パチンコ日報

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15年前に取材した元パチプロが語った衰退の必然

これは今から15年前、私が取材した一人の元パチプロの物語である。

山脇幸三(仮名)さん。当時54歳、10年以上にわたりパチンコで年間200万円前後を稼ぎ、生計を立てていた。しかし勝てない時代が訪れ、その生活は破綻を余儀なくされる。彼が語った勝てなくなった理由は、今日の業界にも通じる示唆に富んでいた。

■ ボーダー理論で食えた時代

山脇さんがパチプロになったのは、共同出資で作った会社が解散したのが契機だった。元々パチンコ好きで腕にも自信があった。ちょうどモーニング機の「春夏秋冬」や連チャンアレパチの「エキサイト」が隆盛し、現金機が1/200、CRは1/300という時代。彼は確率の甘い現金機を求めて毎日、北摂地区から梅田まで通い、早朝から並んだ。

「6個返しでもよく回った。時短でも玉が増えた。月20万円は固かった」と振り返る。ボーダー理論を徹底し、30回転が基準なら33〜35回転の台を朝から晩まで打つ。40回転する台を見つければ、勝ちは約束されたようなものだった。

しかしCR機が普及し、プリペイドカードが強制導入されると状況は変わる。「射幸心を煽るだけで勝てない方式になった」と彼は憤る。

加えて、統一ゲージの導入でスタートの回転数が平等になることで、極端に回る台がなくなったことが勝てなくなった要素、と指摘する。

■ 地元の釘が締まり“勝てる店”が消えた

転機は地元に大型チェーンが等価交換で参入した時だった。人気は独占され、周辺ホールは客を失った。等価に追随しない競合店も「スタートと出玉削り」だけは横並びとなり、結果として「地元に勝てる店がなくなった」。

山脇さんにはこだわりがあった。

「客が多い店は台が選べないから行かない。海物語は叩く客が多くて振動が不快。長時間打つパチプロには耐えられない環境だった」

こうして勝てる店も、打ちたい店も消えていった。

甘デジにも救いを求めたが「勝っても3万円。割に合わない」と失望。やがて午後からの入店が増え、ホールから距離を置くようになり、生活のパチンコ依存は終わりを迎えた。


■ 進化したスペックが客を減らすという皮肉

山脇さんは勝てなくなった原因を「釘」と「機械」の両面で語った。

第一に、スタートが回らない。

液晶が大型化したことで道釘が長くなり、玉が直滑降で落ちて跳ねず、ヘソに入らない。

第二に、演出過多。

「光が眩しすぎて年寄りは下を向いて打っている。音もうるさいだけ。こんな台で一日打つ苦痛を開発者は理解していない」と手厳しい。

さらにホールの「短期回収型営業」にも不満をぶつけた。

「新台をすぐ外す。完全に客から回収するための営業。タイアップ台も機械代が高くなるだけで誰も得しない」

出玉共有・台移動自由によりウチコが増え、一般客にしわ寄せがいく構造も嘆いた。
こうした積み重ねが、長年のパチンコ文化を静かに壊していったと彼は見る。

■ それでも「40回回る台があれば」──元パチプロの最後の願い

パチンコを完全にやめた山脇さんの胸に、わずかな未練がある。
「1回交換でもいい。40回回る台があれば、もう一度打つ」

結局、客が求めているのはただ一つ。
「しっかり回る、遊べる台」である。

しかし現実は、メーカーは高額機を作り、ホールは短期回収に走り、結果としてパチンコは客に背を向ける産業になってしまった。

そして今、スペックが進化するたびに遊技人口が減っていくという「逆転現象」が起きている。
それは、パチンコ機がホールのためだけに設計され、本来の顧客であるユーザーが最も置き去りにされているからだ。

■ 業界が生き残るための答え

山脇さんの言葉を借りれば、解決策は明快である。

「客が求めるのは回る台、それだけだ」

・高額機中心の開発体制を改める
・スタートを削らない営業へ転換する
・長時間打てる“疲れない台”を作る
・演出の過剰化を抑え、高齢客が遊べる機械に戻す

15年前に語られたこの警鐘は、今の業界にもそのまま当てはまっている。
むしろ、当時より深刻さを増していると言っていい。

「回らないパチンコ」が客離れを加速させ、
「遊技機の進化=高射幸化」がユーザーを苦しめていく。
この矛盾を解消しない限り、パチンコは復活しない。

そして、山脇さんの最後の一言は、今も業界に刺さり続けている。
「40回回る台があったら、パチンコはまだ面白い」


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