朝一番、常連客のおばあちゃんがいつものようにホールの自動ドアをくぐってきた。年齢は80歳を超えているが、足取りはしっかりしている。
かつて「丙午生まれの女性は気性が激しく、夫の命を縮める」などという迷信がまことしやかに語られた時代があった。しかし今では、丙午は行動力や突破力に恵まれ、前に進むエネルギーが強まる年として、前向きに捉えられることも多い。時代が変われば、意味づけも変わる。
その“ご利益”が、さっそくおばあちゃんに降りてきたのかもしれない。
4パチ一筋のおばあちゃんが腰を下ろした台で、早々に連チャンが始まった。機種名までは伝わってこなかった。ただ、とにかく当たりが止まらない。箱が積み上がり、周囲の客もちらちらと視線を送る。
打ち始めて2時間ほどが経った頃だった。
連チャンは続いていたが、さすがに80歳の体には堪えてきたのだろう。おばあちゃんは一度手を止め、顔なじみの店長を呼び寄せた。
「ちょっと疲れた。家族に代打ちさせてもいいかい?」
店長は一瞬考えたが、おばあちゃんの年齢と体調、そして家族もまた長年の常連であることを踏まえ、代打ちを認めることにした。形式よりも、現場の判断を優先したのだ。
おばあちゃんはケータイを取り出し、自宅に連絡を入れた。
しばらくして現れたのは、なんと家族5人。まるで正月の親戚集合のようだ。まずは息子がトップバッターとして台に座る。その姿を見届けると、おばあちゃんは「頼んだよ」と一言残し、ホールを後にした。
連チャンは、まだ終わらなかった。
次は嫁さん、さらに時間が経つと最終は孫へと打ち手が交代する。長期戦になるにつれ、他の家族はスロットを打ったりもしたが、勝てずに一人、また一人と帰っていった。
最後まで残ったのは、孫一人だった。
その頃にはホール全体も、この台の存在を知っていた。結果、41連チャン。ホールの歴代最高記録を更新し、出玉は28万円分に達した。
換金の際、孫がそっと店長に声を掛けた。
「おばあちゃんや家族には、20万円勝ったってことにしてもらえませんか」
差額の8万円。つまり、少しだけ“内緒”にしたいというお願いだった。店長は一瞬迷ったが、何も言わずにうなずいた。正月の空気と、家族の事情を飲み込んだ判断だったのかもしれない。
だが、店長の胸中は穏やかではなかった。
41連チャン、28万円分の出玉――それだけの結果を出していれば、いずれ客の口から噂が漏れ伝わる可能性が高い。誰が、いつ、どれだけ出したのか。ホールの中では、そうした話が尾ひれを付けて広がるのは日常茶飯事だ。
「20万円」という数字で話を収めたとしても、周囲の目撃者が黙っている保証はない。
下手をすれば、「あの正月、あの台はとんでもなく出た」という話だけが独り歩きし、別の誤解や憶測を生むこともあり得る。
それでも店長は、あえてそれ以上は何も言わなかった。
正月の一日、常連のおばあちゃんから始まった連チャン劇は、家族の中だけで静かに完結させる――それが、この場で取り得る最善の着地だと判断したからだ。
店長が大事にしたのは、記録ではなく空気だった。
※コメントには必ずハンドルネームを入れてください。匿名は承認しません。コメントがエントリーになる場合もあります。