毎日でも海に入りたい。そのうち実家まで帰るのが面倒になり、浜に近いところで仕事を探した。
その時に目に飛び込んできたのが月給23万円のホールの募集広告だった。履歴書は持って行ったが、左半分しか書いていなかった。
「そんな履歴書では面接できない」と一喝された。改め履歴書を完成させて採用となる。それがパチンコ業界へ入ったきっかけだった。
仕事の前に海、仕事が終わって再び海へ。1日2回、5時間は海に入った。
遊びが9で仕事が1。サーフィンするために働いていた、といっても過言ではない。
サーフィン命仲間もそれぞれ職に就き3人で共同生活をしていた。毎日海に入ることがルールだった。そのために、恋愛禁止というルールを自らが作るぐらいサーフィンに打ち込んでいた。
ところが、仕事の付き合いで酒も飲むようになった。すると二日酔いで朝は海に入れないことが何度か続いた。自らがルールを破り、3人の間に亀裂が生まれ、共同生活は1年2カ月でピリオドを打った。
新店の出店攻勢もあり、仕事の方が忙しすぎて、遊ぶ時間もなくなっていた。
負けず嫌いで、トップを取りたい性格だったため、いつしか仕事が9で遊びが1に逆転してしまった。
持ち前の負けん気パワーをサーフィンからパチンコへ切り替えた。結果を残した。23歳で店長、25歳で3店舗のエリア長に昇格する。
900台の郊外店で月間1億8700万円の粗利をたたき出すまでになった。
「毎日ホールに出ていたらお客さんの心理が分かるようになった。閉めて、閉めて、もう店に来るのは止めようとするギリギリのところでバカだししたらお客さんはついてくる。閉め続けるギリギリの後1日耐えられるかどうかというところが見極められるようになりました。海の底に魚がいなくなったらどれだけ出してもダメ」
広告宣伝規制のはるか昔、営業は極めて攻撃型だった。夕方発表するホールが当たり前だった時代、昼から設定発表をした。
「あの店は朝から行かないとダメという雰囲気が定着しましたね。お客さんの驚く顔を見るのが楽しかった」
若かったのでたちまち天狗になった。
パチンコでトップを取るという目標を達成すると抜け殻になった。毎日、仕事そっちのけでオンラインゲームの世界でトップを取るために夢中になっていた。
家にも帰らず、寝る時間も惜しんでゲームに没頭した。
結果は店の営業成績に表れた。管轄していた2店舗がぶっこける。半年間の遊びから目覚め、店の立て直しに入るために、仕事モードにスイッチを切り替えた。
スイッチが入ると恐ろしいほどの力を発揮する。こけた2店舗だけでなく、不振だった5店舗も立て直しに成功する。
どうやって立て直したのか気になる。
「ダメなところをよくしただけ」と多くは語らない。
もともと力を持っていたのだから、立て直しはそんなに難しいことではなかったのかも知れない。
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