1998年4月に放送がスタート。名人と称されるタレントMCとゲストタレントが規定の金額と制限時間で出玉を競う内容だ。
初代斉木名人~内山名人時代までは、1人で10000発~20000発でハワイ旅行を獲得することができた。放送は2005年で一旦終了したが、2008年からレギュラー放送で再開。番組タイトルはスポンサーが替わるたびに「今夜もドル箱!!S」、「今夜もドル箱V」、「激!今夜もドル箱」と変遷しながら現在に至る。
「斉木名人が司会している頃は、番組で紹介された機種の稼働が翌日上がったものだが、今は何が紹介されてもダメ。あの頃は遊技人口も3000万人だったから番組の影響力があったが、現在の710万人では番組効果もない」(遊技機メーカー関係者)とため息を漏らす。
遊技機人口3000万人が710万人に減少したのは、どういう意味があるかと言うと、等価についてこられずに脱落した人が2300万人もいるということである。
1998年と言えばまだ等価交換は主流ではなかった。
等価が主流になるとホールは面白いように粗利が上がった。さらに売り上げの上がるMAX機を競って導入して、粗利も上がった分、客離れは加速して行った。
言うならば等価は売り上げ・粗利を上げる劇薬だった。
業界人であれば、現在の遊技人口が710万人まで減った原因の一つが等価交換であることは分かっている。にも拘わらず、等価・高価交換営業から脱却することはできない。
なぜなら、現在の710万人のファンは等価支持層のために、安易に40玉交換に変更することはできない。低価交換に舵を切れば、今残っている遊技客が辞めていく。遊技人口減の原因が分かっていながら対処できないジレンマ地獄に業界は陥っている。
「40玉交換なら、30玉交換でも、等価交換の釘を作ることができるが、等価では等価の釘しか作れない。それがパチンコの面白さを殺し、ギャンブル化に拍車をかけた。しかし、メーカーはホールさんが買ってくれるスペックを作るしかなかった」(同)
現在パチンコを支えてくれている団塊の世代は、72~75歳でホールへ通ってくれる日もカウントダウンが近づいている。若年層の開拓が業界の生命線を握っている。
今年6月、日工組の新理事長に就任した榎本理事長は業界誌の合同記者会見で新規ファンを獲得するための方策として次の様に述べている。
「今まで時短があるかないかだったのが時短の状態がa,b,cと少なくとも3状態あって、その状態を用いることで機械の設計が家系図のように複雑にできるので、ある意味若者にアピールできるチャンスでもあると思います。さらなるゲーム性の拡大を図り、様々な魅力ある遊技機の開発を行っていくためにも、日工組はよりオープンに、そして公平かつスピーディに活動していきます。今後も『こんな機械が出てきたか!』と感じてもらえる機械が登場すると思うので、是非期待していただければと思います。是非、友達、家族、恋人を誘ってホールへ足を運んでみてください」
若年層の開拓はパチンコメーカーの腕にかかっている。
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