パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫 

ホールが軍資金を提供する発想とは

Tポイントは共通ポイント業界の草分け的存在だが、楽天グループやNTTドコモなどの攻勢により加盟店が減少するなど、存在感の低下が指摘されて久しい。そこでカルチュア・コンビニエンス・クラブは反転攻勢の切り札としてTポイントを三井住友フィナンシャルグループのVポイントと統合することになった。

ポイントカードの目的は、まずはリピーターになってもらうため。次にポイントを貯める人を囲い込むことによって、ライフスタイルの調査につなげることができる。そのためのコストがポイント還元だ。

筆者はポイントカードは持たない派だが、ドラッグストアーはスギ薬局一択で、せっせとポイントを貯めている。

ポイントは一般的には1ポイント1円で、200円で1ポイントが付く。100円の買い物で50銭、1000円の買い物で5円。それをポイント好きの人たちはせっせ、せっせとポイントを貯めている。市場調査会社の調べで、ポイント貯める派は、パチンコをやらない傾向が強いことが分かっている。

ま、よく考えると1円をコツコツと貯める人は、1000円があっと言う間に消えるようなパチンコには手を出さない。堅実な人が多い。よって預貯金の額もポイントを貯めない派よりも多い。

1円でも無駄遣いはしたくないポイント派は、物価高に対してもシビアだ。値段は据え置きでも内容量が減ったとか、5個入りが4個入りになったことなどには敏感に反応する。ポイントを貯めない派は、物価高で内容量が減っても気にすることはない。

長々とポイント派のことを書いてきたが、パチンコ業界はまさにポイントを貯めない派で、内容量が減っても気にしない層をターゲットにしなければならない。そんなことは言われなくても分かっているだろうが。衣食住を切り詰めてでもパチンコ代に回す人たちが業界を支えてきた。

パチンコ業界の遊技人口は最盛期の3000万人から700万人にまで減少しているのは周知の通りだ。遊技人口を増やすには大ヒット機が必要になってくるが、スリープユーザーを呼び戻すだけでは、あまり意味がない。やはり新規客を増やしてこそ、遊技人口が増えた、と喜ばなければならない。

ポイントカードは新規客を増やすためのアイテムでもあるが、パチンコでポイントカードに匹敵するものは何か? 答えは来店ポイントではない。

「ユーザーは軍資金が限界に来ている。軍資金がなければサラ金から借りられるが金利が高い。パチンコ業界が簡単におカネを貸し出す制度を編み出せばいい。おカネを供給すればいいが、どうやって供給するか? パチンコ店には大きな武器を持っている。それは出玉。その発想が全くない」と話すのはパチンコ好きのシンクタンク関係者。

食料品の中には期間限定で増量パックが売り出されることがある。内容量が増えれば、お得感があるので新規客の開拓にもつながる。

要はパチンコも期間限定で出玉を出す。従来は特定日やイベントで出すというスタイルだったが、もっと期間を長くする。期間を長くしても大量出玉が出せるということは、交換率を下げなければならない。

そんな第二パチンコ業界を作るというのがシンクタンク関係者の発想だ。その時はパチンコという言葉も捨て、旧来のパチンコとは一線を画す。2ちの勢力が切磋琢磨することで新規ユーザーの獲得にもつながる、という。



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射幸心を煽っても売り上げが上がらない宝くじとパチンコの共通点

12月23日の締め切りを前に、宝くじ大好き5人のジャンボきょうだいがサンバに興じながら歌い踊るテレビCMが流れ続けた。


宝くじ好きの長男は妻夫木聡、優しい性格の長女は吉岡里帆、天然キャラの次男は成田凌、お調子者の三男は矢本悠馬、今どきギャルの次女は今田美桜を起用したのは、今まで宝くじを買ったことがない若者に振り向いてもらうのが狙いだ。

宝くじの2021年度の売上額は、前年度比0.3%減の8133億円だった。宝くじの売上額は2005年の1兆1047億円をピークに漸減基調に転じている。

宝くじの1等金額が1億円になったのが1994年。2004年に2億円、2013年に5億円で前後賞合わせて7億円、さらに2015年に7億円に引き上げられ、前後賞と合わせると10億円に達した。

夢のような10億円。一生遊んで暮らせるような金額で射幸心を煽ってきたが、その効果も表れていない。

売上減の理由は宝くじ購入の主力層が高齢化したことや、2001年に販売開始したスポーツくじtotoに顧客が流れたことなど複数の理由があるようだ。インターネット販売やクレジットカード決済対応への遅れで、若い世代の取り込みに失敗したことも響いた、とされている。

こうしてみると、宝くじとパチンコは似た者同士とも言える。課題は中心客層の高齢化で、いずれは鬼籍に入っていく。売り上げ増・ファン人口増のために射幸心を上げているのも一緒だが、共に増加にはつながっていない。

今の若者はギャンブル嫌いが多い。当たる確率の極端に低い「夢の一獲千金」を狙うよりも、「損をせずに着実にリターンを確保する」風潮も影響している。そういう意味でも宝くじとパチンコは古い体質から脱却できていない。

「パチンコは博打性がなければお客は打たない」とはホールオーナの弁。それは一部は当たっているかも知れないが、曲がりなりにもパチンコは遊技と言っている以上、その考え方は間違っている。本当に面白いゲーム性で遊ばせるのが遊技というものだ。

射幸性を上げる手法は、一部のヘビーユーザー向けでしかない。本来、賭博性が低い宝くじやパチンコでは、競馬のように売り上げ・ファン人口増にはつながらないことを学ばなければいけない。加えて、宝くじもパチンコも若者からは見放される昭和の遺産なのかもも知れない。

答えは射幸性を上げても効果がないということだ。


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第8話 悲しい話 ④

カギっ子

カルティエ。本名は田中秀樹。実物と名前の響きにはかなりの隔たりがある。名は体を表すと言うがそうでない場合もあるらしい。とは言え子どもの頃からずんぐりむっくりで金縁の眼鏡をかけていたわけではない。
 
中堅会社に勤める会社員を父親に持ち、たった二人きりの生活を十八年間過ごした。秀樹の母親が子宮癌で亡くなったのは彼が三歳の頃であるから正確に言えば 父親との二人暮らしは十五年くらいになる。今では一人っ子は当たり前のようにこの世に存在するが、当時とすればそれは結構珍しくもあった。

秀樹は自分に母親がいないことに関してそれほど引け目を感じてはいなかった。いや感じないようにしていた、と言ったほうが良いかもしれない。母親がいない 自分の息子を不憫に思う父親の姿が彼をそうさせていたのだ。だから母を慕うという素振りを父親の前で見せてはいけないと子供心に固く禁じていた。
 
秀樹は母親がいないことより父が残業で夜遅くなるまで帰ってこないことのほうが寂しかった。「僕に弟か妹がいればなあ」と六畳一間のアパートで何度独りごちたことか。毎日毎晩父親が帰ってくる足音だけを頼りに布団の中でまんじりともせずに待っていたのである。しかし父親の帰りをこの目で実際に見届けることは数えるほどであった。
 
母親がいないのだから当然のことながら学校が終われば自分の手で家の鍵を開けて入る。秀樹は誰もいないのを知りつつも大きな声で「ただいま」を言って部屋に入る。誰かに強要されたわけでも教わったわけでもない。ただそうしないと自分がとても寂しく思えたから。しかしある日から秀樹はそれをしなくなった。
 
小学校五年生の頃。無くさないようにと首に掛けたゴム紐の先にはアパートの鍵がぶら下がっている。それをクラスのいたずらっ子が発見し、教室のみんなに聞えよがしに大きな声で秀樹をひやかし始めたのだ。いわゆるカギっ子の象徴であるそのゴム紐を秀樹の首からひったくると

「わーい、カギっ子だあ。田中秀樹はカギっ子だぞお」

「きったねえゴム紐。まっくろじゃん」

「カギっ子は仲間に入れねえよ」
と教室の男子が口々に囃したてた。

「返してくれよ。なんだよ、おまえやめろよ、返せよ」
秀樹が向きになればなるほど男子たちは余計に面白がった。この時秀樹は集団の威力の恐ろしさを嫌というほど知らされたのである。
 
もともと心根の優しい秀樹にとってこの事件はとてもショックな出来事であった。以来彼の口数は極端に少なくなり、まわりの人の顔色を窺うようになった。普段は優しくしてくれている担任の先生や近所のおばさん達も本当は自分のことをカギっ子だと冷ややかな目で見ているのではないか、そう思うとなんだか急に恐ろしくなった。
 
こんな時にこそ母親がそばにいれば子供の変化に気付き、何らかの心のケア―を施したのであろうが、秀樹にはその肝心な母親がいないのである。そして毎日が残業続きの父親は生活を維持するのに手いっぱいでそんな秀樹の変化に気づく様子もない。
 
一体人生とはこんな些細なことでその様を大きく生えてしまうほど脆いものなのか。秀樹にとって一人で家にいる時間より学校で友達と遊んでいる時間そのものが何よりも大切であった。その宝石のように輝く、唯一の心のよりどころを一瞬にして奪われてしまったのである。

子供の軽口に罪を着せることはできないが、秀樹の人生を大きく左右してしまったことは紛れもない事実なのである。その後の秀樹は中学、高校と父親の言うとおりに進学したのだが、小学校五年の鍵っ子騒動はいつまでたっても彼の心に大きな影を落とし続けた。

誰かがひと言でも優しい言葉を彼にかけてあげたならばここまで寂しい思いをしなくてもすんだのかもしれない。しかし秀樹の学生時代に救世主は現れることはなかった。
 
心が荒んだ状態の秀樹は学校の行き帰りにほぼ毎日といっていいほど喧嘩を繰り返した。それが唯一のストレス発散の材料であったのだろう。

「強いものは絶対だ」と言うその哲学のみで毎日を過ごした。明るく朗らかな少年が傲慢で陰湿な性格の持ち主に豹変した理由、その理由に秀樹は気付いていない。彼にとってそれがそもそもの悲劇だった。
 
学年を増すごとに悪事に手を染めケンカに明け暮れる秀樹は仲間からも恐れられていた。秀樹はそんな悪循環にもだえ苦しんだ。しかし苦しめば苦しむほど彼の行動はそれとは裏腹にエスカレートしていく。喧嘩や万引きは当たり前のことであり、やがては婦女暴行の罪までも犯すことになる。
 
ここまでくると優しかった彼の父親にももうなす術がなかった。息子の悪事が原因で会社をクビになり、日雇労働者の仲間入りをするところまでに至った。秀樹はそんな最悪の状況を把握できないほど馬鹿ではなかったが、悲しいことに彼にはそれを改善したり取り繕ったりする能力が備わっていなかったのである。
 
会社をクビになった自分の父親を見て秀樹は心を痛めた。そしてこれは自分のせいだと自己嫌悪に陥る。「誰か俺を止めてくれ」幾度となく心の中で叫んだ。しかしその言葉に応えてくれる人はだれ一人として彼の周りにはいなかった。

つづく


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死に島をタンポポ方式にしたい!

NHKのドキュメント72時間で紹介された福生のゲーセン「タンポポ」ネタの第三弾である。1回目で取り上げたエントリーも息が長く、アップしてから1週間以上経ってもアクセス数が落ちないことにまずもって驚かされた。これは日報読者の業界人というよりも、ドキュメント72時間ファンからのアクセスと考えられる。「ドキュメント72時間 タンポポ」で検索すると日報が上位に出てくる。

前置きはこれぐらいにして、業界人はタンポポを見て、何を感じたかだ。

あるオーナーはホールの営業面積の半分をタンポポ方式にできないかと考えている。例えば、500台クラスのホールで、半分を時間制パチンコのゲーセンにできないかと。今や3割稼働でもいい方で、1~2割稼働のホールが多数派でもある。空間のような遊技スペースをそのままにしておいても利益が上がらない。それなら、タンポポ方式で賑わいと利益を確保したいということである。

パチンコの4号営業とゲーセンの5号営業を一つの建物の中で展開している事例がないために、許可が下りるのかと思案している。壁で区切れば問題はなさそうに思える。

さらに違う業界人はタンポポ方式を都道府県に1カ所ずつチェーン展開すれば、パチンコ離れにブレーキがかかるのではないか、と期待を寄せている。

「テレビを観たけどあんなに景品交換もできないのに支持されているとは思ってもいなかった。ハッキリ言って最初はバカにしていた。これからも閉店する店はたくさん出るので、店舗には困らない」(ホール関係者)

タンポポ方式を自分なりに考えた時に発想を膨らませる。

「レシートを出して、サインだけじゃかわいそう。何発出たとか、ランキングを書いて貼り出した方がいい」(同)

これこそが業界人の発想だ。射幸心というか自尊心を煽ろうというのか? そもそも全国に1カ所ずつあればいいという発想も然り。

タンポポがウケるのは、昭和の終わりから平成のはじめのヒコーキタイプなどの懐かしく、かつ、パチンコが遊技として面白かった機種が取り揃えられているから固定ファンがいる。しかも店舗の雰囲気から従業員のユニフォームまで昭和に拘っているから出てくる味である。今の抽選機セブン機で時間制にしてもこれほど支持されることはないものと思われる。

2016年10月31日に日報で紹介した岐阜レトロミュージアムは、タンポポのように昭和~平成のはじめのパチンコ台が打てるゲーセンだ。オーナーは2000台のレトロ台を所有していて、うち700台がハネモノだ。ここから機械をレンタルすれば、もう何軒かはオープンすることができる。レトロパチンコは希少性があるから価値がある。

「40玉交換時代は『1000円でこれだけ遊べた』と負けても自分自身を慰めることができた。今のパチンコには慰めはなく、後悔しかない。1万円使っても遊べたレベルではない。遊技機が等価交換仕様になっていることも問題。かといって業界は40玉交換には戻れない。業界は先細りするしかない」(設備機器業者)と諦め顔だ。



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男性社員の育休申請をホール(企業)は拒否できない

2022年は男性が育休を取りやすくするために、育児・介護休業法の改正が4月と10月に段階的に施行された。

まず、4月1日の改正では企業側には育休を取得しやすいような環境の整備や、育休取得率の公表が義務付けられた。次に10月1日からは男性が取得可能な「出生時育児休業(産後パパ育休)」制度が新設された。その結果、赤ちゃんが生まれてから8週間の間に合計4週間分(2回まで分割可能)の育休が取れるようになった。

厚労省の調べでは、2020年度の男性の育児休業取得率は7.48%と低い取得率だった。この状況に対して男性育休の取得推進の検討が進み、2021年6月3日、「改正育児・介護休業法」が賛成多数で可決・成立、2022年度からの施行となった。

こうした状況を踏まえて本題に進もう。

2店舗しかないホールで主任のAさんは、11月に第一子が生まれた。ところが奥さんが産後鬱になり、育児が難しい状況になった。奥さんのお母さんは既に亡くなられ、育児を手伝ってもらえる状況ではなかった。

そこでAさんは会社に育休を申し出た。オーナーからの返事は「帰って来た時主任の居場所はないからな」と信じられないような言葉だった。そうなることを予見していたAさんはこの時の会話を録音していた。パワハラにも該当する事案だ。

なかなか、育休の許可が下りず、ピンチヒッターとしてAさんのお姉さんが育児を手伝っている。

Aさんは会社を辞める覚悟で会社を訴えてきた。育休を取得しやすいような環境の整備が義務付けられているのに、まさに、改正育児・介護休業法にホールは違反している。そもそも会社側に拒否権はないようだ。

中小ホールオーナーがそんな法律を知る由もない。大手ホールなら人員もたくさんいるので、Aさんの代わりをしてくれる主任はいるが、2店舗しかない零細ホールでは、ホール現場のキーマンとなる主任もいないのかも知れない。だから、あのような返答になったものと思われる。それなら、本社から応援を出すなどの対応を取れば済む話だがそういう人材もいないということか?

いくら法律で男性が育休を取得しやすくなったといえども、大企業はともかく、人手不足の中小企業ではなかなか取りにくいのではないかと思われる。義務化については特に、運輸、建設、介護・看護業など人手不足が続く業界からの反対意見が多かった模様だ。



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