それが1958年(昭和33年)に起こった釜ヶ崎暴動により、「怖い街」のイメージが定着して、若者や家族連れが寄り付きがたい街になっていた。この暴動で西成警察署は、現地で営業するパチンコ店に対して「釘を開けて労働者の気持ちを鎮めて欲しい」と依頼した歴史がある。
新世界が昭和レトロの街、として見直されるようになったのは1990年代に入ってから。昔懐かしいスマートボールの専門店も現存する。
現在はパチンコ店だった建物も串カツ店に業態変更するなど、串カツ店だけで60店舗以上が軒を連ねる「串カツの町新世界」として、新たな観光スポットになっている。
そんな新世界のフェスティバルゲート跡地に、韓流テーマパークの計画を見直し、昨年末グランドオープンしたのが「マルハン新世界店」(総台数1400台)だ。

グランドオープンから1カ月が経った。平常営業に戻った現在も、グランドオープン時の熱気をそのままに、8割前後の稼働率を誇っている。
マルハン新世界は何かと注目の的だった。
「新世界店は1カ月で5億の赤字を打つらしいで」
そんな噂が元町界隈を発信源にプロ連中の間にも瞬く間に広がった。立地条件は決していい場所とはいえない。フェスティバルゲートが破たんした、いわくつきの跡地でもある。スタートダッシュを失敗できない立場にもある新世界店である。その噂の真意を確かめた。
「そんなに出したら会社が潰れてしまいますよ」と笑い飛ばすのは上杉亮平店長。直近はマルハン梅田店のグランドオープンを経験したばかりだ。
地下フロアの梅田店は認知してもらうのに時間がかかったが、新世界店は建物が立ち始めた時点から注目されてきた。
マルハンは地域一番店になることを目標としている。1カ月経っても高稼働を維持している。
「想定よりいい数字で来ているのですが、今はこの稼働を落とせないプレッシャーを感じていますが、このプレッシャーをいいように楽しんでいます。パチンコ業界は元気がないといわれていますが、パチンコ業界はまだまだ捨てたものではない、というところを見て欲しい」(同)
オープンして想定外だったこともある。それは車客が少ないこと。1200~1300台が稼働していても駐車場は40%ほどしか埋まらない、という。地下鉄などの電車利用が想定した以上に多いので、メインの入口の島構成をライト、甘デジに変更した。
高稼働を維持する中、上杉店長の目標はパチンコをしたことのない女性客を増やすこと。そのためにもパチンコのイメージを変えるために女性スタッフを積極的に採用した。
しかし、勤務地は新世界。女性なら敬遠した職場だ。そこは時給を1600円に上げることでクリアした。早番のシフトは女性スタッフが多く、生き生きと働いている姿が印象的だ。
「入口に立ってお客様の導線を観察しているんですが、今宮駅から女子大生風の若い2人連れが店に入ってくれた時は、本当に嬉しかったです。ちょっとずつしか変わることはできませんが、若い人が来やすい状況を作っていきます」(同)
上杉店長が思い描くのは、新世界のさらなる活性化だ。
マルハンで遊んで、スパワールドで汗を流し、串カツを食べて帰る。マルハン会員の特典として串カツ店での割引サービスができるように働きかけている。駐車場の2階とスパワールドを通路で結ぶ工事も終わっている。2階のドン・キホーテがオープンすれば、さらなる相乗効果が期待できる。
しばらく、定点観測を続けて行きたい。

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