勢いに任せてよぼ爺にどなり声をはりあげてはみたものの、実のところ僕はかなり後悔をしていた。気の短さは持って生まれた性分であるとしても、年寄り相手に高圧的な態度に出ることを僕は是としない。
年上の人には畏敬の念をもって接しなければならない、と厳格な父親からしつけをされてきたからだ。しかも腰が曲がっていつ死んでもおかしくない老人に対して先ほどの態度はたとえ僕に百分の理があったとしても褒められた事ではない。
とは言え、「事務所に来い!」と啖呵を切ってしまった以上、「やっぱり結構です」とは言いづらい。瞬間的に暴発してしまった気まずさはあるが、とりあえず事務所に入ったらまず謝ろうと思った。しかし、よぼ爺はそんな僕の気も知らず、事務所に入るなり
「へえ~、これがぱちんこ屋の事務所なあ~ん。すげえんじゃねえ~ん」
とまるで子供みたいにモニターカメラやぱちんこ台のデータを管理するコンピューターをペタペタと触りまくる。
「おじいさん、駄目だよ。ここにあるものを勝手に触っちゃ。まったくもお」
「そおなあ~ん」
「そおな~んじゃなくて、もういい加減にしてください」
僕はまたもや「そおなあ~ん」に切れそうになる。悪いことをしたこのよぼ爺は事務所に呼ばれたのにもかかわらず全く反省の色を見せてない。かえって僕のほうが浮足立っているではないか。そしてよぼ爺の隣に無言のまま立っているあんちゃんも泰然自若の体を崩さない。
僕は言いようのない気ずさをおぼえる。しかしそれでも言うべき事はきちんと伝えなければ、と精一杯の威厳を以てこのよぼ爺を諭すことにした。
「いいですか、お客さん。ぱちんこ屋にもね、ちゃんとしたルールっていうものがあるんですよ。わかりますか?今日、お客さんはうちのルールを守らなかった。だからこうして事務所に呼ばれているんです。なんで玉の横流しがいけないかっていうとね…」
僕は件のぱちんこやの仕組みを一から丁寧に、ゆっくりと、わかりやすく説明した。よぼ爺は僕の話を「へ~」とか「ほほお」とか「そおなあ~ん」と言いながら首をこっくりこっくり縦に振りながら熱心に聞いてくれた。
単細胞の僕はこれで一件落着できそうだ。このお爺さんもちゃんと説明すればわかってくれるんだ、ととたんに気分が良くなる。そしてきりのいいところで止めておけばいいものを
「わかりましたね。でも一応店のルールですから、最初に僕が言った通り当分の間はうちの店への出入りを禁止させてもらいますよ。いいですね、おじいちゃん」
とキメ台詞でくくった。紆余曲折はあったものの僕は主任としての職務を全うした。今日はいい日だ、なんて自画自賛の境地にひとり入り込む。そして内心ほくそ笑みながらそろそろと反応をうかがうと
「・・・」
よぼ爺は無言のままであった。心なしか表情が硬い。そして彼はおもむろに若いあんちゃんの顔をじっと見つめる。期待していた反応をみてとることができなかった僕は少し狼狽する。するとよぼ爺の要望が何であるかを悟ったあんちゃんが初めて口をきいた。
「本気で言ってるんですか」
ほっそりとした面体に似合わない太い声だった。そしてその声はなぜか僕を不安にさせた。
「本気ですかって、今まで説明したじゃないですか」
何とか体裁を取り繕おうと発した僕の声は少し震えていた。
「のう、あんちゃん。出入り禁止はちときつい処分だな。俺はもうここへは来れんのだろうか」
あんちゃんとは僕のことを指してるのだろうか。それともここに立っているこのあんちゃんのことを指しているのだろうか。とっさの判断が出来なかった。
それはよぼ爺の声に、話し方に変化が見られたからだ。今この爺さんがしゃべった言葉にこの地の方言は一切混じっていない。そしてこの抑揚のないイントネーションはよく耳にする。迫力は全然違うがそうだ、木村くんが良く使う言葉。という事はこの人はその筋の人なのか。背筋を嫌な汗が流れ始める。
「返事がないところをみるとそうなんだな。この爺さんは出入り禁止ってえことなんだな。そう决められたんだら仕方がねえ。そちらの言うとおりにしよう。ところで若いの。俺もあんたんとこの事務所に付き合ってやったんだからこれから若いの、あんたもうちの事務所に来なさい」
ドスの利いた低い声で発せられたその内容は僕が到底拒むことが出来ないものだった。
つづく
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