244軒 2900万人 30.9兆円

1996 18164軒 2760万人 30.1 兆円 「社会的不適合機」撤去,5回リミッター 当たり最低確率1/360に



1997 17773軒 2310万人 28.4兆円  ↓

1998 17426軒 1980万人 28.1兆円

1999 17137軒 1860万人 28.5兆円  当たり最低確率1/320に

2000 16988軒 2020万人 28.7兆円

2001 16801軒 1930万人 27.8兆円

2002 16504軒 2170万人 29.2 兆円 当たり最低確率1/360、最低賞球5→4↑

2003 16076軒 1740万人 29.6兆円  空前のパチスロブーム(AT、ストック爆裂機)

2004 15617軒 1790万人 29.4兆円 当たり最低確率1/500に、最低賞球4→3

2005 15165軒 1710万人 29.5兆円

2006 14674軒 1660万人 27.5兆円  当たり最低確率1/400に

パチスロ5号機登場

2007 13585軒 1450万人 23.0兆円  パチスロ4号機完全撤去

2008 12937軒 1580 万人 21.7兆円  1円パチンコ営業増える

2009 12653軒 1720万人 21.1兆円  パチスロART爆裂機登場 ↑

2010 12479軒 1670万人 19.4兆円

2011 12323軒 1260万人 19.0兆円

2012 12149軒 1110万人 19.0兆円  最低賞球3→1

2013 11893軒 970万人 18.8兆円

2014 11627軒

2015 当たり最低確率1/320に



※1990年以前の市場データがありません。



パチンコの衰退、斜陽産業と嘆いてる昨今ですが、歴史を鏡として、大局的な見地から見ることも復活のヒントになるかもしれません。



戦後すぐに、正村ゲージと連発式の登場で、大ブームとなり全国に40,000店の遊技場ができました。



昭和31年に射幸性の高さが問題になり、連発式が禁止され7000店まで縮小し低迷が続く。

昭和35年、チューリップ機の登場で再びブームとなり、業界は復活します。

昭和47年、電動ハンドルが登場するが、1分間100発規制で再び低迷する。

昭和53年、これに追い討ちをかけるように、インペーダーゲームが席巻し、ホールへの足が遠退き、さらに低迷する。



しかし、昭和55年に三共フィーバーが、翌年、平和ゼロタイガーが登場し、業界が一変し、まさにフィーバーする。



この年、30秒10ラウンド規制に、さらに昭和59年に30秒→15秒開閉時間規制が入る。

昭和60年に新風営法施行で、低迷しますが、パチスロの本格導入で活性化を取り戻す。

平成2年に16ラウンドに緩和され、平成6年に、確率変動機の登場により、「確変」ブームで再び息を吹き返し、パチンコ市場が急速に拡大し、30兆円3000万人産業として絶頂期を迎える。



その後、設置台の殆どがセブン機となり、新機種といっても初当たり最低確率を上げたり、下げたりと内規変更を繰り返し、現在に至っている。



最低確率1/360→1/320→1/360→1/500→1/400/→1/320



最低賞球7→5→4→3→1



確変機が登場して20年、液晶画像のコンテンツ変更と、当たり確率の調整ばかりで、連発式、チューリップ、フィーバー、ゼロタイガーのような、遊び方を全く変えるような台を生み出せてないことで、ファンに”新しい遊び”を提供できない。



創造性が低く、クオリティーのなくなったパチンコメーカーの問題が大きい。

新風営法以降は、パチンコの低迷期をパチスロで何とか補ってきたことも事実です。問題はパチンコ台そのものが創造性をなくしていることだ。



チューリップやゼロタイガーが登場したように、それまでの遊技方法を覆すような台の登場こそが、新たな遊びを求めている、パチンコファンの心理というものだ。



低迷や斜陽産業といわれるものからの脱却には、”真”の新機種が必須となる。歴史をみれば15年ぐらいのスパンで業界をひっくり繰り返すような台が出てます。これを生み出すことができなければ衰退するしかありませんが。





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開店前の行列に並んで客の声を聞くオーナー

2店舗のオーナーは2代目だ。でも、年は還暦を超えている。先代が10年前他界して家業を継ぐためにパチンコ業界に入ってきた。つまり、50歳まではまったく違う業界で生きてきた。それまでは家業を継ぐ気は毛頭なかったためだ。



店舗はいずれも300台クラスの小型店で、稼働は芳しくない。



ホールにはお客さんの意見を吸い上げるために投書箱を設けていた。



常連さんからの投書で、社長宛の1枚がオーナーの目に止まった。そこには、従業員の態度について書かれていた。従業員が客によってフレンドリーであったり、冷たかったり、と差があるので公平にして欲しい、という内容だった。



改めて投書を読み返した。



カップラーメンを食べるために電気ポットと割り箸を置いて欲しい、というような具体的なものもあったが、店長のところで止まって、オーナーのところにまで上がってこない情報が少なくないことに気づいた。



オーナーはお客さんの生の声を知りたくなった。



そこで取った行動が、客のふりをして開店前に並んでいるお客さんの声に耳を傾けることだった。



平日で10人、土日で20人ほどが開店前に並んでいる。



イベントが禁止になって、告知をすることはできなくなったが、昔からやっているイベントの名残を常連客は知っていることが分かった。



このホールではイベント規制前から水曜日=水が付く日は水に関する台、例えば海コーナーの釘を開けていた。そのことを今でも常連客は信じて通っていることが分かった。



時には従業員も悪口も耳に入って来た。



「いつも来ているバアさんが出しているが、いつもバアさんと親しげにしゃべっている従業員とつるんでいるじゃないか」



これは、まったくの誤解だ。出ている時は目立つが、毎日、毎日勝っているわけではない。負けている日もあるのに、勝っているとやっかむ。



「この店の店長って誰だい?」



「おれも分からない。あの白シャツでもなさそうだし」



店長は2年前に新しい店長が就任していた。店長自身がほとんど表に出ていないことも分かった。



新任店長は特に接客に力を入れていた。大手の接客を参考にしていた。



「接客が丁寧になって気持ち悪い。ニコッと笑われたら、ニコッと返すのがめんどうくせえ」



生の声を聞いて改善すべき点は改善して行った。



何よりも収穫だったことは、お客さんの来店動機が分かったことだ。



「たまに違う店に行くと、午前中はお客さんも少ないので、その店の常連から『なんだあいつ』というような目で見られることが嫌。つまり自分の肌に合わない。出玉の前に自分の水に会う店を選ぶ。それで当店を選んでいるお客さんがいることが分かりました。そういうお客さんに支えられているので、釘もいきなり変えてはいけないことが分かりました。お客さんによって店を選ぶポイントは違う。お客さんの立場が分かり、稼働を落とさないヒントを得ることができました」(オーナー)



ホールは築30年以上。



建て替え時期も迫っているが、建て替える気力はまだ生まれてきてはいない。







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コンテンツビジネスから手打ち式へ

業界に明るい材料がない。あるとすれば、これまで長らくメーカー主導だったパチンコ業界がようやく買い手であるホール主導になる?ことぐらいか。



ここに来てまた老舗パチンコメーカーの経営統合話が出てきている。



もっともパチンコメーカーは老舗ばかりなのだが、この会社、昨年は自社で持っていた版権までを売りに出していた、というから状況は深刻。その前には上野にあった不動産を業界内の会社に転売していた。



「創業者一族も経営から身を引き、このところヒット機種にも恵まれていない。パチンコは最低1万台は売れないとペイできない。10年後があるかどうかを考えると他メーカーとの経営統合によるシナジー効果を検討しなければいけない段階に来ている」(パチンコメーカー関係者)



メーカーというのはホールのように日銭が入る商売とは違うので、機械が売れなくなると100人規模の人件費を支払うだけでも大変だ。



人件費を工面するために、不動産や版権を売却していたのかも知れない。



「一発ヒット機が出ればビルが建つといわれ、以前は日工組へ参入するだけでも障壁があったが、そんな時代はもう終わった。業界規模が縮小すれば、まずメーカーにしわ寄せが来ることが、老舗メーカー2社の倒産で明らかになったように、今、メーカーは魅力がなくなってきている」(同)



これに伴いコンテンツビジネスも曲がり角に来ている。



「いくらいい版権を持っていても、ホールが買わなくなればそれまで。もっともコンテンツそのものが出尽くした感がある」(同)



こういう状況で5月25日、手打ち式を引っ提げて日工組に参入したのがA-gon(エイゴン)だ。





同社のホームページには代表者のメッセージが次のように紹介されている。



現在パチンコ業界は遊技人口が1000万人を割るという深刻な事態に陥っています。



かつてパチンコ遊技人口は約3000万人、老若男女を問わず幅広い世代が楽しむ遊びでした。



そこには玉の動きに一喜一憂できるシンプルなゲーム性、そして適度な射幸性が備わる遊技機が一つのジャンルを形成していました。



A-gonは再びパチンコが広く親しまれる遊びに回帰するために、約40年ぶりに「手打ちパチンコ機」を世に復活させます。



何とぞご期待下さいませ




アンチ液晶派としては、これは突撃取材もの。



手打ち式がファンやホールにどう受け入れられるかは未知数ながら、パチンコの原点回帰を訴え続けている日報としてもスリープユーザーを呼び戻す起爆剤になれば、と期待したい。



詳細は分かり次第報告する。





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地方の郊外店舗を見切り都会の駅前型にシフトするヤマダ電機

家電量販店大手のヤマダ電機が地方の郊外店舗を5月末で46店舗閉鎖する、というニュースはパチンコ業界と非常にオーバーラップする。





ヤマダ電機の場合は消費税増税の影響で販売低迷が続く中、不採算店や収益率の低い店舗を整理する、ということだが、地方の郊外店舗を閉鎖する理由は、やはり絶対的な人口がいなくなっているような場所が少なくない。



今後は都市部の駅前型店舗に力を注いでいくようで、手始めに年内までに東京・八重洲に出店するようだ。



パチンコ業界でも地方から東京を中心とした首都圏への出店を目指す傾向が何年前からか続いている。



ところが、憧れの東京へ出店したからといって、全部が全部成功するわけではない。地方から東京へ出店して成功している方が少ない、ともいえる。



絶対的な人口は多いが、都市部といえどもパチンコ人口は少なくなっている。加えて、居抜き物件は何らかの理由があるから、居抜きになる理由が分かってきたことも影響している。



「東京でも前ほどいい物件がなくなった。安い物件は多層階であったり、駅前物件でも問題があった。そんなこともあって地方ホールの東京進出の意欲が薄れてきている」(都内不動産関係者)



それ以上に金融機関の引き締めが大きい。



「パチンコ老舗メーカーの2社の倒産が響いた。業界の先行きを考え、銀行がカネを貸してくれなくなってきた。パチンコのベース検査のことも銀行は勉強しています」(同)



東京進出を目指していたオーナーに対して、金融機関の答えは「今あるところで一生懸命頑張って下さい」。



都内で8店舗を運営するオーナーはこう話す。



「立地のいいところを抱えていなかったらうちだって廃業するだけ。立地の悪い店舗はそのうち切り離して行くことになる」と都内でも明暗が別れる。



業界では営業コントロールとして当たり前のように行っていた釘調整が、不正改造になる時代を迎えようとしている。



手始めに検査対象は他入賞口だが、それがスタートにまで踏み込まれたら、換金が禁止されるに等しい規制強化だ。



そうなると、次の段階としては釘が一切触れない封入式(エコパチ)へと移行していくのだろうか?



エコパチまでどれぐらいの猶予期間があるのかは見えて来ないが、これを契機にパチンコを廃業して行くホールも少なくないのだろう。



そうならないためにも、業界がやることは一つ。



何度も言うが本来の遊技に戻るだけ。







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