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サラ金総量規制が変えたパチンコ業界。迷走の15年と失われた主役たち

パチンコ業界が陰りを見せ始めたターニングポイントは、間違いなく2010年の「サラ金・総量規制」だった。

この制度によって、収入のない専業主婦は気軽に借金ができなくなり、夫の同意がなければ資金調達が不可能になった。それまでホールの主力顧客であった主婦層は一気に離脱し、女性比率は目に見えて下がっていった。

しかし業界の衰退は、この規制だけが引き金ではない。2007年の4号機撤去は、業界にとって“ダブルパンチ”となった。

4号機は、裏モノすら必要としないほどの強力な連チャン性能を持つ合法的ギャンブル機だった。100万円クラスの勝ちが現実に起こり得たため、主婦もサラリーマンもサラ金で借金してまで追いかけた。

ところが、その4号機が一気に市場から消え、追い討ちのように総量規制が始まったのである。

主婦層を失ったホールは売り上げと粗利を補う必要に迫られ、「薄利多売」から「粗利重視」へと方向転換した。

その象徴が等価交換だ。利益は簡単に積み上がるが、客の負担は重くなる。当然、ライトユーザーは寄り付かなくなり、代わりにプロや軍団がホールを席巻した。イベントや特定日が彼らを組織化し、一般客はますます離れていく。

そもそものボタンの掛け違いは、遊技機メーカーを東証に上場させたことにある。

上場企業となれば、視線はホール顧客より株主へ向く。株価維持のためには販売台数を落とすわけにはいかず、抱き合わせ販売・機歴販売といった強引な営業手法が横行した。ホールは必要のない機械まで買わされ、体力を奪われていった。

弱小ホールが不当販売に声を上げても、大手ホールは「差別化できる」という理由でその条件でも買い続けた。メーカーが販売方法を改めるわけがない。

ホールもメーカーも「自分さえ良ければいい」。

業界全体を見渡す真のリーダーが不在であるため、市場は徐々に歪み、衰弱していった。

本来、ホール組合の自主規制こそが、業界を「共存共栄」へ導く道だった。ところが警察の「自由競争」路線に乗せられ、業界は自ら弱肉強食の世界へ踏み込んだ。

警察の狙いは明確だった。自由競争にすれば中小・弱小店は自然淘汰され、市場規模は勝手に縮小していく。結果として、業界はその術中に見事にハマった。

総量規制、4号機撤去、等価交換、メーカーの上場と暴走、ホールの自業自得――。これらが連鎖し、パチンコ業界は15年かけて緩やかに、自らの首を絞めていったのである。

パチンコ業界が現状を改めるには、まず「粗利至上主義」をやめ、遊技の敷居を下げてライト層を戻すことが最優先だ。

等価交換から段階的に脱却し、低投資・長時間遊べる環境を整えれば、主婦層や若年層の再流入が期待できるかもしれない。また、メーカー任せの機械調達から脱却し、ホール側が共同仕入れや数量抑制を行うことで、市場全体の機械代高騰に歯止めをかけるべきだ。

さらに、ホール団体が自主規制を復活させ、過度な競争を避ける仕組みを構築する必要がある。今のように各店が勝手に動く構造では、最終的にユーザーの負担が増すだけだ。

業界全体で、共存共栄の体制に回帰することこそ、再生の唯一の道である。

でも、それができないのが今の業界だ。



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