そのおばあちゃんは毎日のようにやってくる常連さんだった。
トイレに立った時に自分が打っていた台が分からなくなるようなってきていた。
認知症でなくても、何台も台を代わって打っていて、不意に電話がかかってきて、外に出て戻ってくると今、打っていた台が分からなくなることはたまにあるものだ。
ところが、このおばあちゃんはそれが頻繁に起こるようになり、トイレから戻ってくると他人の台を打っていることでトラブルになるようになっていた。
店の従業員も「ちょっとボケが入ってきたかな?」と思うようになってきた。
ただ、会話は普通にできる。
そこで従業員は、おばあちゃんにこうアドバイスした。
「トイレに立つときは、目印として取られてもいいようなものを置いて行ったらどうですか」
おばあちゃんは資産家で4円を打ってくれる優良客だった。家族も毎日パチンコ店へ行っていることは公認だった。
おばあちゃんは家でも認知症が出るようになっていた。
朝から夕方までいるパチンコ店で迷惑のかかるようなことをしていないか気になり、家族が店長を訪ねて店に来た。
店長は事の次第を家族に説明した。
日中も異常行動を取るようになっていたことで、家族はおばあちゃんを病院へ連れて行った。
認知症は進行していた。
それ以来、パチンコ店には姿を現さなくなった。
半年が経った頃だった。
家族が「またおばあちゃんを寄こしたい」と相談に来た。
店長は快諾した。
半年振りにやってきたおばあちゃんの認知症はさらに進行していた。家族によるとパチンコを止めて一気に症状が酷くなった。
医者とも相談して脳に刺激を与えることはいいかも知れない、ということだった。
パチンコの当たりがドーパミンを分泌させる。諏訪東京理科大学の篠原菊紀教授はパチンコやスロットが認知症の予防になるとの研究も進めている。
半年後のおばあちゃんは金銭管理もできなくなっていた。そこで、家族は毎日1万円を持たせた。
4円では1万円はいくらも持たない。
おカネがなくなるとおばあちゃんは隣の人が積んでいる玉箱から玉を手でわしづかみすると自分の台の上皿に入れるようになった。
他人の玉も自分の玉と思い込むようになっていたのだ。
これでは他人に迷惑をかけることになるので、パチンコでリハビリすることなく、店には来なくなった。
この地で30年以上営業を続けているオーナーはこう話す。
「昔から認知症の方はいるはずなのに、今までこんな経験をしたことはなかった。認知症は明日はわが身かと思うと切なくなる」
篠原教授が提唱するように、パチンコホールが高齢者の脳を刺激する健康の場という側面がもっとクローズアップされるとパチンコの見方も変わってくる。

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