パチンコ日報

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ドキュメント72時間でわかったこと。パチンコがギャンブルではなく遊技として楽しい姿がタンポポにある

11月4日、NHKのドキュメント72時間で東京・福生市のタンポポを舞台に、「青春時代の台に会いたくて」が放送された。業界では有名なひげ紳士が運営している店。パチンコ店が取り上げられるのは2018年6月に放送された「1円パチンコに哀歓あり」以来2回目。ただ、今回は、パチンコ台は置いているが、景品交換はできないゲームセンターの営業形態。1時間1000円。3000円なら1日遊べる。



閉店したパチンコ店をゲームセンタータンポポとして再オープンしたのは、コロナ禍の2020年7月だった。

設置している台は昭和から平成のはじめに一世を風靡したハネモノや権利モノが設置されており、中年の打ち手にすれば、30年以上前の青春時代が蘇ってくる。

NHKから取材のオファーが来たのは9月前半。話はとんとん拍子で進み撮影開始は9月30日の金曜日から始まる。



この時の心境をひげ紳士氏は次のように語る。

「我々の理念というか想いが拾われたという感じで素直に嬉しかったですね。ただ、あの空間にカメラが常時入ることに抵抗はありました。来店していただいているお客様の心境や我々が大事にしている空間が損なわれることに対してです。それでも世に知って頂くのは我々にとってパチンコ文化というか遊技のあり方、新しい余暇の形としての価値提供に一石を投じることが出来ると思い、来店しているお客様へは周知徹底して事情を説明し理解していただき受けさせて頂きました」

建物も古いが、機械も古い。ひげ紳士氏が軽快なリズムで「ジャンジャンバリバリ♪ジャンジャンバリバリ♪と、しっかりとがっちりとお出しくださいませ、お取りくださいませ。四角四面の枠の中、クルクル回る風車に乗せられまして右へ左へと…」とマイクパフォーマンスを披露する。今では失われてしまった昭和のパチンコ店の風景がここにはある。



54歳の男性客はパチンコを始めたのは大学生の時。「大人の社交場に足を踏み入れた時は怖いおっちゃんやおばちゃんがいた。30年前の思い出の台に巡り合えて、楽しかった思い出に触れられた」と店を後にした。

昭和を踏襲するタンポポは従業員の制服にも気を使う。当時の女性用ユニフォームは事務服のような感じだったが、今でも売っているのかと感心する。そんな制服に身を包んだアルバイトのサッちゃんは「仕事って辛いじゃないですか。だけどここの仕事は楽しい。人間関係が優しい。仕事が苦じゃなくて、楽しいのでルンルン気分で出勤しています」と屈託のない笑顔がカワイイ。



若い時パチンコで借金をして家族を苦しめた男性は、この日は親子でパチンコを楽しんでいた。「当時は横で息子がパチンコを打つなんて想像できなかった。今になれば親子でパチンコが打てるのは嬉しいこと」と振り返る。3000円の定額で1日遊べるからなせる業でもある。



月1~2回は来ている50代の男性客は、若い頃がフラッシュバックする。当時は週休2日でもなく、休みの日になればパチンコ店へ通った。20代後半でバブルが弾け、転職する。30代前半に打っていた台を打ちながらその当時に戻りたいかと聞かれ、こう答える。

「その気持ちは半々。ダメなところだけリセットするのは人間としてズルい。ダメなところも人間らしく悔しいのも思い出。その時々を懸命に生きて今がある」

勝ちも負けも受け入れてまた明日へ進む。

皇太子殿下と雅子さまが結婚した1993年6月9日は、国民の祝日となった。この日に打った台で一生で一番勝った、という男性は、その台を打ちながらこう話す。

「昔の台で大当たりするとアドレナリンが出る。20代の頃に立ち返ったように思い出も蘇る」



まさにタイトルの「青春時代の台に会いたくて」そのものである。パチンコをギャンブルとしてではなく、遊技として楽しいものとして残していく姿がここにある。

温故知新。業界人こそが体験してみるべきだろう。パチンコ再生のヒントがそこにある。



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