結局子ガメの狼藉に終止符を打ったのはオオガメであった。しかし僕の体の痛みと悔しさは収まらない。痛めつけられた姿を客達は面白おかしそうにただ見ているだけだった。そして従業員のみんなも誰も僕を助けなかった。いや助けられなかったと言ったほうが正しいだろう。
店舗の入口にある駐輪場の整頓をしていた木村くんが駆けつけた時にはひと騒動終わった後だったし、カウンターでは連獅子が景品業者の対応に追われていて事件を知る由もない。関口さんやほかのスタッフたちは担当コースの仕事で手一杯だった。
僕は痛む脇腹を抑えながら仕方なしに事務所へ入る。これ以上恥を晒すのも嫌だし、立っていることすら苦痛だった。ドアを閉めると涙がこぼれ落ちた。悔し涙は嗚咽に変わる。子ガメの顔が、あの得意満面のいやらしい顔が何回も頭の中に入ってきては通り過ぎてゆく。
「おう、坂井主任おはようさん。あれ?お前なに泣いてるんだ。実家のお母ちゃんのおっぱいでも恋しくなったか、ん?がははは」
いつものことながらこいつのデリカシー無さとセンスのない冗談には呆れてものが言えない。
「子ガメにやられました」
奥歯をギュッと噛み締めながらそう答えるとまた涙があふれる。カルティエはしばらく僕の尋常でない様子をじっと見ていた。少し経ってから事の顛末をカルティエに伝えた。多少は慰めてくれるのではないかというほのかな期待を寄せながらなるべく哀れな口調で全てを伝えた。 しかし彼の口調は思いのほか冷やかだった。
「そりゃあ殴った子ガメも悪いが、もっと悪いのは坂井、お前だな」
僕は一瞬耳を疑う。怒りで目尻がつり上がるのが自分でも分かった。これじゃあ踏んだり蹴ったりだ。自分の部下が客にボコボコにされたのにかばうどころか被害者である僕をこいつは責めている。僕には到底理解できない。
「何がですか!僕は何も悪いことしてないじゃないですか」
一度失った理性は簡単に元の鞘には戻らない。噛み付かんばかりの剣幕で僕はカルティエに対して詰め寄った。体の痛みも然ることながら心の痛みはさらに増す。いくら上司といえどひどすぎる。
「甘えてんじゃねえ!」
ビターン!という大きな音と共に目の前が真っ暗になった。この感触はさっきも味わったものであるということ以外なにも認識できなかった。カルティエのビンタはさらにもう一発続いた。
「お前今殴られた意味がわかってねえだろう。大方客に殴られた僕を慰めることもしないでなんでまた殴るんだ、ぐらいのことしか頭の中にねえだろうって聞いてんだよ」
「うるせえ!そんなもん知るか!」
「坂井よく聞けっ!お前は今日お客さんに言っちゃあならねえことを言ったんだ。事の真偽がはっきりわかる前に『本当にお金入れたんですか』なんていう馬鹿な奴がいるか、バカヤロ!言われた身にもなってみろってんだよ。お前ならどう思うんだ。立場を変えて考えてみろ。お金を入れた加藤さんはうちでは何年も通ってくれている常連中の常連さんだ。お前も知らねえわけじゃないだろ」
僕にとってそんな理屈はどうでもよかった。ただカルティエに頬を張られたという事実がまだ理解できないでいた。
「だいたいお前は主任という職位の意味を何もわかっちゃいねえ。一般のスタッフじゃ解決できないトラブルを処理していくのが主任の仕事でもあるんだ。両替機のトラブルで呼ばれて、その場でお前が客とトラブル起こしてどうするんだ。お前に主任としての自覚が足りねえからこういう結果になるんだろうが。子ガメはタチの悪いやつだがよっぽどのことがない限り手を出すような奴じゃねえってことはこの俺がよく知っている。チンピラやヤクザもんは自尊心を傷つけられたり、気質の衆の前で恥をかかされたりした時に力にものを言わせる習性を持っている。お前の言い方がまずかったんだろうよ。違うか?そうじゃなけりゃあいつは手を出すような奴じゃねえ。少なくともこの俺がここで店長を張っている以上はな」
カルティエの僕に対する非難は容赦がなかった。情けないことだが僕は彼に反論する言葉を持ち合わせていなかった。そして俯くばかりの僕は放心状態のまま磨り減った床を見ていた。
つづく

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その中で組織人、特に管理職としてふさわしくない人材の例を6つあげて
六邪としています。
記事の主人公の様に管理職になった人も、そうでない人も自分が六邪となっていないが
胸に手を当て考えて頂きたい。
共通するのは社会全体や組織全体の利益を考えず、自分の事ばかりを考える人物です。
「見臣(けんしん)」
保身を第一にし目的とし、そのために波風を立てない事だけを目指す者。
ルーチンワークのみをこなし、それ以上の事は行わず、全力で仕事すると言うことをしない。
自分の意見を言わず持たず行動せず周囲の動きを見ているだけ。
「諛臣(ゆしん)」
経営層の言うことになんでもハイ、ハイと答え、おべんちゃらを使い、だだそれだけのイエスマン。
「姦臣(かんしん)」
表向きは真面目だが、裏では気に入らない人を蹴落とす事ばかり考え動く者。
「賊臣(ぞくしん)」
組織に派閥を作り、組織全体の利益よりも派閥の利益を考え、
時には経営層の指示をわざと間違って解釈し派閥の利益になる様にする事もある。
「讒臣(ざんしん)」
言葉が巧みだが、その言葉が組織全体の為にならない事ばかり主張する者。
組織に揉め事ばかり増やし、軋轢を生み出し、組織の効率的な動きを妨げるもの。
「亡国の臣」
これが一番罪深い。見臣、諛臣のさらなるもので、
経営層が間違った事を行っても、自分の保身を優先して
それを経営層に指摘し、是正を求めない者。
結果として組織が腐敗する事に手を貸す者です。
ピンバック: 徳名人
で。それがどうしたのですか?
それの縮図があなたなのですが?
昨日のレスには答えてないですね。
ピンバック: 反面教師にもなりやしない
それこそ「甘ったれんじゃねえ!!」
ピンバック: 通りすがりの風来坊
ピンバック: 終わりの始まり