パチンコ業界の凋落を肌で感じているのが、長らく上野で営業している広告看板の会社だ。
「パチンコ店はビルの屋上や道路に看板を立てたりしていた。これが2~3年前からパチンコ店の看板の撤去が凄い勢いで進んでいる。こうした看板は毎日通勤するたびに頭に刷り込まれていく効果がある。パチンコ店は優良企業が多く、値切りもなかったのに、月1万円を値切るようになったり、地方の郊外は年間5万円ほどなのですが、そんな少額でも撤去や解約が進んでいます。長年使っていると色褪せて塗り替えの話をしなければ、いけないのですが、塗り替え話が解約話になるので下手に声も掛けられません」(看板広告会社関係者)
前述の通り、上野は50軒余りのホールが今や3軒。そりゃ、看板需要もなくなるというものだ。
この看板広告会社の関係者は長いこと上野で商売しているので、スマートボールやアレンジボール、雀球が廃れたことと、現在がオーバーラップする、という。
「スマートボール、アレンジボール、雀球は新台が出ることもなく、何年も古い機械を使いながら細々とやっていた。今は新台はジャンジャン出ているけど、家賃を払っているパチンコ店から新台が入れられずに閉店していっている」(同)
考察はまだつづく。
「東北から寝台列車で朝着いて、地方のパチンコ店よりやっぱり東京の方が出る、ということで朝からパチンコ店のカウンターに荷物を預けて打っていた。それこそ景品が売り切れ、二木の菓子に仕入れに行っていたほど繁盛した。年末、書き入れ時のアメ横は今でも人でごった返すが、パチンコ店もどこも朝から満台だった。ウチが上野に事務所を構えたのはパチンコ店が多かったからで、看板の仕事も取りやすかったから。パチンコ店だけで取引先は110社あったのに、今は8社まで減った。パチンコ店の売り上げは重要だったが、一番売り上げが下がった業種がパチンコ業界だった」(同)
素人なりに分析するとやはり上野に等価営業は似合わなかった、という。
「パチンコ店がひしめき合っていたので、オーナーは他店にお客さんを取られないように『出せ』『出せ』。それこそ、40玉交換の時代だったので、出しても赤字にはならなかった」
全く持ってその通りである。120~130%出しても赤字にならなかった40玉交換は先人の知恵だった。
10月からは再度の値上げラッシュで、一般的な家庭では年間7万円の値上げ負担になると試算されている。これではますます娯楽費に割く家計の余裕はなくなる。
※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。