パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

テレビとパチンコ①

ハンドルネーム「文明開化」さんが衰退するテレビとパチンコを重ね合わせる。

以下本文

昭和の時代、三種の神器の一つにテレビがあった。時の世相やニュースなどの情報から歌やお芝居、野球やプロレス等の娯楽を手軽にお茶の間で視聴できる画期的な文明の利器だった。

それまでの新聞など紙媒体では味わえないリアリティーな情報をブラウン管を通じ日本人の老若男女に提供してきた。

テレビの登場とはそれまでの日本人の生活を一変させた。

戦前、戦後を通じラジオにより国民は情報を得て、映画館に行って映画を観ることで、スクリーンに写し出される銀幕の大スターに熱狂した。

そういう時代が続いたが、昭和30年代になって新たなテレビという媒体の登場は、娯楽の少ない時代にその衝撃たるや想像を絶するものであった。

新参者のテレビ局は、当初は予算も少なく時代劇を制作するにも映画会社の看板スターなんてとてもじゃないが起用できない、また、セットや起用する俳優さんも二流以下のショボイものであった。

※ただ、私、個人的には近衛十四郎(松方弘樹のお父さん)演ずる花山大吉は大好きで毎回食い入るように見てましたが。

こういった時代背景から、昭和40年代に入ると、一般家庭のお茶の間で何時でも手軽に見れる媒体として人気を博し、たちまち全国に普及していった。

その勢いは凄まじく、映画館を駆逐し、ラジオを駆逐するまでに至った。

当然、スポンサーとなる企業は、全国民が視聴することになったテレビに CMを出すことこそ一流企業の証だというように、各企業は莫大な宣伝予算を組み、その広告料を湯水のごとくつぎ込む、そういったテレビCMの投資という時代が長らく続いた。

特に昭和から平成にかけてはテレビはその絶頂期を迎えた。

制作する番組内容も歌番組、ドラマ、ニュース、ドキュメンタリーとその種類も豊富で、テレビはその潤沢な資金を元にグレードの高いものを次々に制作していました。

この頃のテレビの影響力は絶大で、その報道内容(久米宏キャスターや筑紫哲也キャスターなど)によっては時の政権がひっくり返えることもある程の力があった。

そのテレビも平成の中頃になるとインターネットという新たな媒体が登場することによって、急速に影響力が低下することになった。

パチンコ業界も同様にして・・・・・

つづく


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